魔女と一緒に

 …………。


 …………。


 …………っ、何故……ここに……?


 それよりアナタ……! まさか追っ手で…………。


 ……いえ、別に。謝りはしませんからね、何もかも、私が考えに考えて出した結論ですし、これが一番……誰にも迷惑を――。


 え……? あぁ……また戻っていましたか。驚いたでしょうね、良い機会です……よーっくこの目をご覧なさい。


 気持ちが悪いでしょう。


 善道より墜落し、魔獄へ堕ちた者の証明です。


 私はアナタと違って……他の善良なる人間達に対なす存在ですよ。あの日も、どの日も、アナタと過ごしていた全ての日において――私という魔女は、アナタを欺し続けたのです。


 どんな気分ですか。腹が立ちますか。殴り飛ばしたいですか。


 どうぞ罵って下さい、愚かな魔女と。腐り切った魔女と。欺瞞の権化と――そうアナタに罵って頂ければ…………まだ、救われる気がします。


 さぁ、さぁ……さぁ!


 …………。


 …………。


 …………もし、それが罵詈であると考えているのなら、早急に改めた方が良いでしょう。それともアレですか、優しい甘言で私を辱めようという高度な技術の振りですか?


 残念ですが、この私には全てお見通しです。


 やはり――アナタは依頼されて来たのでしょう。彼らに。いいえ違うとは言わせませんよ、何の目的があって私を追って来たのです? 誰の助力を得て、どの魔女に「私を殺せるよう手引しろ」と頼まれたのですか!?


 答えて下さい、答えなさい――答えろ!


 私はもう、アナタの考える私ではないんですよ……? 行住坐臥を我が身可愛さに生きる、唯の腐れた魔女なんですよ……!?


 ほら……首を締め上げますよ……その気になれば、瞬きする内に首を折る事も可能です、さぁ言いなさい……誰が私を殺そうとしているんですか? 誰から逃げれば、何処まで逃げれば……私は……。


 ……早く言って下さい……段々と鬱血してきましたよ? さぁ、今すぐ言うのです、早く……早く……!


 ……っ、ぐっ、言って…………。


 うっ、うぅ……! うぅ……ひっ……。


 ごっ……ごめんなさい…………ごめんなさい、ごめんね……痛かったです……よ……ね……?


 ……楽になりましたか。えぇ、魔術で……いいえ、呪術ですね。


 …………。


 …………。


 …………あの、ですね。


 一つだけお願いがありまして。アナタにしか頼めない事で……簡単、かなぁ……とにかくアナタじゃないと駄目なんです。


 ……そのぉ……目を閉じて貰えます? はい、そうです、そのままそのまま……。


 …………はぁ。


 ……温かいですね、アナタは。体温がとかそういうものでなく、芯の温みとでも言いましょうか。


 …………嫌では無いのですか。このような魔女に触れられては寒気がすると思うのですが……。


 ……うん。これぐらいにしましょうか。


 それじゃあ、私を連れて行って貰えますか。


 何処へって……待っているのでしょう、魔女達が。


 アナタのお手柄にしましょうよ、墜堕の魔女を説得、連行したとなれば今後の人生は約束されたも同然です。恐らくアナタの子孫は喜ぶ事でしょう、「ありがとうご先祖様」と。


 さぁ、孫子に語れる偉業を成し遂げましょう……?


 ……どうしました。何故行かないのですか。


 アレでしたら、私が近くまで飛んで行け…………ば…………?


 ちょ、ちょっと……!? 何でアナタが……止め……止めて……! 私の決心が……揺らぐ…………から……。


 …………。


 …………。


 止めましょうよ、泣くのは。


 お互いに……。


 ……。


 あぁ、不思議ですね……。私は生まれてこの方、このような妄想に耽る事は無いと思ったのですが。


 アナタに出会わなければ、と……私は怨んでいます。


 本当に不思議です。


 こんな目になって……沢山の優しい人を裏切っておいて――。


 私は今……。


 アナタに、この手を引いて行って欲しいのです。


 触れるだけで骨まで腐る毒沼、死の香る大峡谷、悍ましき百獣の潜む密林……何処でも良い。


 唯、アナタだけを考えて生きてみたかった。


 幾ら強がろうとも、両目が横倒しになろうとも……最後まで私は狂えなかった。今日、ここにアナタが来るまで、私は殆ど眠る事が無かったんです。僅かな合間を見付けて急いで眠って、そんな時……見る夢は決まっていました。


 バクティーヌで、私の家で、アナタと下らないお喋りをするだけ。


 馬鹿な私はようやく気付きましたよ、「私、あの人の隣にいたいんだなぁ」って。気付いていました? 気付かなかったでしょう? でしょうね、私ですら気付いたのは最近ですし。


 …………アハハ、思い出話をしたらいつまでも掛かりますね。そろそろ行きましょうよ、せめてゆっくり……。


 ……え?


 …………えぇっ?


 そ、それは出来ません、やっちゃいけません! アナタの人生まで滅茶苦茶になりますよ、絶対に駄目です!


 駄目です、駄目ですってば! 関係ありませんよ涙なんて!


 離れて下さい、離れなさい! これ以上、誰かの人生を狂わせたく――……。


 ……っ。


 ……。


 …………。


 ………………。


 ……………………。


 ……アナタは不幸な方ですよ。


 何処までも付いて行く、疫病神がいるのですから。


 えぇ、存分に嘆いて下さい。


 いつまでも、ヒナシアさんと一緒なんですからね――。

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