魔王を瞬殺して引退した転生勇者の元おっさんはエルフの幼妻とらぶえっちな生活がしたいです

中七七三/垢のついた夜食

1.人類最後の決戦、勇者ウェルガー最強無双

人類と魔族の戦い――

 いや、それは一方的な蹂躙といってよかったかもしれない。

 

 すでに人類はこの世界の片隅に追いやられていた。


 人間――

 エルフ―――

 ドワーフ―――


『人類』とカテゴライズされる存在はこの世界から一掃されようとしていた。


 荒涼たる風景が広がる。

 屍が並び、折れた武器が転がっている。


 血と肉の匂いがただ風に乗り流れて行く。


 たった1時間前まで、精鋭の50万を超える兵たちがその場に存在していた。

 ウソのようであるが、それは事実だった。


 人類として、生きて動く者はもう、僅かだ――

 そして、戦える者はもっと少なかった。

 天を震わせ、大地が割れるかのような衝撃が走った。

 魔族の攻撃だった。


 巨大な岩を大地に叩きつける単純な攻撃だった。

 しかし、その岩はこの星の周囲を回っていた月を砕き作った岩石だった。

 魔族たちは、この世界にあった三つの月のうち、ひとつを破壊した。

 そして、その巨大な破片を大地に叩きつけてくるのだ。

 一撃で岩盤がめくり上がり、大地が津波になって襲ってくる。


「やらせない」

 

 ふわりと宙を舞った少女――

 銀色の髪がふわりと逆立つ。

 積層魔方陣が彼女の全身を包み揚げる。

 青白い光が発し、強大な魔力が空間を揺さぶりエネルギーを放出した。 


「シールド――」

 

