第11話 聖骸

湿原を抜けた先には砂漠があった














オアシスにたどり着いた勇者は














水辺付近で歌を歌っている女性に出会った




















華麗な旋律を刻むその声は
















死に逝く者に再び命を与えんばかりの振動を持っていた






















そしてそれは少なからず傷を負っていた勇者の心に慰めを与えた
















助けられなかった命があった
















思い出せば
















勇者はまた悲しくなるので忘れようとしていたのだが




























彼女の歌声はそれを許容しなかった




























好きなだけ泣けばいい












































好きなだけ叫べばいい




























好きなだけ愛を謳歌すればいい




































好きなだけ突き進めばいい




























私はすべてのものたちの為に歌う

































すべての者達を癒す為に歌う

























眼前の聖女の歌はそんなような趣旨の歌詞だった


























その表情には歌えることに対する喜びが満ち溢れ






















時折白い布を身にまとった細身の体を軽やかにしならせていた


























勇者はなんともなくその女性の方に近づいていった






















彼の存在に気が付いた女性は歌うのを止め


























勇者を見つめ、そして微笑むと




























唐突な砂塵とともに姿を消した
























勇者は驚き、あたりを見渡した




































オアシスに波が立っていた






















その波紋の中心部に、女性は浮かび上がっていた




























そしてまた歌い始めた


























いつ果てることもない歌を 歌い続けていた






















そして勇者は気が付いた
































彼女もまた 








































悲しみの果てにたどり着いた者なのだということを


























暫く彼女の歌を聴き惚れた後


























勇者は砂漠越えの為歩き出した






















灼熱の中を歩き、到着した村はそこらじゅう黒い布に染まっていた






























村の中でもっとも大きく立派な教会の周りを




















沢山の人々が取り囲み、それぞれが異なる悲しみを奏でていた






















神聖なる者が亡くなった と誰かが叫んだ
























彼女を看取るために遠方から出向いた者が沢山いたらしかった



























ある者は職を止め




























彼女の死を悲しむ為にやってきたと












通り過ぎようとした勇者に言った






















直接会ったことは無いがいつも勇気付けられていたと泣いていた






















勇者は教会の中に入った





























中央の台座で仰向けになっているのは女性だった


















オアシスで見た あの聖女と同一人物だった
























死という避け難い壁に潰された女性の表情は


























何故か無念さの中にも未来が滲んでいたように勇者は感じた




























教会の周りには、いまだ沢山の人々の嗚咽する声がしていた




































しかし、勇者は涙を流さなかった












































悲しむ必要はないさ
































彼女はまだ生きているのだ






























言葉にはしなかったが


















そっと十字を切って祈りを奉げると
































勇者は早々にその村を後にした





































たとえばもし最愛の者が死んでしまったとしたら




























 






その人が残したものも死んでしまうのか




















そんなことはない




































死してなお残るものもある
























残せるものがきっとある


























勇者は心の中で呟いた






















自分以外の誰かの為に流す涙は尊い



























自分が死んだときに 直接出会った事のない 
















でも自分を知っている誰かが その死を痛んでくれる








































そういう人々の数が 








その人間の本当の存在価値なのかもしれない











































そんなことを思いながら 
























勇者は覚えるまで聞き込んだ聖女の歌を












口笛にしたてながら歩き続けた



































この先にある世界を知る為に 
















いつの日か自らの定めを果たす為に

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