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『女が本当に可愛いのは小学生まで、本当に綺麗なのはハタチまでだと深井は饒舌に言っていました。ハタチを過ぎたら肌も身体もどんどん醜く汚く、中身はお喋りなオバサンになる。死体アートの話を持ちかけた時にこれで彼女達の時を止めて永遠に綺麗なまま写真に閉じ込められると喜んでいましたよ』


 鳴沢栞里の死体に添えられた造花の金魚草の意味に美夜は思考を巡らせる。

金魚草の花言葉はお喋り、でしゃばり、誤魔化し。女への皮肉にも捉えられる花言葉で深井は十九歳の栞里を飾り付けた。


確かに女はお喋りな生き物だ。それも年齢を重ねるほど、女はどんどん口を閉じなくなる。

友人の結婚式で久方ぶりに再会した友人達の止まらないお喋りには同性の美夜も辟易した。


 確かに女が何もしなくても綺麗なのは二十歳までかもしれない。何もしなくても張りのある肌、何もしなくても艶やかな髪は若さの特権。

二十五を過ぎれば次の三十代に向けて、三十五を過ぎれば四十代に向けて、少しずつ肌や髪質、身体の変化も見えてくる。

子どもを産めば体型も変わる。生まなくても胸や尻は重力に負けて垂れてくる。


 人は時間の変化には逆らえない。それでも老いを受け入れて女は生きていく。

時を止めて永遠に綺麗なままでなんて、身勝手な男がジャッジをして勝手に女の時間を止めないでもらいたい。


 藍川も歪んでいる。深井も歪んでいる。

何一つ動機が理解できない男の嫉妬と欲望の産物のアート殺人に利用された三人の女性が不憫でならない。


「被害者三人をアート殺人のターゲットに選んだ理由は? 三人ともあなたの店の大事なお客でしょう?」

『俺は客とは恋愛関係にならないと決めています。でも美容師に恋愛感情を抱く客は結構いるんですよ。鏡越しに目を合わせて話していれば相手の好意はわかります。ターゲットに選んだ三人は俺に好意を持っていたんです』


 藍川は異性の容姿に関心が持てない美夜にはいまいち理解不能な“イケメン”の部類にいる男だ。

三十代前半で早くも老け込む男がいる一方で藍川の見た目は二十代でも通用する若々しさがある。洒落たツーブロックの髪はアッシュ系の色に染まり、笑った時に覗く白い歯は清潔感の象徴。


おまけに職業柄、話術に長けている。聞き上手に話し上手。取り調べですら彼の話は理路整然としている。


 こんな男に鏡越しに優しく笑いかけられたら客が好意を抱いてしまうのも必然かもしれない。美夜には理解はできないが。


『俺の個人的な作品撮りのモデルになって欲しいと頼めば、三人は簡単にオーケーしてくれた。個人的な作品だから俺と深井が許可を出すまでは撮影モデルの件はSNSに漏らすなと注意もつけてね。放っておくと彼女達はなんでもSNSに載せますからね』


犯罪者の白い歯が薄く笑っている。日頃からインスタグラマーの彼女達と接している藍川は女のお喋りな性質も熟知していた。


『撮影場所は深井の家。深井の家は彼女達もポトレ撮影で訪れていましたし、あんな豪邸で好意を持ってる俺にヘアメイクをしてもらえてモデルの撮影ができるなら彼女達も断る理由はないですよ。特に最初の栞里ちゃんはちょろかったな』


 巧妙で狡猾なインスタグラマー連続殺人事件は深井の性癖を利用した藍川の殺人プロデュース。

深井への嫉妬に汚染された藍川は、深井を殺人犯に仕立てあげることで深井に対する密やかな優越感を味わっていた。


「栞里さんが昔、深井がわいせつ行為をした被害者の妹だと、深井とあなたは知っていたの?」

『ああ……それは偶然ですよ。でも深井も栞里ちゃんの名前があの時の小学生と似ていると騒いでいました。もしかしたらあの子の妹かもって話はしていましたよ』


 14年前に深井にわいせつ行為を受けた女子児童は鳴沢栞里の姉、鳴沢実里みのり。姉が被害に遭った当時、妹の栞里はまだ六歳だった。

栞里は深井が姉を心身ともに気付けた相手だと知らずに、深井の被写体を務めていたと思われる。


『最初のターゲットに栞里ちゃんを選んだのも深井ですよ。栞里ちゃんにイタズラした女の子の面影を重ねてあの時の興奮を思い出していたのかもしれませんね。小学生の胸や尻を触って何が楽しかったんだか。ロリコンの気持ちは理解できない』


 栞里と実里の両親にしてみれば深井は二人の娘を傷付けた憎い悪魔だ。先ほど警視庁を訪れた鳴沢実里も骨となった妹と対面した。

幼い自分を欲の捌け口に利用した男が妹を殺した犯人。その事実を受け入れられない実里は泣き叫び、酷く錯乱していた。


 深井をおとしめることができるなら客の命も犠牲にする。藍川をここまで破滅的な人間にさせた原因はにあるのだろう。


「玉置理世の取り調べは私が担当しました」

『神田さんが? 理世……俺について何か言っていました?』


 藍川の薄ら笑いの口元が初めて緊張で引き締まった。恋は盲目と言うけれど恋は自分の心も見えなくさせる。理世も藍川も不器用な人間だ。


「あなたとの関係は聞いています。偉そうに言えるほど私には恋愛経験がありませんが、あなたと理世がきちんと気持ちを伝えて向き合っていれば、少なくとも理世は元恋人の妻を殺さなかった」

『……元カレにしても俺にしても、理世は男を見る目がなかったんだ。俺なんかに本気になって馬鹿な女だ』


 馬鹿な女の一言に込められた藍川の真の想いは理世には届かない。

不器用な男と女が愛の言葉を囁いていれば、鍛練を積んだ美容師の手を犯罪の鎖で繋ぐことも儚く散る命も存在しなかった。


 わいせつ事件で少女を傷付け、身勝手な欲望のアート目的で三人の女性を殺害し、友人が好いている女を平気で欲しがる。

藍川が手を下さなくとも深井貴明はいつかまた犯罪を犯していたに違いない。


深井だけが悪者の世界にしてしまえば藍川は欲しいものを手に入れられた。そうできなかった藍川は、やはり不器用な人間だった。

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