 彼女が唱えた言葉により大地に巨大な魔力シールドが形成された。

 岩盤津波が、それにより遮られ、砕け散る。 

 残された数少ない兵を彼女は守った。


「もう…… だめかも」


 彼女の身を包んでいた積層魔方陣の輝きが消えて行く。

 宙に浮いていた彼女は揺れ、ゆっくりと地に向かって落ちて行った。

 目を閉じ、長い銀色のまつ毛が風に揺れていた。


 残った兵は守れた。後方からは、先込め式の砲が、砲弾を送り続ける。

 この世界における魔法以外では最高の武器といえるものだ。

 しかし、魔族に対しては何ら#痛痒__つうよう__#を与えているように見えなかった。


 すでに人類最後の軍団の指揮体系は寸断されていた。

 もはや個々人の兵がその勇気でもって立ち向かっているにすぎなかった。


 敵は圧倒的だった。

 純粋な力、圧倒的な力の暴風雨だった。

 高密度の破壊と蹂躙の化身であった。


 数百万を超える魔族が、この決戦の大地に集まっていた。


 ネグド大地――


 ここを突破されれば、アルデガルド王国に一気に攻め込まれる。

 そこは、人類に残された最後の生存圏だった。


「糞がぁぁ、殺してやるぅぅ、ぶっ殺してやる――」


 血まみれとなった女戦士だった。


 巨大な剣を振りかざし、津波となったような魔族の群れの中に突撃を敢行する。

 血しぶきが上がり、紙が引き裂かれるかのように、魔族の集団が割れた。

 多くの魔族が骸になって吹っ飛んでいく。


 桁違いの戦力を持った女戦士だ。

 これだけの戦闘力を持った戦士がまだ残っていることが奇跡だった。


「ぬがぁぁ!!!」


 女戦士が声を上げた。


 右目を手で押さえていた。そしてもう一つの手で剣を振り回す。

 凄まじいテンペストのような剣風が、魔物をなぎ倒す。

 しかし、数があまりにも、多すぎる。


 目を押さえたその指の間からはヌルヌルと真っ赤な蛇のよなものがのたうっていた。

 血だ。


 魔物の攻撃で右目をえぐられていた。

 露わとなっている左目はルビーの色。

 血よりも鮮やかな赤だ。

 そして、それは圧倒的な怒りで炎で満ちていた。


「負けてたまるかよぉォぉ!! ぶっ殺してやるぅぅ!!」


 死角となった右から攻撃を受け、こんどは、右腕が引きちぎられた。

 血しぶき跳び、その腕が「クチャクチャ」と異形の魔族に食われていた。

 もはや蹂躙だった。戦いではない――


「殺す、てめぇ、よくもワタシの腕をぉぉぉ! ぶっ殺す!」


 左手に持った巨大な剣が横殴りに、その魔族を薙ぎ払った。

 血まみれになりながらその女戦士は、狂戦士と化したかのように戦い続けていた。


 確かに局所的にみれば、人類が踏ん張っている部分がないでない。

 ただ、もはや全体の趨勢は明らかとなった。


「将軍、もはや……」


 血まみれの将校はそう言った瞬間魔族の放った、攻撃で首から上が吹っ飛んで無くなった。

 言葉の先はなく、ただ首から血がぴゅぴゅーと流れているだけだった。

 

「諦めんぞ。ワシは諦めん―― 勇者が…… 彼が間に合えば……」


 将軍は血まみれの身体で呻くように言った。

 すでに右腕は手首か先を失っている。

 体中傷だらけで、死んでいないのが不思議だった。


「将軍!!」


 魔族が将軍の脳天めがけ巨大な鉄槌を振り下ろした。

 その衝撃波で、幕僚が吹っ飛ぶ。


「え? あれ? ワシ、生きとる――」


 将軍の目の前にはひとりの男が立っていた。

 片手で、巨大なハンマーを止めていた。

 その男は、ジッと将軍を見た。なんかすまなさそうな顔をしてだった。

 

「も、もしかして、勇者ウェルガーか?」

「はあ、まあ、そうですけど―― えっと…… ここ、ネギド大地ですよね」


 片手でハンマーを押さえ、地図をクルクル回しながら、勇者ウェルガーと呼ばれた男は言った。


 黒髪に茫洋とした感じの印象の顔だった。

 強いという感じが微塵もないのが、逆に只者ではないというオーラを作っているかもしれなかったし、作っていないかもしれなかった。

  

