1「領主様のお願い」①





「レダ、少しいいかな?」


 ティーダ・アムルス・ローデンヴァルトが、診療所を訪れたのは真夏が終わるも残暑が厳しい暑さが続く日の午後だった。

 患者もいなかったので、レダは席を立とうとするが、ティーダがそのままでと言う。

 ティーダの来訪に気づいたネクセンとユーリが深々とお辞儀をする。


「かしこまらなくていいよ。よかったら、君たちも聞いてほしい」

「なにかあったんですか?」


 患者様の椅子に腰を下ろしたティーダを頂点に、レダたちが円を描くように椅子を持ってきて座った。


「レダは、アムルスにくるときに商人の馬車に乗ってきたと言ったね?」

「え、ええ、懐かしいですね。といっても、半年ほど前のことなんですけど」

「その際、ユーヴィンという街を通ったかな?」

「ユーヴィン? いいえ。俺はミナと一緒に歩いていたんです。途中で縁があって、商人の方とご一緒させてもらいましたけど、基本的に野宿でしたし」


 時折、患者が待合室で話題にしているひとつにユーヴィンという単語を聞いたことがあるが、そのくらいしかレダは心当たりがなかった。

 一方、ネクセンとユーリはユーヴィンという街を知っているのか、苦い顔をしている。


「あれ? ふたりとも知っているの?」

「ああ……その、領主様の前では言いにくいんだが、あまり近づきたくない街ではあるな」

「一応、ティーリング伯爵家の領地にある街だよ」


 ネクセンとユーリは知っているようだが、領主のティーダを前にして言葉を濁していた。

 察するに、なにか問題がある街なのだろうと思う。


「気を使わなくていいさ。私もユーヴィンに問題があることを理解している」


(――あ、やっぱり)


 レダの考えは当たっていたようだ。

 ティーダは大きくため息をつくと、少し恥じるように話始めた。


「ユーヴィンは、先代領主――つまり、父の代に築いた街だ。当初はアムルスのように国境付近に街のひとつとして、隣国への通過点として考えられていた」

「さぞ活気のある街なんでしょうね」

「活気はある。今までも、現在も、だ。街としてはそう悪くないのだが、いくつか問題がある」

「問題ですか?」

「ああ、言いづらいのだが、私も全ての街に関わっているわけではない。そのような時間はなく、アムルスを大きな街に進化させるのが役目だと思っているからだ。無論、領地内の他の街を放置するわけにはいかず、親族を管理者として置いているのだが」


 もう一度ため息をつくと、ティーダは小さな声で言った。


「マールドという男に任せてはいるのだが、お手本のように必要以上のことをしないやつなのだ。実質、街を運営しているのは冒険者ギルドだ。いや、それはいいのだ。街がしっかり運営されているのはいいことだ。しかし」

「しかし?」

「冒険者ギルドが権力を持っていることから察してもらえるだろうが、アムルス同様に冒険者の数が多いのだ。その分、トラブルもあるし、怪我人も出る」


 聞けば、モンスターや野盗が商人を狙って襲ってくるらしく、護衛や討伐のために冒険者ギルドが建てられたそうだ。


「近くにダンジョンがあるかもしれないという噂もあったので、街を守る冒険者には困らなかったんだが……結果的に、ユーヴィンの街は栄えたのだが、スラムもできてしまった」

「……それは、なんといいますか」


 仕方がないことではある。

 貴族が孤児院を運営したり、援助したりすることがあるが、すべての孤児が救われるわけではない。

 貴族とは関わりたくない、大人を信用できない子供も多いのだ。


 そしてスラムは子供だけではなく、大人もいる。

 怪我や、病、もしくはなんらかの理由で働けない人間や、犯罪者などもいるのだ。


 アムルスはスラムを作らないよう積極的に動いている。

 新興の町とはいえ、冒険者が多いアムルスではいつ怪我をした冒険者が働けなくなり、数を増やし、気づけばスラムができていた――という可能性もある。

 ティーダと冒険者ギルドは、町のために怪我をした冒険者にできるだけのことをしてきたが、それでも限界がある。

 いつか、限界がくるのではないかと悩んでいた時、治癒士のレダが現れたのだ。




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