第25話 うるさいなあっ

 結局、今回の「お出掛け」はみづきの意向で「デート」ということにされてしまった。


 野郎――いや、野郎じゃなくて女だけど、すんげえおっかない目で睨んできながら、「デートに誘いたいならはっきりそう言えばいいじゃない」って何度も言って来やがったからだ。


 そのたびに、「これはデートとかいう浮ついた趣旨じゃない」ってことを説明しようとしたのだが、すぐにみづきは不満げな顔つきで脛を蹴っ飛ばしてきた。終いには俺のほうが根負けしてしまい、デートだということを認め(させられ)たという次第である。


 ……ったく。ミヤや奏はああ言ってたが、こいつが俺に気があるとか絶対ぜってぇないわ。俺に惚れてる女の子は俺の脛を蹴っ飛ばしたりおっかない目で睨んできたりしない。


 そんなこんなで、俺はみづきを伴いデパートまでやってきた。


 そのデパートは、俺の家からは電車を使って三十分ほどのところにある。化粧品売り場を始めとして、各種飲食店や服飾店、雑貨屋に楽器店、映画館まで備えている大きなものだ。


 しかしまあ、一人ではなかなかこういう場所に来ることもないんだよな。服を買う趣味もないからブランド物にも興味はないし、映画はレンタルでじゅうぶんだ。しかし久しぶりにこうして足を運んでみれば……おお、すごい人出だ。思わず圧倒されてしまう俺がいる。


 街にはたくさんの人間ってやつが住んでるんだって、こういうのを見ると改めて実感したりするよな。


「なにぼさっとしてんのよ」


 人混みを前に感心していると、みづきが肘で脇腹をつついてくる。どすっ、となかなかに鈍い音がした。


「ぐっ……いきなり食らわすなよ肘鉄」


「だってタツトラ君がボーッとしてたのが悪い」


「お前には俺に対する労りってもんがねえのかよ」


「お前なんて人は知らないもん」


 あーもうこいつめんどくせえな! 名前を呼ばないとすぐに拗ねやがる。


 そういうところは、妙にひん曲がってんだよな、こいつ。ったく、扱いづらいやつだ。俺のためにももう少し素直になってくれ。


 ま、呼ぶけどさ。


「――で、みづきはどうしたい? とりあえず、一階の化粧品売り場から回ってみるか?」


「化粧品かあ……」


 うーん、とみづきが腕を組む。その表情を見る限り、さほど興味を惹かれた様子はなかった。


「化粧にはそんな興味ないのか? 女子高生っつったら、メイクとファッションとタピオカミルクティーが大好物だと思ってたんだが」


「すっごい偏見じゃない?」


「そうかあ?」


 奏見てると、俺の想像もあながち間違ってるようには思えねえけどなあ。高校に上がったらすぐに色気づきやがって、五千円もする美容液ねだってきたんだぞ、あいつ。


 だから思い切り言ってやったね。ガキのお前にはこんな高いもんはまだ早いってな。


 すると奏は、「ありがとう、お兄ちゃん!」とか抜かしやがったもんだ。バカクソ高い美容液片手に、な。


 お陰様で、今でもあいつの肌はぴっちぴちのもっちもちだわ。ざまあみろ。


 その奏は、今でもよくコスメやファッションの雑誌を定期的に買っているのを俺は知っている。化粧水やら美容液やら、はたまた洗顔剤やらと、あれこれ試しているらしい。


 そんな奏を見ているからか、女というものはとりあえず化粧品と服さえ見ていれば満足するもんだと思っていたのだが、みづきに限ってはどうやらそうでもないらしい。


「今のところ化粧品は間に合ってるんだよね、あたし。乾燥にだけ気をつければ、そんなに荒れない肌質だし。元の素材がすごくいいから丹念に化粧をすることもないし」


「……その発言、色んな女性を敵に回すことになると思うぞ」


 うちの奏とかな。


「さすがに、学校の知り合いの前とかでこんなこと言ったりとかしない。これは、その……タツトラ君の前だから言えることっていうか……」


「ふーん……」


 よく分からんが、そういうもんらしい。


「ところでみづき」


「なぁに?」


「顔、真っ赤だぞ」


「うるさいなあっ」


 ペチン、と鼻先を指で弾かれた。解せぬ。

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