11.嫉妬に似た感情

「俺が姫さんをイヴェールの塔で見つけたんだよ。あの時は衰弱していてほとんど意識が無かったから、覚えていないだろうけど……」


(ああ、なるほど。だから彼の声に聞き覚えがあるのね)


 彼の声に覚えがある理由に納得した。彼はわたしのイヴェール王国での最後の記憶の中で聞いた声だ。

 塔に攻め入り、わたしをそこから連れ出した騎士。


 イヴェール王国でのわたしの境遇を知り、罪を軽くするために奔走してくれた恩人でもある。


「と、塔から助けてくださり、あ、ありがとうございました……」


 震える声で礼を言う私に、騎士は胸に手を当てて礼をとり、応えてくれる。

 敗戦国の人間に対しても紳士的な態度で接するのだから、きっと心根からいい人なのだろう。


「俺はアーロン・グランヴィル――王立騎士団に所属する騎士だ」


 グランヴィル卿は迷いない所作で片手を差し出してくる。その動きに少しの無駄もなく、本人が名乗らずとも家柄のよさを感じさせた。


(……どうしよう。私も手を、差し出して応えないといけないのに……)


 相手の礼を無視するなんて非礼極まりないことくらいわかっている。それでも、騎士に怯えてしまう体は少しも動いてくれない。


 焦燥と、けたたましく鳴る心音と、汗で体が冷やされる感覚に支配されて頭の中がぐちゃぐちゃになる。


 ふと、目の前が翳り、わたしの視界は漆黒の布地に占拠された。香水のほろ苦い香りが、わたしを包んでくれている。


「――グランヴィル卿、これ以上の接近はご勘弁を。彼女はイヴェール王国での境遇の所為で騎士に怯えているのです」


 耳元に落ちてくるエドの声が張りつめており、凄みのようなものが感じられた。それでもわたしはエドの声を聞いて安心して泣きそうになる。


 顔を上げれば、エドがわたしを庇うようにして立ち塞がっている。


「そうか……怯えさせてすまない。しかし、ここの騎士たちには姫さんに危害を加えるような輩はいないから安心してくれ」


 グランヴィル卿はエドに隠れている私を覗き込むようにして、ニカリと笑った。


「気が向いたらいつでも騎士団の詰め所にくるといい。みんな気さくでいい奴らだから、話しているといい治療になるかもしれない」


 それに、とグランヴィル卿が付け加えた。


「俺、姫さんに惚れてしまったからもっと仲良くなりたいんだよ」

「……へ?」


 間抜けな声を上げたわたしを、エドが自分の影に隠して見えないようにしてしまう。

 そのままグランヴィル卿と別れ、わたしは再びエドと二人きりになる。


「……グランヴィル卿に会うのは許しません。あなたは私の侍従なのですから」


 エドがポツリと呟いた。その声はただただ静かで、それなのに妙に胸が騒めく。

 見上げれば彼の瞳は深く濃い青色になっており、私の心の奥底まで見透かそうとしているかのような眼差しに身震いをする。


「わかっています。旦那様と交わした契約魔法を破るようなことはしませんのでご安心ください」

「……」


 エドはどこか苦しそうな表情を見せると、私から離れて歩き始めた。

 彼の後をついて行こうとしたその時、目の前の景色がぼんやりと霞がかる。


――『あっちに行け! おししょうさまに近づくな!』


(ダレン?)


 今朝夢に見た少年が騎士に向かって大声を張り上げているのが見えた。


「セラフィーナ、早く来なさい」

 

 突如として見た短い白昼夢に茫然としていると、エドに名前を呼ばれてしまう。

 

(さっきのは……何だったのかしら?)


 不思議な現象に首を傾げつつ、解明する暇もないわたしはエドについていった。

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