魔法少女テリーヌ

暁月達哉

第1話  一億貯まった


「よし、これで一億だな」


 源太郎は目の前に並べた一千万円の束、十個を見ながら感嘆した。

 一億円の現金を目の前にしている彼の名は橋爪源太郎、今年の九月で丁度45歳になっていた。


 源太郎は時々自分がブ男なのかも知れないと思う事はあった。

 身長こそ一七五センチ程あったが、三十歳になった頃から、既におでこの辺りは禿げてきていて、腹は出ているし、いつも顔は脂でテカっていた。


 時々鏡を見てキメ顔をしてみたり、チュー顔をしてみたりもしたが、どの角度から見ても、どうもしっくり来なかったので、何となくイケメンではないんだろうなと思い始めていた。


 そんな源太郎に仕事場で付けられた最初の渾名は、『テリー』だった。

 渾名だけを聞けば聞こえは良かったが、理由はいつも頭と顔が脂でテカっているから、『テリー』だった。


 その後、頭髪が薄く成っていた前頭葉部と、何時の間にか薄毛に成ってしまっていた頭頂部とが合体し、広範囲に渡って薄毛地帯を発生させていた。

 更に、こめかみから耳の上を通り、後頭部に通じるラインから下だけの髪を無造作に伸ばした状態は落武者の様になってしまい、その一見近寄り難いルックスにより付いた次の渾名は、『落武者テリー』だった。


 源太郎は、その落武者スタイルを気にすることはなかったが、壮大な目的を達成する為に多額の現金が必要になり、長い髪はシャンプー代が掛かると言う理由で剃ってしまった。


 そんな訳でその後は『虚無僧テリー』と呼ばれた。



 仕事は、幾つかのアルバイトを掛け持ちしていた。

 早朝はコンビニの店員、午前中から夜までは現場作業員、夜から深夜まではガソリンスタンドの店員と、毎日禿げ上がる程働いた。


 しかし、髪型や周りの源太郎の風貌に対する雑音など一切気にすること無く自分の夢の為に、この地獄のようなアルバイト生活を必死で続け、十五年もの時間を費やしてこの現金を作った。


 ――この金さえあれば、ボクは変れるんだ!



 それは、源太郎が三十歳になった時の事だった。


 その頃の源太郎は、ただ仕事場と自宅を往復するだけの、毎日毎日代わり映えのしない日常を送っていた。

 平日は死んだ様な目をして目の前の仕事だけをこなす。

 しかし週末になれば、秋葉原に行って自分の趣味で溺死するかのように街や時間を謳歌する。

 その文字の如く、秋葉原と言う名の海で溺れるように週末は過ごしていた。

 それが至極の幸せであり、その為だけに平日は仕事をしていた。


 そんなある日、源太郎がメインストリートから少し外れた奥の通りを何気なく歩いていた時の事だった。


 ふと気が付くと、怪しげな雰囲気の店の前に立っていた。


「こんな店あったっけ?」


 秋葉原を自分の庭だと信じ込んでいた源太郎は見慣れない店を見つけ、まだまだ知り尽くせない街の魅力に驚嘆していた。


 じっくりと確認してみると、その店が入っている建物は黒っぽい茶色をしたレンガ造りの五階建て程の高さがあるビルで、西洋風な窓に鉄の飾りが付いた格子が填め込まれてて、何だかとても怪しい雰囲気だった。


 店の入口の前に三段程の小さな階段があって、その両脇は窓に付いている格子と同じ形をした鉄で出来た飾りが付いた手すり状の物が、緩やかなアーチを描いてドアに導くように設置してあった。


 そのドアは木造の大きなもので、『営業中』と書かれた看板が少し斜めになって、その前を通る者にその旨を告げていた。


「何の店だろう……」


 源太郎はその店に吸い込まれるように、そのドアのノブを回していた。



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