11話「蟲の蠢く刻」

「悠斗君・・・?」


 先程までの威勢の良さからは思いも寄らない悠斗の突然の涙。


「笑えよ、笑えばいいだろ」


 怒りや逆ギレではない声、一気に鎧を脱いだ弱気な声で悠斗はそう言った。悠斗は自分でも分かってる、さっきまで怒鳴り散らしてた男が泣いているのは滑稽だ。


(いっそのこと笑ってもらった方が気が楽になる)


 でも、雫は首を振った。真面目な顔をして。

 誰を思って泣いているのか、後悔か切なさか悔しさか・・・・・・。いずれにしても、ここで流す涙を雫は笑えなかった。


「別の世界・・・ドラゴンの人生、竜生? 楽しめた?」


 悠斗は苦笑いして首を振った。そして、顔を落として肩も落として俯く。


「・・・・・・最悪」

「ドラゴンで生きるより、人間の方が楽しいか」

「そうじゃない」


 ぎりっと歯ぎしりをして悠斗が顔を上げる。

 外に出ようともしないで洞窟の中に籠もって、自分の見たい光景や気になることだけを見ていた自分の馬鹿さ加減に嫌気を感じていた。


(一度死んだのに新しい人生を楽しみもしないで、孤独を作り上げて人を恨んで妬んでばかりだなんて・・・。俺はなんて馬鹿な過ごし方をしたんだ・・・・・・)


「俺が馬鹿だった。人の命の事を考えもしないで、ゲームをするみたいに扱った」


 悠斗から湧き出る怒りを感じたが、雫は隣に座ったままじっと悠斗の表情に目を向けていた。自分自身へと向かう怒りを握りしめる様に拳が震えている。


「全部自分が引き起こしたことだ。友達を失っても・・・友だと思っていた人に殺されても、自分の蒔いた種」


 そこまで言って悠斗が笑う。


「自分の、笑っちゃうくらい言葉通り」


 足下の砂をぐいっと足で追いやって踵で叩いて、悠斗は自分の足を見つめていた。


「・・・友達に、殺されるような事を・・・したのね?」


「した、俺は敵になってた。何の関係もない人達をゾンビにして、あの人達が人間を襲って噛みついて殺してるのを笑って見てた」


 雫は少し身を引いて悠斗を見つめる。


「ゾンビゲームをしてる気分で、それが本当に起こっている現実のことだって思いもしないで・・・。もし本当のことだとしても・・・・・・、どうでもいいと思ってた」


 かける言葉が見つからず、雫は黙ったまま目をそらし俯いた。


「罵倒しても良いよ、当然だよ。人が死ぬのを笑って見てるなんて・・・・・・人でなしだ」


 ふたりが黙っている所へ、戻って来た奏汰が草の上に身を投げた。呼吸を整えて、しばらくして体を起こした奏汰がふたりを見やって怪訝そうな顔をする。


「どうしたの?」


 悠斗は黙り雫は困った顔をしている。


「喧嘩した? 何が原因?」

「ううん、喧嘩はしてない。ちょっと・・・ヘビーな内容の話を・・・聞いてた」

「ふぅん・・・」


 奏汰はそれ以上聞かなかった。

 天国でヘビーな内容と言ったらだいたいの見当は付く、気軽に教えてなどと首を突っ込む事ではないに違いない。


「どうだった?」


 雫の質問に奏汰が笑顔を見せた。


「元気そうにしてた。見えみえの元気」

「そう」


 雫には奏汰の言っていることが何となく想像できた。

 母子家庭だと言いながら擦れた所もなく明るい奏汰を見ていたら、彼の家族、母親は前向きで辛い時にも笑顔を絶やさない人なのかもしれないと想像していた。


「見えるのは良いけど、きついな」


 笑う奏汰に雫も笑った。


「分かる、何度も潜るのきついね」

「あれじゃ伝えたいことも伝えられないよ。もっと楽な方法無いのかねぇ」


 奏汰の声に被せるように、呆れた子供の声が答える。


「あるよ」


 驚いて3人が振り返ると、後方のずっと離れた所に男の子が立っていた。


「な、何でいつも背後から現れるのよッ」


 突っ込む雫に不満げな顔を向けた男の子が、3人の顔をひとりひとりと見つめる。


「川を渡った向こうなら潜る苦労などしなくても、ゆっくり側で家族を見守ることが出来る」


「うそっ! 本当?」


 当然だと言いたげな表情の男の子は顎を少しあげて3人を見下ろした。そして、棘のある声で雫に言葉をかける。


「変な流行を作らないで欲しい」


 それだけ言ってぷいっと向きを変え、男の子は海と平行に草原を歩いて遠ざかって行った。


「何よ、変な流行って」


 むくれた雫が海に目を向けると、数人が海の中で波を立てて何かをしているのが目に付いた。


「ああー・・・。何してるか聞かれて話したら、みんな潜り始めちゃってさ。あははは・・・」

「奏汰君・・・・・・」

「ごめんごめん、良い情報は隠せなくてさぁ」


 ふたりの会話を悠斗は黙って聞いていた。




 夕日が落ちるギリギリで3人は川へと向かって歩き始めた。急かす雫に呆れながら男子ふたりがついて行く。


 雫から聞いた通り流れ星が空に線を描くのを彼等は面白がり、草地に横になってゆっくり眺めようと言い出すのを、雫は必死に歩かせていた。


「お願いだから急いで」

「何でそんなに急かすんだよぉ。他の人達は皆のんびり歩いてるんだから、急がなくても良いだろ?」


 ぐずる奏汰に困りながら雫は忙しなく回りに目をやる。


「分かった、じゃあ別行動しよう。とにかく真っ直ぐ行けば川があるから」

「何言ってるのさ、ここまで一緒に来たんだから一緒に行こうよ」


 黙っている悠斗と違い奏汰は雫の手を取って離さない。雫は気が気ではなかった。


(ぐずぐずしていたら蟲が出てくる)