「はあ? ネグドだ! ネグド大地だ! 決戦はネグド大地だよぉぉ!! アホウかオマエはぁぁ!!」


 将軍血まみれで絶叫。


 こめかみの血管が切れてピュ―ッと血が吹きだした。


「あ、そっかぁ。だからいくら待っても誰も来なかったのか…… おかしいなぁと思ったんだよなぁ」


 人類最後の戦いに、勇者が来ないなぁと思っていたら、全然別の場所にいたようだ。

 地名を間違えて遅刻。

 しかも、地図を読み間違えるという偶然で、この最終局面にやってきたのだ。


「ん、まあ、まだ間に合ったみたいだね」


 この惨状を見ながら平然と勇者と言われた男は言った。

 コイツが勇者で大丈夫なのかという不安をこの場にいた少ない人類全員が感じた。


「で、魔族の軍団を皆殺しにして、魔王をぶち殺せばいいんだよね?」


 片手で巨大な鉄塊のようなハンマーを支えながら、鼻くそをほじりながら言った。

 彼はひょいっと力も入れたようにも見えず、ハンマーも持った魔物をそのままぶん投げた。

 上空にだ。青い空に吸い込まれるように消え、あっという間にそれは見えなくなった。

 この星の引力圏を突破し、宇宙空間まですっ飛んでいったのであった。


「えー、人間の皆さん、しゃがんでください! これから攻撃します! 魔族皆殺しにしまーす!」


 彼はでかい声で言った。というより、もはや人類でまともに立っている者がいそうになかった。

 勇者は数百万の魔族の前にすたすたと歩いていく。まるでコンビニに行くかのようにだった。


 周囲を見やる。魔族はなぜか、警戒しているのか、彼に近寄らなかった。

 それは、人間よりも優れた、強弱を判定する本能故の物だった。


「あ、なんか生きてる?」


 彼は先ほどまで戦い右目と右腕を失った女剣士を拾い上げた。

 血で真っ赤になったかと思ったが、髪の色自体が真っ赤な色をしていた。


 彼女を肩に担ぎ上げる。


「もうひとり…… 女の子かぁ」


 死体の中に少し動きを見せた女の子を発見。

 彼はその子も抱きかかえ、肩の上に乗せた。


 これで、両手が一応自由になったのだ。

 そしてもう一度、念のために周囲を見やる。

 前方には、他に生きていそうな人間はいなかった。

 

(んじゃ、いいかぁ―― もう、こんだけ死んでるし、間違って死んでも誤差の範囲だろう)


 彼はそう思うと、すっと右手を上げ水平にブンと振った。


 何の気負いも、気合も入ってない。適当に振っただけの腕だった。


「なんじゃぁぁああああああ!! いったい!! こりゃぁぁ!!」

 

 後方で見ていた将軍の絶叫が天まで響く。

 

 勇者の振るった右手の一撃で、数百万の魔物の上半身がスパーンと斬れてしまったのだ。

 数百万の上半身を無くした魔族が、ピューピューと血を吹き出し、大地が真っ赤に染まっていく。

 

「ほぉォぉ…… これが人類の最終兵器『勇者』か」


 滅茶苦茶重々しい、絶対に悪役以外の声優は出来ないだろうというような声音が響く。

 

「ま、魔王…… 終焉をもたらす、魔王―― うぐッ……」


「将軍! 将軍! まずい、奴の瘴気だけで、人は――」


 将軍の側近が次々に血を吐いて死んでいく。

 

「ぐぬぬぬぅぅ、死なぬぅぅ、ワシは最後の一人になっても諦めん、魔王よぉぉぉ」


 ボロボロになって、口から血をダラダラ流しながら将軍は言った。

 かなりタフであることは確かだった。

 周りの人間はみんな死んでいる。

 

「あ、やばいか――」


 勇者ウェルガーは、助けた少女二人を将軍の前に置いた。


「じゃ、ちょっと倒してくる」


 勇者ウェルガーはそう言って、背中の剣を抜いた。

 竜神剣デュラルファングという勇者の剣だった。


 この世界を創造した竜神が作り上げたこの世の始まりから存在すると言われる伝説の剣だ。


「重いし、じゃま」


 彼はそう言って、剣をトンと地面に刺した。


 彼は魔王を見やった。


 でかい。頭は成層圏に近いところにあるかもしれない。

 距離感がおかしくなる。おそらく、あの魔王は自分の居城から立ち上がっただけだろう。

 それで、ここまで見えてしまうのだ。

 

「行くぜぇ! この魔王がぁぁ!!」


「こい! 勇者よ、オマエを倒――」


 巨大な魔王は言葉を最後まで言えず、吹っ飛んだ。


 その経緯は以下のようになる。


 勇者はダッシュした。衝撃波を残し、周囲の空気をプラズマ化していく。

 あまりの高速度に、大気の分子構造が破壊され、一気にプラズマとなったのだった。


 そして、あまりの速さに、エネルギーが質量に変換される。ローレンツ収縮が起こり、勇者の体型がスリムになった。


「E=MC^2」という身もふたもない物理方程式に従い、運動エネルギーは質量と化す。


 そして、相対性理論で語れるレベルの突撃を受け、巨大な魔王も引力圏を突破したのだった。

 秒速7.9キロメートルの第一宇宙速度で、西の方に吹っ飛んで行った。

 魔王は即死。瞬殺だった。


 死んだまま、壊れた月の代わりに、この世界の周りを回るとこになった。

 三つ目の月がこの世界に戻ったのだ。魔王の死骸だけど。

 かなり大きいので、肉眼でも観察可能だ。


 こうして人類は魔族との最後の戦いに勝利したのであった。


 勇者ウェルガー。

 元日本人のおっさんだった。

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