届かない手紙

拝啓、もう帰り道もわからぬ私の故郷にいるあなた


お元気ですか。

私はそこそこ元気です、きっと。


私はいま、とても穏やかな砂と波のそばにいます。

とても、とても穏やかです。

あの故郷にいた日々とはまったく違う毎日です。


あの頃私をとりまいていたすべてのことがらが

毎日毎日すこしずつ私の精神を削っていました。

小さかった私は誰に頼っていいかもわからず、

泣きわめいてまわりを困らせてはいけないとも思い、

ただただ我慢して下を向き続けていました。

風が吹いて、雨が降って、雷が鳴って、

本当に毎日毎日、傷つけられるばかりでした。


だから本当に、今は平和です。

時折、退屈すぎるくらいです。

だから今こうして手紙を書いています。


ここはとても良いところです。

歩くと砂に足をとられたりもするけれど、

足跡はすぐに消えてくれるし、

波がかき消してくれたりもします。


日差しは暖かく、やわらかく照らされていると、

ここは天国にとても近い場所なのではないかと

錯覚するほどです。

もうすぐお迎えがくるかもしれません。


え?まだそんな歳ではないだろう、と?

ええ、そうかもしれません。

でも、私はもう人生を引退したような気持ちで

毎日すごしているんですよ。

もう、疲れてしまいましたから。


あなたたちが新たなことにチャレンジしていようと

子育てに勤しんでいようと

それはあなたたちの生き方ですし

私はそういったものもすっ飛ばして

もう老婆の気持ちでいるのです。


日差しを浴びて縁側で居眠りをして

野菜をとったら漬物にして

柿を干して大根を干して

和菓子を買ってお供えをして


いいえ、実際そうして過ごしているわけではないのです。

うまいこと表現ができませんが、

まあそのような気持ちだということなんです。


どうせ、あなたたちのようなパワフルな生き方を真似してしまえば

私の脆弱な心身はあっという間に壊れてしまいますのでね。


生きること、

子育てすること、

ハードなことに挑戦すること、

人といっぱい付き合うこと、

映像を見ること、

なんでもかんでも調べること、


そういうことは、似合わない人間だっているのです。

みんなはそれこそが人のあるべき姿だと、

人の成長だというけれども。


私は、生きることそれだけを

頑張っては眠り頑張っては眠り

それをただずっと繰り返しているだけです、猫のように。

だけれども、それが精いっぱいであって、

それこそが、幸せであると思っています。


あなたにはきっと、わかってもらえないのでしょうが。


この手紙も、あなたの元へ届くことはありません。

私はもう故郷へ続く道も知らず、その場所も知らず、

この紙は封筒へ入れないで紙飛行機にして

大海原へむけて飛ばしてしまうからです。


でもきっと、それでよいのでしょう。


もう交わらぬ私の道とあなたの道。


お元気で。

私も私の、変わらぬ毎日をおくり続けます。


さようなら。

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