 彼等には見向きもしないかもしれない、でも万が一自分の巻き添えにしてしまったらと思うと不安になる。

 3人の後方から草を揺する音がして、奏汰と悠斗が振り向くのを見て雫は叫んだ。


「走って! 川へ向かって走るの!」


 警戒警報に似た甲高い雫の声に、奏汰と悠斗が本能に従って走り出す。


「何!? どう言う事?」

「いいから走って!」


 そう言って雫が方向を変える。


「雫!」

「付いてこないでッ! 川へ!」


 立ち止まる2人の目に、黒々とした大きな物が映った。巨大な生き物が2人から遠ざかる雫を追ってガサゴソとついて行く。


「何だよあれ! あっ、悠斗!」


 驚き目を見張る奏汰を置いて悠斗が雫の後を追い、腰が引けながらも悠斗の後を追って奏汰も後に続く。


 蟲は雫をターゲットに何処までもついて来る。川の真逆へ走れば足を早めて雫の前に立ち塞がり、牙をカチカチと打ち鳴らして鎌を振るってきた。


(もうふたりは川に着いたかな、そろそろ川へ向かおうか)


 川にたどり着けず蟲に捕まったとしても死にはしないだろうし、地獄に送られることはないだろうと雫はふんでいた。


(きっと川の龍みたいに脅かしだ。痛いかもしれないけど、きっと大丈夫)


 自分に言い聞かせる。


「こっちだ! こっちを向けぇ!!」


 突然声が響いて驚いた雫が後方に目を走らせると、大鎌を巡らせて巨大カマキリも声の主に顔を向けるところだった。


「駄目よ! 逃げてッ!」


 両手を広げてジャンプして気を引いているのは悠斗だった。


「こっちへ来い!」

「駄目だってば!」


 カマキリが悠斗へと近づいていく。


「こっちだバーカ!」


 別の場所から奏汰が大声を張り上げる。

 奏汰に向けたカマキリが目の端で雫を捉え、クルリと雫に向きを変える。


「雫! 逃げろッ」


 一旦立ち止まった体は急に走り出せず、踵を返した雫の足がもつれた。


「雫!」


 あっという間に突っ伏して迫る大カマキリを見上げるしかなかった。


(もう駄目だ!)


 ぎゅっと目を閉じた雫に強い風が吹き付ける。


「・・・何?」


 すぐそこまで近づいていた巨大カマキリの姿が消えていた。何事が起きたかと目を見張る雫の側で、草がガサガサと音を立て巨大な陰が現れる。陰はふたつ!


 悠斗に腕を引かれて立ち上がった雫は、そのまま奏汰の背後に引き込まれた。 


「逃げるぞ!」


 奏汰の声に雫も走り出し、1人足りないことに気づいて立ち止まる。


「何してるんだ、悠斗!」 


 巨大カマキリを前に悠斗が立ちはだかっている。


「逃げろ!」


 悠斗の声に奏汰が雫の腕をつかんで走り出した。


「待って、待ってよ! 悠斗君を見殺しにするの!?」

「あいつ多分大丈夫だ」

「何言ってるの!?」


 奏汰に腕を引かれながら後方を見やる雫の目に、虹色の光が映る。


 雫は悠斗の手に虹色の刀を見た。

 彼の振るう剣が大カマキリを下から上へと襷掛たすきがけに切り捨てる。カマキリはあっという間に光の粒となり砕け散るのが見えた。


 風が吹き付けてきて先程の風はこう言う事だったのかと雫は納得する。


 切る側からまた新たなカマキリが現れ、悠斗は金属音を響かせて横なぎに振るわれる鎌を避けながら腕を切り落とした。


 呆気にとられて見つめる雫の前に再びカマキリが現れる。

 それは、普通のカマキリとは違っていた。2対の鎌を持つ双頭のカマキリ。


「ヤバッ! 雫、逃げよう」


 奏汰に急かされ雫も走り出す。


「くそっ、ゾンビ並に次から次だなッ!」


 そう言った悠斗が雫達を追うカマキリの背を追って走る。


 使い慣れた剣を振るうように、高くジャンプして上から真っ直ぐ下へと切りつけた! ・・・が、しかし。手応えがない。


 悠斗の虹の剣を避けるようにカマキリが2匹に分かれたのだ。裂けるように分かれた2匹のカマキリが俊敏に悠斗から距離を置く。


 草むらのあちこちからゴソゴソと嫌な音がし始めて、カマキリではない物が姿を現した。


 ずんぐりとした胴体を挟んで両脇に4本ずつ細い足が突き出た蟲。その丸い複眼がこちらを見つめていた。



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