独身男性お一人様ですか?

日間田葉(ひまだ よう) 

第1話 1軒目

//ガチャ ドアが開く音

  チャラチャラチャラァン~ 入店音


「いらっしゃいませ」


 ドアの方を見ると若い男性が顔をのぞかせていた。


「物件をお探しですか?」


 私、谷本リンはカウンターの内側からつとめて明るく声をかける。


 戸惑っていた男性客は軽く会釈をして入ってきた。


 「どうぞ、こちらにおかけ下さい」


 カウンターの手前の椅子を勧めながら素早く男性の上から下までをチェックする。

 これはお客様の職業や収入などを推測するためだ、決して男の品定めをしているのではない、断じて。


 「お客様はお一人ですか?」


 椅子に腰かけようとしている男性を見ながら笑顔を絶やさないようにしている私はここ旭不動産で営業事務をしている。


「はい、転居しようと思って部屋を探してます、あっ、単身です」


 トスンと椅子に腰を下ろして壁に貼られた物件の広告を眺める男性客は

ちょっとぎこちない感じだ、不動産屋は初めてなのかもしれない。


「ご実家から出られるとかです?」


「……、転職することになって、会社の寮を出ないといけなくて……」


「なるほど、会社の寮を出ないといけない、でしたら結構急ぎですよね」


「そうなんですよ、期限までに引っ越さないといけないのに、いいところがなくて、昨日は違う沿線にあたってみたんですが門前払いされちゃって、俺なにか問題ありそうに見えるんですかね」


 これはあの沿線で洗礼を受けたに違いない、可哀そうに、自分が悪いと思っちゃうのも仕方ないなと少し憐みの目で見ながらも助けてあげたいと思う優しい私、営業ではない、決して、いや多分。


「あちらの沿線で酷い目にあったんですね、あの沿線は自称、ゴホゴホっ、えっとセレブリティな方が多くて、大家さんも変にこだわりがあって大変なんですよ」


「そうなんですか?」


「そうなんですよ、大家さん曰くお医者さんとか弁護士さんとかの社会的地位が高い人にしか貸したくないとか何とか偏向的なこだわりがあったり……」


「ええっ」


「あと、ここだけの話ですが、一部上場のある食品メーカーにお勤めの方にゴキブリがわきそうだとか言いがかりをつけて断った大家さんもいましたよ、意味わかんないですよね」


「マジですか? 酷いなそれ」


「そうなんですよ、貸主さんも過去にトラブルがあったりと、いろいろと事情があるようなので一概に批判もできないんですけどね、まぁ、この辺の大家さんは常識的な方が多いので大丈夫です、安心して私に任せて下さい」


 私は胸を張ってお客様に大見えを切る、目を輝かせて私を見ている男性客はきっと私が天使に見えているに違いない。


「で、保証人ですがご親族の方で、できればお父様とかお兄様とか近しい方が望ましいのですが……」


「父親が現役なので頼もうと思っています」


「お父様がなって下さると、はい了解です」


// ガタっ、椅子を引く音

  

「お客様はネットでは探されました? 最近はネットでの申し込みの方が多いのですが、気に入った物件はありました?」


「結構前から探してるんですが、条件に合うのがなくて……、地元の不動産屋さんなら非公開物件とか持ってるかもって知人のアドバイスでいろいろと探してみることにしたんです」


「あー、なるほど、条件に合うのがヒットしないので直接ということですね、確かにネットに出してない物件は何件かありますよ」


 訳あり、ですけどね。


// ガサッ、バサッ  大量のチラシを置く音


// パサッ パラパラ 紙をめくる音


「それで、お客様の条件というのは?」


「駅から徒歩10分以内でできるだけ安いところ、です」

  

「一番外せない条件が駅から徒歩10分以内ということでいいですか?」


「はい」


「えっと、ですねぇ、この辺坂道が多くて10分と書いてあっても人によって時間がかかりますから、その辺はご自身で歩いて判断された方がいいかもですね」


「なるほど」


 私なんて歩くの遅いから倍はかかるし、とは言えないけど。


「いい加減な数字出してる広告もあるので注意ですよ」


「あー、何となくわかります、鵜呑みにしない方がいいみたいな」


 そうそう。


「結構前の話ですが、トップスプリンターが全速力で走って5分くらいかかりそうなのを徒歩5分って書いてあった広告があって、私が手書きで “ただし時速45キロ” って注意書きしたら社長に怒られましたよ、あははは」


「ぶっ、マジっすか、あははは、時速45キロって、受ける」


「うふふふ、マジです、あははは」


「でも、お姉さんがそんなこと言っちゃっていいんですか?」


「人によっては適当な事言ってお客様に契約させる人もいますけどね、嘘ついても内見に行ったらバレるんですから、私はできるだけ正直に案内してますよ。というか、お姉さんって、お客様、歳いくつです?」


「俺ですか? 26です、お姉さんは?」

 

「27……になったばっかりですぅ」

 

 一つ上なだけなのにお姉さんはねーだろ、私って老けてるんだろうか?


「やっぱお姉さんだ、あははは、でももうすぐ俺も27ですから」


「あー、同学年じゃん、って、すみません、お客様に…」

  

 タメなのかと思い何故か少しほっとした私の顔をみてニコニコ笑っている男性客が憎らしい。


「ゴホゴホ、本題に戻りますね、まずは外に出してない賃貸物件で近いのを出しますが、肝心のご予算っておいくらです?」


「……、えーーーと、さ、3万、くらいで……」

 

 ちょっと待て。


「……、えっ、今、なんて?」


「出来るなら3万以下で、なんて」

 

 聞き間違えかな?


「あーーー、えーーと、3万以下ですか? この辺結構な人気エリアなんですが?

トイレ共同、お風呂無しでも厳しいですよ」


「できれば、トイレもお風呂もお願いします」

 

 帰ってくれないかな。


「狭くて大丈夫です、4畳半とかでも」


 いやいやお客様、と、いろいろツッコミたいけれど、まぁいいか、実はないこともないのだ。


「トイレ共同で、この際お風呂はなしで我慢しましょう、駅近物件ですし」


 男性客は期待半分、心配半分な複雑な顔をして私の顔をみた。

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