9.最強勇者の育て方

 リルリルは、昨日というか朝方までベッドの上で自分を愛しまくった夫を見つめた。

 宝石のような色をみせる濃藍の大きな瞳が彼を映し出す。

 

 スッと金色のまつ毛が沈み込み、その瞳にいぶかしげな影をつくるのだった。


「師匠…… ですか? アナタの」


「そ、そうだ…… 来る…… この気配。絶対に師匠だ」


 テーブルに置いたウェルガーの腕が細かくプルプルと震えている。

 このような姿の夫を見るのは、リルリルにとって初めてだった。

 心配そうな顔をみせ、長い耳がやや下がってくる。


「勇者ウェルガー様の師匠ですか―― そんな方が?」


 事情がよく分からない褐色エルフ娘のラシャーラが首をかしげるようにして言った。


「確実だ! 俺が間違えるわけがない。勇者の力が封印されても、あの恐怖は俺の心奥深くに刻まれているんだ。いる! 奴は、この島の中に来てやがる! これはまずい! 凄まじく状況はまずい! 来る……」


 心配そうな幼妻リルリルの顔を見て、ウェルガーは震えを止め、強い語勢で言い切った。

 ただ、その本能に刻まれた恐怖。トラウマは、精神の奥深くで暗黒の淵を覗かせているのであった。


(あの悪魔が、島に上陸しやがった…… 今まで、どこにいたんだ?)


 身の内に抑え込んだ恐怖が、彼の脳裏に走馬灯のように過去の出来事を映し出していく。

 脳内では「死の覚悟」が出来あがってしまったのかもしれない。


 彼は、元アラフォーのおっさん。独身でブラック企業の中間管理職だった。

 失敗が明らかに見えていたプロジェクトを途中で引き継ぎ、そして過労死した男だった。

 くそのような前世には未練などなにもなかった。

 親兄弟もいなかったし、なによりも、決定的にモテなかった。

 

 だから、己が異世界で転生したことは、超僥倖、ラッキーだと思っている。

 しかし――


 彼は産まれてすぐに、親元から引き離された。

 ある日、アルデガルド王国から王の使いの賢者たちが家に来たのだ。

 そして、なにやら身体を魔法で調べられた。


『おおおお!! なんと! 魔力核が1000を超える―― ばかな…… このような赤子が』

『もしや、伝説の勇者―― 転生者では?』

『うむ…… その可能性はある。これは、王に報告だ』


 彼は、そのころには、だいたいこの世界の言葉を理解できるようになっていた。


 だから賢者の言葉は分かった。

 話す方は「あぶー」とか「ばぶー」とかいうしかない赤ちゃんであったが。


 とにかく賢者たちは、そう言って王に報告。

 数日後、彼は産まれた家から引き離され、アイツに出会ったのだ――

 そう…… あの黒髪の悪魔にだ……


(第一印象は、悪くなかった―― いや、最高だと思ったんだ。俺はバカだったから……)


『ほう、その赤子が勇者の転生者―― なるほど、確かに並の赤子ではない視線を感じます』

  

 彼女はそう言って彼の方を見たのだった。

 ウェルガーは衝撃とともに、その声の主の胸に視線が釘付けになっていたのだ。

 

 それはあまりにも大きすぎた。

 大きく、前に着き出し、その質感は抜群にやわらかそうだった。

 そして、重力に負けぬ美麗なラインを描き、薄い服の下から見える乳首が完全に上を向いていた。

 

 彼女はブラジャーのような物は付けていなかった。

 そのような肌着で、重さを支えることは惰弱な事であると宣言するかのようなおっぱいなのだった。

 

『分かりました。勇者の育成、教育、修行―― このニュウリーンが引き受けましょう』


 ニュウリーン――

 それが彼女の名であった。

 その日から、彼にとって師匠であり母代わりとなる女性であった。


『乳母の用意は?』

『必要ありません。母乳などいくらでも出すことが出来きます――』


(俺は、その言葉を聞いたとき、ここは天国かと思ったのだ―― あの乳を吸い放題なのだと…… まあ、俺も、赤ちゃんだったしな……)


『ワギャァァァァァぁぁぁ――!!!』


 そのやり取りを聞いていたウェルガーは泣いた。

 それは、おっぱいが欲しい。おっぱいを吸いたい。

 思う存分吸いまくりたいという魂の叫びの鳴き声だったのだ。

 

『ほう、さっそくお腹を空かしているようですね。私の母乳をやりましょう――』


 そう言うと彼女はウェルガーを抱きかかえ、奥に引っ込んだ。

 彼に授乳するためだった。

 ぴたりとウェルガーは泣き止み、おっぱいを触った。

 

