七
僕はいまのキスを確かめるように口を動かした。リップクリームを塗ったときみたいに、上唇と下唇をこすり合わせる。
逢坂先生が視線を合わせてきた。なにか言おうとしたのか、口を開けたけど、言葉を呑み込むように喉を動かした。
視線が下がる。
腰になにかが触れ、僕は頭を上げ下を見た。服の裾が捲られていて、そこから入ってきた手がなぞるように肌を進んでくる。
足は開かせられ、膝が入ってくる。内ももの付け根に当たったその刺激だけで、僕のそこはぴくっと反応した。
一気に現実に戻った。
こんなことは、やっぱりあってはいけないんだ。だって僕たちは男同士で……教師なんだから。
「先生っ」
制止の声を上げたとき、あの髪が頬に落ちてきた。首筋に柔らかい感触があって、それが唇だとわかった瞬間、僕は思いっきり抵抗した。
やっぱりだめだ。逢坂先生だからって、受け入れてしまってはだめなんだ。
ばたばたさせた足がローテーブルに当たって、派手な音がした。逢坂先生はそれに驚いたように僕の手を放し、上体を起こした。
「渡辺、ちょっ」
「やっぱりだめです……!」
自由になった手で、がむしゃらにもがいていたら、逢坂先生の頬にパンチを食らわせてしまった。
先生が油断していたのと重なって、いいところに入ってしまったみたいだった。
「ご、ごめんなさいっ」
頬を押さえ、逢坂先生が眉間のしわを増やした。くっそ、と、苦々しい言葉を吐く。
殴ってしまった申し訳なさと、このあとがどうなってしまうのか。そして、簡単に反応してしまったそれを知られるのが恥ずかしくて、僕は逢坂先生の体の下から素早く抜け出た。
普通に戻れるわけもなかった。居たたまれなくなった僕はソファーの荷物を取って、逢坂先生の部屋から出た。
マンションからも飛び出て、通りでタクシーを拾い、一目散に自宅アパートへ引っ込んだ。
玄関で、しばしぼう然となっていた。
耳元で囁くような低い声が忘れられない。唇の感触が、熱となって首筋にわだかまっている。
靴を脱いですぐにシャワーへ向かった。収まることを知らないそこを慰めた。久しぶりだったから全身で欲を吐き出した。
シャワーを終え、パジャマ姿で座卓に突っ伏す。
頭によぎるのは、あの唇の感触。とうとうしてしまったんだと改めて思った。
嫌じゃなかった。逢坂先生に触れられて、気持ち悪いとはぜんぜん思わなかった。
「逢坂先生……」
先生はどういうつもりであんなことをしたのだろう。
ストライクゾーンが広いみたいだから、僕じゃなくてもよかったのかもしれない。ちょっとやりたくなってしまって、たまたまそこにいた僕で、すまそうとしたのかもしれない。
……だとしたら、悲しすぎる。
「悲しすぎるってなんだよ……」
独りごちたあと、僕は座卓におでこを叩きつけた。
忘れよう。今夜のことは忘れよう。
なにもなかったんだ。
逢坂先生に触れられて、反応して、自分で慰めただなんて……あってはいけないことなんだ。
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