おまけSS
ある四月の昼休みの話し
四月某日、保健室。
今日も「あかざと電話たぁいむ♡」と称して消えた養護教諭の代わりに、アール・ハルクが保健室を守っていた。
一生徒に過ぎないのに何故か与えられてしまったデスクに、ゆったりとお弁当を広げ、食後に紅茶を淹れて一息。
誰かさんのせいで人が寄り付かないこの保健室で過ごす長閑な一時を、アールは存外気に入っていた。
「失礼します」
ノック音が響き、ドアが開かれる。
アールは手早く机の上を片付けると、笑顔で来訪者を出迎えた。
「お怪我ですか? それとも具合が悪いのですか?」
「あ、いや氷雨さんに用があって……ありまして……えっと、来ました……ッス」
口調が迷子になった訪問者は、アールも知る生徒だった。
若草色の髪を後頭部で一つに結び、両耳にピアスを幾つか、そして首にはヘッドフォンをぶら下げた二学年の後輩── ガルレイド・グレイシア。
彼は今年に兄弟でこの学園に転入し、クラスメイトの女子生徒が話題にしていたのを、アールは聞いたことがあった。
それから目立つ生徒でもあるので、廊下で女子生徒に囲まれている姿もよく見かけている。
「貴方はガルレイドさんでしたね?」
「あ、はい」
「氷雨先生でしたらもう少しで戻られると思いますが、待たれますか?」
「そうさせていただきマス」
何故か少し片言なガルレイドを長椅子に案内すると、アールはポットを温め始めた。
「ワタシは男ですよ」
「あっ、やっぱそうなんスね」
なんとなく、ガルレイドの視線を感じたアールがそう言うと、案の定な反応が返ってきた。
やはり、顔とズボンに目が行っていたのは気のせいではなかったらしい。
「お飲み物は紅茶で良いですか? 日本茶もありますが……」
「紅茶で大丈夫ッス」
では……、とアールが紅茶を淹れ、茶菓子も添えてガルレイドに出した。
「アザッス! えーと……」
「申し遅れました。ワタシは、アール・ハルク。ネクタイの色でわかりますが、三年です」
「アール先輩ッスね。知ってたみたいッスけど、俺はガルレイド・グレイシア。二年ッス」
口調はかなり軽薄だか、カップを持つ手は意外と丁寧で、なんだかちぐはぐな印象をアールは受けた。
しかし、初対面の相手に突っ込む事でもないので、アールは感じた違和感を無視して話題を変える。
「答えたくないのでしたら言わなくて結構ですが、氷雨先生にはどのようなご用件で? 先生は……その、アレですから珍しくて……」
「氷雨さんはゼン兄の元同僚なんで、挨拶に来たんス」
「ゼン兄という方も、教師なんですか?」
「違いますよ? 全然関係ない仕事ッス。だから、ここで先生やってるって知った時は驚きました」
今でさえまともに仕事をしていないのに、前の職場でどうしていたのか。
そんな疑問が脳裏をよぎったが、それを口にする前に、スマートフォンをチェックしたガルレイドが立ち上がった。
「カルム兄に呼ばれたから、一回帰ります」
「分かりました。片付けはワタシがやっておきますので、どうぞ行ってください」
「良いんスか? アザッス」
へらりと笑顔を浮かべて、ガルレイドは早足に立ち去る。
そんな彼を見送ったアールは「変ですね……」と、顎に手を当てた。
「ガルレイドという生徒は、好青年のような物腰柔らかい人物だと聞き及んでいたのですが……」
噂というのは案外当てにならないものだ、とアールは思った。
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