 その弾力と柔らかさの記憶はまだ、その手の中に残っているのだ。

 あの悪魔は、おっぱいだけは至上のものだった。


『では、母乳をあげましょう』


 ニュウリーンは、そう言って巨大なおっぱいをポロンと、彼の前に差し出したのだった。

 大きなおっぱいにピンと立ちあがった大ぶりな乳首。

 大人の親指以上の大きさはあっただろう。

 ピンクの乳輪も大きかったが、それも美しかった。


 そして、彼はそのおっぱいを与えてくれる女――

 ニュウリーンの顔を見た。


 抱きかかえられることで、赤ちゃんの視力でもなんとかピントがあったのだ。


 顔も寒気のするほどの、美形だった。

 冷たい氷の刃のような美しさをもった女だった。

 涼しげを通り越して、怜悧な刃物のような眼差しをしていた。


(ぬおぉぉぉぉぉ――!! 吸うぞ!! 俺はおっぱいを吸うぞぉぉぉ!!)


 切れるような美貌をもった女――

 そして、巨乳。

 そのおっぱいを思う存分吸うことができるのだ。

 彼は、大きめの乳首に吸いついた。

 

 吸った。

 

『おおおお、あ、すごい…… なんですか? この赤子は…… 舌使い…… 吸い方…… まるで……』


 まずは舌で乳首を堪能した。

 にゅるにゅると、舌を大き目な乳首に絡ませ、その感触を楽しんだ。


 その舌先の神経は、乳首の先の細かい凹凸さえ感じ取れた。


 そして歯の無い口で乳首をニュッと噛んでみた。


「おう…… この赤子…… どこでこのような吸い方を……」


 彼女は喘ぐような声を上げた。精神力と気合で、妊娠していなくとも母乳を絞り出す彼女であったが、それをしなくとも、母乳があふれでそうであった。


 ニュウリーンの呼気が粗くなってきたのを彼は覚えている。

 そして、口の中にピュ―ッと熱をもった液体が流れこんできた。


 天の甘露――

 アムリタ――

 ソーマ――

 ネクタル――

 

 それは神話の世界で、神々が飲んだとされる聖なる液体に比肩するかのような物であった。

 あまりの甘さと豊潤な香りが口の中に広がっていった。

 思いきり乳首を吸う。大きな乳首からは、激しく強く母乳が湧きだしたのだ。


 彼は、ニュウリーンの母乳により育てられたのだった。


        ◇◇◇◇◇◇


 甘い日々はすぐに終わった。

 断乳――

 赤子から幼児へと向かう時期、おっぱいは吸えなくなった。


 ウェルガーの口の中には、粥などの味のない離乳食が無理やり流し込まれるようになったのだ。

 それも大量にだ。


『食事も、修行と思いなさい。食べるのです。無理やりにでも中にいれるのです』


 腹がいっぱいになって、首を振ることもあった。


『私の作ったおかゆを拒否するとは―― 赤子とはいえ、いい度胸です」


 彼女は刃物のような笑みを浮かべ、注射器のようなものに、おかゆを詰めてもってくる。

 そして、強引に俺の口の中に、流しこむのだった。 

 まるで、フォアグラになるためのガチョウのような食事だった。


『ゲロを吐いたら、それをまた流し込みます――』


 彼女は赤子の眼を覗きこみ、本気でそう言ったのだった。

 ある種の狂気――

 精神のタガの外れた存在の女であることに、ウェルガーはそのときに気づいた。

 しかし、それはもう遅すぎたし、仮に早く気付いたところで、赤子である彼には何もできなかったであろう。


 そして本格的な修行が始まった。

 基礎的な体力養成のための運動から始まった。


 剣術――

 体術――


 歩きはじめたばかりに赤子に対し、そういったモノが叩きこまれたのだ。

 彼女は、剣よりも体術の天才だった。

 赤子のウェルガーを容赦なく投げ、地面に叩きつけ、足で顔を踏みにじる。拳を顔面やボディに叩きこむ。

 その顔には喜悦の笑みさえ浮かべていたのだった。


 強い――

 確かに滅茶苦茶強いのは分かった。

 ただその精神性は、悪魔のように病んでいた。

 長い黒髪を宙に舞わせ、ありったけの暴力をウェルガーの肉体に注ぎ込んだのだった。 


『殺さぬ程度に、痛めつけます。それを繰り返し、強くなるのです。そしてあなたは勇者となるのです』


 どす黒い狂気に彩られた笑みを浮かべ、彼女はそう言った。

 最強無双の勇者を育成するための修業はこれから始まったのであった。

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