第10話 フランキ海戦


 ルーサーは早々とレーニアに近衛隊を派遣し、自分はレーニア城に入った。フランキの脅威が迫るまではのんびりと姫と一緒に過ごすつもりだ。子供の頃は頻繁に訪れ、兄妹のように過ごした城だ。

 今では、馬番、掃除番、食事番と姫の身の回り係の四人しか召使はおらず、先王生前の華やかさはない。ピオニアは淋しくはないのか、自分のことはさっさと自分で片付けて、手があけば裏庭で花作りまでしている。


 ピオニアにとってはルーサーがいれば心強くはあるが、四六時中顔をつきあわせるのも暑苦しい。賓客として歓待はすべきだし、同盟国主として礼は欠けない。幼馴染としては、特に意識する相手でもない。プロポーズされている点はめんどくさくはあるが、その都度丁重にお断りしている。

 毎夕ディナーを共にし、その後一時間ほど乳母のアンナの同席のもとにドローイング・ルームでお茶やおしゃべり、たまには竪琴を演奏したりもした。ルーサーはピオニアの前では大抵静かで、目を細めて微笑んでいることが多かった。


「恋じゃない」

 そんな言葉がピオニアの心に浮かぶ。

「ルーサーの自分への気持ちはラドローが見せた『恋する男』の症状じゃない。いや、実際、そんな症状をこの城滞在中に見せられたら困るのだけど」

 心は北方、ラドローを思ってばかりだ。

 ルーサーはそんな細かいピオニアの心情などはわからない。姫の憂い顔は戦争の心配だろう、覆面の騎士も城内に見かけないし、自分が守るだけだと意気込んでいる。


 レーニア島は北から南にいくほどだんだんと海抜が高くなっており、東から南にかけての海岸は断崖になっている。東は切り立った崖に丸くこっぽりと口を開けた潮流の激しい湾がある。その崖の上と西の岬の先に砲台と物見台がある。

 春からずうっと領民たちは、フランキ船の動向を交代で監視している。動きがあれば城まで伝令が飛んでくる。メルカット兵も思い思いの場所からフランキとおぼしき方向をにらみ、刻々と注進にやってくる。とはいえ、急報ではないからピオニアとルーサーには夕食事の情報交換で事足りていた。


 ある日とうとう「フランキ軍船二十隻ばかりがアーブル港を出航した」とのレーニアの伝令が飛び込んできた。漁師たちが漁獲場より南に船を出し、探りをいれていたのだ。

 ピオニアはすぐに各船の指揮官を務める船長たち十六名を集めた。普段は魚を獲っているか、船を造っている男たちだ。


「明朝フランキ軍がやってきます。恐れることはありません。

 大型船はちょっとやそっとじゃ沈まないように造りました。南西から来る船団をできる限り多く引きつけて、潮の渦巻く東の湾におびきよせなさい。船足を奪って小型船で近づき、火矢で攻めます。

 また東の砲台から大砲を撃ちおろします。

 十五時には潮が変わります。島の北側を先回りし、湾から抜け出していく船を狙いなさい。深追いしないこと。あとは西の砲台から撃ちます。

 私はいずれかの砲台におります。よろしくお願いします」

 ピオニアは父の例にならって十六人と握手をした。


 レーニアの作戦は成功だった。

 フランキ軍は論功行賞に目が無い。貴族の子弟が貴族で居続けるためには戦で手柄をたて、王から領地を得ねばならない。ピオニアの父王が云っていたことだ。その通りにフランキ船は、見たこともないレーニアの大型船に目の前を横切られて、躍起となって後を追った。

 レーニアの東の湾ほど潮が激しく目まぐるしく変化するところもない。それを基準に造られた大型船と他国の船では走破性に雲泥の差がある。


 サリウがパラス、ジャレッドの派遣した陸兵も乗り込ませた大艦隊を組織し、西側で敵船団を挟み撃ちしてくれたこともあって、レーニアから必死でしかけなくともフランキ軍は散り散りになっていった。

 ピオニアは東の砲台から三隻の船腹に大砲を撃ちこみ、撃沈した。小型船での掃討もメルカット船が加わり、スムーズに終わった。

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