第12話 恋人の失跡
フランキ軍が撤退して久々に聖燭台会議が開かれた。被害の出たサリクトラの海岸城砦の修復工事などが話題になる予定だった。
ルーサーが聖燭台の広間にジャレッドより若い青年を伴って入ってきた。
「ランサロードのハイディ殿。ラドローの弟君だ」
ルーサーの紹介に答礼もせず、ジャレッドが叫んだ。
「ラドローはどうしたの? 何かあったの?!」
「ハイディ殿の話を聞こうじゃないか、ジャレッド」
サリウが青ざめて云った。
「今日から兄の代わりに聖燭台に加えて頂きますハイディと申します。皆様にはこの度のフランキ海戦、見事な勝利おめでとうございます。ランサロードからは一兵も参加させることができず申し訳ありません。
軍務をつかさどる兄は北方の戦線で奔走しておりました。というのも北が安定しなくては、フランキ戦線に戦力を注入できないと判断したためです。皆様と一緒に戦っているうちに北の封鎖を突破されてはわが国のみならず、ジャレッド様、パラス様にもご心配かけることになります。そこで兄は先に停戦合意と国境線の決定交渉に入ったのです。
長年にわたる皆様の兵力提供のおかげもあり、我々の主張は認められ、軍事境界線を国境線とすることができました。そこで北方民族、ノルディカ国から代表団が来られ、父や私とも交歓し、ラドローはその返礼に北の首都オルガへ向かいました。
それがもう一ヶ月以上前のことになります。北へ兄の消息を尋ねましたが『八月二十日に国境を越えた』との答えです。もう三週間もすれば北は氷に閉ざされる季節となります。
私たちは兄の帰りを待っていますが、
「信じられない……」ラドローを実の兄のように慕っていたジャレッドはそれだけ云って言葉を失った。
サリウが訊いた。
「お父君はさぞご心配でしょう。お気を落とさずにいらっしゃいますか?」
「ぐっと老け込んだように思います。兄の実の母はすでに他界しておりますので別とは致しましても、私の母も兄を頼っていただけに落ち込んでおります」
ルーサーが尋ねた。
「北方へ探索にはいかないのですか? らちがあかなければ軍を差し向けるとか」
「兄が成し遂げた停戦合意を破りたくないのです。彼がやっと勝ち得た確定国境線です。こちら側から泥靴で踏み込むわけには参りません」
ジーニアンは口を開けば涙になりそうで黙っていた。
ラドローに何が起こったというのか。しっかりとした状況判断力と明晰な思考、行動力。あのラドローが失跡するとは。それも自分に一言の連絡もなく。「愛している」と云ったままいなくなってしまうとは。
ジーニアンはその後も何も考えることはできず、議題にも参加せず広間を後にした。
船がメルカットの岸を離れるや否や涙が覆面を濡らしはじめた。マスクをはずすと海風に冷えた涙が頬をつたった。
――ラドロー、生きているの、死んでしまったの? 私はフランキ兵に討たれてしまえばよかった。私はあなたを捜せばいいの? それとも忘れる努力をしなきゃならないの?
たった一夜抱きしめてくれたあなた、あなたのものになる覚悟はとうにできているのに。私は王女である前に恋する女です。わかっていながらあなたに告げなかった。あなたを失うとわかっていたらあの時、「レーニアを捨てる」と叫んでいた。
私はあなたに軽蔑されたくなかった。あなたに恥じない私でいようと思った。レーニアの王女として最善を尽くそうと思った。そんな私をあなたが認めてくれていたから。
政治なんて、外交交渉なんて私にはできないと泣き喚きたかった、心細くてたまらなかった。あなたが温かい瞳で見守ってくれたから「聖燭台の騎士」でいられた。テーブルの向こうにあなたがいたから――
城に着くと騎士の間に飛び込んでジーニアン姿からピオニアのドレスに着替え、隠し階段を上がって王女の部屋に戻った。そしてベッドに突っ伏して泣き続けた。
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