04:父の溺愛

公爵家の自室で目覚めてから数日後。


娘を溺愛する父・コドックの影響で、トーマス王太子の婚約者候補の件は、着実に婚約回避の方向で動いていた。

公爵家の玄関で父・コドックが、私の肩に手を置きながら、優しくほほ笑んだ。



「レティがあんなにイヤがるなんて。トーマス殿下は頭もいいと評判だし、美丈夫だから可愛いレティにお似合いかと思ったんだが・・・父様が間違っていたよ。よく考えたら、あの陛下の息子だもんな、イヤに決まってる」



首を振りながら、自嘲するコドック。


令嬢の鑑とも言われた以前のレティシアなら、「お父様、それは不敬です」位言っていただろうが、前世の記憶を取り戻した私は、その言葉を否定する気はない。



「ええ。確かに顔はとてもいいのですが、殿下は私の好みではないですね」



私が肩をすくめながらこたえると、コドックは悲壮な表情をした。

ガバッという音と共に、目の前が暗くなる。



「ああ。いたわしい。レティ・・・、私の宝物。本当にイヤだったのだな。殿下との顔合わせから、口調まで変わってしまって。レティの気持ちをくんでやれなかった父様を許しておくれ」



王太子殿下と引き合わせた過去を嘆きながら、父・コドックがレティシアを抱きしめる。



「うぐっ(きつく抱きしめすぎだろう・・・)」



父に抱きしめられながら、<レティシア>としての記憶を思い出すと、父は私が3歳のときに最愛の妻を病気で亡くして以来、母にそっくりな私と兄を溺愛していた。



(これはもう抱きしめられすぎて、窒息死するんじゃないか・・・)



意識がもうろうとし始めたころ、兄・フレデリックが助け舟を出してくれた。



「父上、そのままだとレティが気絶してしまいますよ。それに私には抱擁してくれないのですか?」


「ああ!フレド。忘れていたわけではないのだよ!もちろんフレドも私の宝物だ。何か困ったことがあったら、すぐに父様に相談するんだよ」



父はそう言って、私を抱えつつ、兄・フレデリックも抱きしめる。


現在、公爵家の玄関には仕事で登城する父の見送りに私とフレデリック以外にも、屋敷にいる使用人が勢ぞろいしている。


行動はアレだが若いころから評判の美男。怜悧でキレ長の目を持つ父・コドックと、中身はどうあれ金髪碧眼の可愛らしい私、そして同じ容貌のフレデリック。その3人の抱擁に、どこからともなく「ほうっ」という感嘆の声が聞こえる。


・・・・・・しかし、それもつかの間のことだった。


5分経っても、10分経っても、父・コドックが、2人を抱きしめたまま動こうとしないのを見て、次第に、使用人たちのまなざしは、呆れたものに変わり始める。



(・・・・・・・)


「父上・・・・・・登城の時間ではないのですか?」



さらに5分が経った後、苦笑いで兄・フレデリックにそう指摘されたコドックは、悲壮な表情を浮かべながら、やっと私たちを解放した。



「ああっ・・・本当は、今日はフレドとレティと、このままゆっくり過ごす予定だったのに・・・。陛下めっ!!休日申請をことごとく破棄しおって!!!」



愚痴愚痴と不敬な言葉をつぶやきながら、残念そうに馬車に乗り込む父。

そうして父・コドックの乗った馬車が見えなくなると、使用人たちもそれぞれの仕事に戻り始める。


一日の始まりを肌で感じながら、私は今日も思案する。



(さて・・・。何をしようかな・・・)



その片手には、通常、令嬢が持っているはずのない剣が握られていた。

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