007 気まぐれ
闇金業者達は、狐に摘まれたような顔をしていた。
買い取った借用書で金を巻き上げるまではいい。弁護士と相談して返り討ちにしようとするのも計算内だ。
だからこそ、雲隠れされる前に男を捕らえるのも業務の内だった。そのために女の居場所を特定して、見張りを立てて捕まえるはずだったのだ。
そしてマンションの前で会っていた二人を見つけ、捕まえるために車のエンジンを叩き起こした。
「なんでさっさと捕まえないんですか?」
とかいう部下がいたが、上司が殴って黙らせていた。
人間というのは不思議な生き物で、希望があれば勝手に生きようとあがいてくれるのだ。大きければその分、生きてあがいて金を稼いでくれる。それが若手の部下にはわかっていなかったのだ。
流石に向こうも車だが、道路を挟むようにして計四台。追跡用のバイクも二台用意してある。これ以上は経費の無駄だが、暇な若手なんざいくらでもいる。
怪しい奴に投擲型の発信機を投げつけて見張らせ、不審な動きを見せたら殺せとも伝えてある。
ボロい商売だと考えていた矢先だった。男が女と別れて車に乗り、走りだそうとするタイミングで前後から挟み込む。それだけのはずが……
「……パンク?」
『しかも、前から挟み込む連中のアシ全部です。おまけに駐車場に停まってた車も全滅しているらしく……』
「んなアホな話が……」
とはいえ、逃がせば大損だ。
仕方なく後ろから追い込む連中だけで追いかけながら、携帯で連絡を取り合って状況把握に努めていた。
最初は女と会っていた小娘が誰かにたれ込んだとも考えたのだが、それはないだろう。
警察の動きもなし、移動したと言えばどこぞのアパートと近所の公園くらいだ。
「……男と公衆便所にしけ込んでるガキが、何かできるわけないか」
パンクの修理代や、発信機の代金。
目の前の男を捕らえられなければ、収入はゼロ。
「家でカミさんが待ってるってのによ。おまけにしくじったら経費で落ちないぞこれ。……ああ、やってらんね」
闇金とはいえ一応は金融業、そこには彼らなりの生活があるのだった。
「早朝出勤ってだけでも苦痛なのによ。転職しようかな……はあ」
「あ~疲れた。もう今日は働かない……」
黒髪のカツラを被り、地味目の服に着替えていたリナは、完全に人気のなくなった公園に入り、公衆便所の多目的スペースをノックした。
「ク~ロ~帰ったから開けて~」
それを聞いて、中で荷物と一緒に待っていたクロは、暇つぶしに読んでいた新聞片手にリナを迎え入れた。
「見張りは?」
「いなくなってた。もう発信機ここに置いてって大丈夫だよ~」
トイレの中でカツラを外したリナと入れ替わりに、クロは外にでた。
「それにしても……」
「ん?」
ベビー台に服を置きながら着替えているリナに、クロは不思議そうに問いかけた。
「どうしてお金にもならないことしたの?」
「う~ん……気まぐれ?」
よくわかんない、とリナは苦笑しながら答えた。
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