31「エルフの戦士ヒルデガルダ」①
案内されたのは、一本の大木の根元に穴をあけた空間を利用した家だった。
似たような住まいはいくつか見かけたが、中でも、ここが一番大きい。
聞けば、もっとも広く大きい空間を持つこの場所は普段は集会場として、現在は負傷者の収容所として使われているのだという。
「これは……ひどいな。怪我人ばかりじゃないか」
エルフの男女が所狭しと寝かされている。
誰もが負傷し、呻き苦しんでいるのが聞こえ、レダは顔をしかめた。
負傷者の中にはまだ幼さを残す子供たちもいて、つい彼らを回復してあげたくなる。
「気持ちはありがたいが、ここの負傷者にはポーションを配るから安心してくれ。お前にはヒルデガルダ様をみて欲しい。一番……重症なのだ」
クラウスの言葉に、感情に任せて行動しそうになったレダが踏みとどまる。
しかし、いくらポーションが配られるとはいえ、全員が完治するわけではないかもしれない。
レダは自分の手でみんなを治してあげたかった。
そんな衝動をぐっとこらえ、代わりにミナの手を強く握りしめる。
「お客人、こちらに集落でいちばんの戦士、ヒルデガルダがおる。ただ、この子も例にもれず人間をあまり好いてはいないのじゃよ」
「いちいち気にしません。大丈夫ですよ」
「すまんの」
集落一番の戦士は、奥の部屋にいるようだ。
扉代わりのカーテン越しに、荒い呼吸が聞こえてくる。
どうやら苦しんでいるみたいだ。
「ヒルデガルダ。わしじゃ。はいるぞ」
エルフの長がカーテンをめくり、レダたちに目配せしてついてくるように合図する。
レダはミナの手を繋いだまま、クラウスとともにカーテンを潜った。
そして、
「――っ」
絶句した。
重ねられた毛布の上には、エルフ特有の民族衣装に身を包んだ少女だった。
色素の薄い白い肌と灰色の髪を伸ばした美しい少女だ。
外見年齢ならミナよりも少し年上くらいに見える。
そんな少女が体の大半を、血の滲んだ包帯が覆われている姿はあまりにも痛々しい。
「お客人よ。ヒルデガルダは集落を守るために最後まで忌々しいブラックドラゴンと戦ったのじゃ。最後には、間近でブレスまで浴びてしまい……未婚の女子には死よりも辛かろう」
「集落に一本もポーションがなかったわけではない。ヒルデガルダ様にお使いしてもらいたかったのだが、彼女自身が拒んで他の重傷者に回されたのだ。おかげで死者はでなかったが……」
沈痛な表情を浮かべるエルフたちの声に、苦しげに目を閉じていたヒルデガルダが、包帯の隙間からこちらを見た。
「……なぜ、人間がいる?」
消えてしまいそうな細い声だった。
しかし、彼女の瞳は死んでいない。
身体中をドラゴンに焼かれながらも、懸命に生きていた。
そんな彼女のそばにミナを連れて、レダは膝を着いて頭を下げた。
「俺はレダ」
「わたし、ミナ」
「……人間が、なんの用だ?」
「エルフとちょっとしたことで縁ができて、事情を知ったんだ。俺は治療士の真似事ができるから力になれればと思って」
「……業突く張りの治療士の世話になど、なるものか……去れ」
明らかに人間を拒んでいるヒルデガルダに、ミナがどうしようと顔を歪めてレダを見る。
クラウスも長老も、肝心のヒルデガルダが治療を拒んだことに青ざめていた。
しかし、レダは違う。
「君が人間を嫌いだというのは聞いているけど、今はそんなこと関係ない!」
「――っ、なに、を」
レダは驚く少女を無視して手をかざし、魔力を高める。
小さな体でブラックドラゴンと戦い、集落を守り、全身に火傷を負いながらも他の怪我人にポーションを譲った高潔なヒルデガルダに敬意を払う。
「文句は後で聞くよ。だけど、今はただ、君を治させてくれ!」
心からこの少女を癒したい。
ただそれだけを願い、レダは唱えた。
「この子を助けさせてくれ――回復っ!」
まばゆい光が部屋中に広がった。
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