悪役令嬢は男装して、魔法騎士として生きる。

金田のん

第1章 私が魔法騎士として生きる理由(わけ)

01:プロローグ

バサッ、バサッ、バサッ。


大きなお城のような屋敷の一室。

そこでは、ハサミの音が軽快に鳴り響く。


侍女が今年13歳になる娘の髪を切っていた。


腰ほどまであった娘の髪は、あっという間にショートボブほどの長さに整えられる。

この国の女性が、みな一様に長い髪であることを考えると、この髪の長さは、女性として異様だった。



「本当に・・・いいんだな?・・・レティ」



その時、室内に不安げな声音が響き渡る。

部屋の隅で静かにその様子を眺めていた、この屋敷の主、フランシス公爵こと、コドック・フランシスの声だ。


彼はその端正な顔をゆがめて、苦しげに最愛の娘を見つめた。

娘は椅子に座りながら、彼女の父である公爵を振り返る。



「もちろんですよ、父上。そのためにこの1年、みんなで頑張ったのではないですか」



語りかけられた娘は、公爵令嬢のレティシア・フランシス。

彼女は令嬢とは思えないような、男性のような口調でこたえた。



「それに、私はもうレティシアではありません。今日からは、公爵子息。フランシス公爵の嫡男、フレデリック・フランシスです」


「レティ・・・いや、・・・フレド。すまない・・・本当にすまない」



コドックは思わず椅子に座るレティシアに覆いかぶさる。

抱きしめ合う二人を、ハサミをしまいながら静かに見守っていた侍女のメアリは涙をこらえるかのように目頭をおさえた。

公爵の後ろに控えていた公爵家執事のセバスは、メアリ同様に悲し気な表情をしていたが、それを隠すかのようにうつむく。


そんな中・・・「カッ、カッ、カッ」と杖の音が鳴り響く。


右手で杖をつきながら、一つの影が抱擁をする二人に近づく。



「レティ、・・・・・・いやフレド・・・・・・すまない。よろしく頼む」


「はい、兄上。兄上の代役、この私が立派に勤め上げてみせます。だから、安心して次期領主の勉強に励んでください」



同じように何かの感情を飲み下すような顔をして、レティシアに話しかけたのは、<本物の>フレデリック・フランシスだった。

右手で杖をついていることからも分かるとおり、彼は足が不自由だった。

正確には、右足首から下、足自体がないのだ。


そうして・・・、彼に足がないことが、このたびレティシアが兄に成り代わり、騎士として生きなくてはならない理由の一端だ。


自身のせい。だからこそフレデリックは、愛する妹につらい思いをさせるからこそ・・・力強く彼女にうなずいてみせた。



「ああ、私も次期公爵として、南の領地の立派な領主となれるように、尽力することをここに誓おう」



14歳とは思えないほど精悍で、そして美しい顔をしたフレデリックを見て、思わずレティシアは微笑む。

家族、そして気心の知れた使用人に囲まれながら、レティシアはこれからの日々に思いをはせる。


(あぁ、それにしても明日からは、この屋敷を出て男として騎士寮で暮らすのか。

大丈夫かな・・・まぁ、なるようにしかならないだろうけど、どうにかこの世界「皇国のファジーランド」の攻略対象者とは接触しないようにしないとな・・・)



兄にむける笑顔の裏で、レティシアはそう心の中で思い、静かに息を吐く。


そもそも、<男装>して兄に成り代わり、公爵子息として生きる、こんな複雑な道をレティシアが選ばなくてはならなかった一番の原因は、1年前にあるのだ。


そう。ちょうど1年前、レティシアが12歳だったとき・・・彼女がこの世界が前世でプレイした乙女ゲーム、「皇国のファジーランド」の世界だと気づいたことに起因するのだ。

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