第四シリーズ

001 クロの過去

 生まれた時の記憶は、白鴎組という暴力団で暮らしていた時から始まった。けれども、その組織には俺の血縁者はいない。ようやく物心がつき、ある程度の知識が貯まってから、周りの人間に聞いてみた。

 その結果は、捨て子という事実を突き付けられただけだった。

 当時のその組の若頭は結構な女好きで、あちこちで女を抱いては孕ませていたらしい。その話をどこかで聞いたのか、強姦され、俺を孕んだ母親が犯人と勘違いして押し付けてきたんだって。そこで組員達は俺を鉄砲玉にしようと育てた。俺は使いつぶされるのが嫌で必死になって勉強し、組に貢献して生きながらえてきた。知識や資格は、その時に覚えたものだよ。

 向こうも利益が生まれると簡単には使いつぶせなくなってきた。そんな時だった。




 あの女が現れたのは。




「……あの女?」

 座卓を囲むように腰掛け、煙草を咥えながらリナは、自らの過去を語るクロに聞いた。

 通り魔を殺した翌日、疲れが取れないので今日は仕事を休もうとした矢先だった。ペットであるクロが聞いて欲しいと自らの過去を話してきたので、主人であるリナはいつもの私服化した制服に着替え、ニコチンで脳を覚醒しつつ過去話を聞いていたのだ。

「俺が英語を覚えた、四、五歳の時だったと思う。その女は自分から若頭に近づいてきたんだ。もちろん、なんらかの理由があったんだと思うけど……」

「というかクロ、英語話せたんだ……」

 話は続く。

 どうも学会から追放された研究者だったらしく、研究物資の調達で近づいてきたのだろう。若頭に抱かれる以外は調達した資金や資材で生体実験を繰り返していたらしい。

「生体実験?」

「こう言い換えた方が分かりやすいかもしれない。……人体実験だよ」

「っ!?」

 呼吸が止まる。

 リナの肺に紫煙が流れ込まないまま、クロは話を続けた。

「分かっていることは三つ。大まかだけど、研究内容は人体の感覚器官の強化。つまり……」

「あのグロイ目の通り魔は、実験体、ってこと?」

 クロは頷いた。

 リナ達の話や新聞の中身を吟味してクロが立てた仮説だが、死体のニュースが流れないことから、その話が真実だと証明されている。

「あの通り魔のことがニュースになっていない。死体を誰かが、きっとあの女が隠したんだ」

「にゃるほどね~……それで、後の二つは?」

 クロは若干言いよどんだ。それでも話すべきだと、口をどうにか動かす。

「もう二つは、その一つは、俺の身体のどこかに、研究データを隠したマイクロフィルムを隠していること。人体実験こそされなかったけど、ストレス発散の虐待ついでにやられたから、たまったものじゃないよ。しかも今時マイクロフィルムって……絶対アナログ派だ、あの昭和女」

「そりゃ最悪だ……」

 他人事のように語るリナだが、それをジト目で見つめてから、クロは言葉を繋げた。




「……その女の名前、常坂晴美ときさかはるみって言うんですけれど。ねえ……常坂璃奈ときさかりなさん」

「……………………えっ?」




 突如語られた自らの名前に、リナは思わず呟いた。

「クロ……ワタシの名字知ってたの!?」

「いや、通帳に書いてあるじゃん」

「あ……」

 そう言えば家賃の引き落とし手続きやってもらったことがあったな、とリナはしみじみと思い出していた。

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