Stargazer
神村岳瑠
そして、俺の青春はゆっくりと動きはじめる。
春という季節。
春は出会いの季節とよく言われている。
それは間違っていないだろう。
入学式や、クラス替えなど春には何かが変わる行事が多い。
そして、誰と出会い誰と仲良くなるかはほとんど運で決まる。
誰と同じクラスになるか、誰が同じ学校にいるかなんて自分では決められない。
運命なんて言葉があるように、この世は運が命なのかもしれない。
でも運というのはとても残酷だ。
運の良し悪しは自分で決めることはできないし、他人が決めることもできない。
運というのは誰にも決めることができない。
そういう意味では俺の人生は運が悪いと言えるだろうか、いや、むしろ運が良かったと言って良いだろう。
あんな思いをしたおかげで、俺は恋愛なんてものを自分の人生から切り離すことができたのだから。
* * * * * *
桜が舞い散り、とても綺麗な午後。
教室の窓から眺める桜吹雪は、美しく心が安らぐ感じがする。
ただ、この桜吹雪がもう少しで春が終わるということを知らせているようでどこか切なさも感じる。
それにしても、授業中に眺める外の景色ほど綺麗なものはない。
入学式から1週間がたち、高校生活二度目の春を迎えた俺は今日もまた退屈な授業を聞かずに外の桜を眺めていた。
いやはや、この背徳感に入り混じる高揚感はなかなかに気持ちがいいものがある。
「天谷」
誰かが俺を呼んでいる気がするが、多分気のせいだろう。
「おい、天谷聞いてるのか」
「聞いてません」
先生からの問いに俺は正直に答えた。
素直なのはいいことだと子供の頃に姉貴に習ったからな。
「ほほお、天谷。お前は今の授業がこの中原先生の授業とわかっていて聞いてなかったのか?いい度胸だな」
「嘘です嘘です、聞いてました。今のは先生からの授業内容以外の言葉は聞いていないという意味で発言したものです」
怖いよこの先生、めっちゃ関節ポキポキ鳴らしてるよ、やばいだろ。
「そうか、それならいいが。次ぼーっとしてたら……わかってるよな?」
「あはは、気を付けまーす」
怖すぎだろ、もうこれパワハラじゃない?いや、教師ハラスメントだ
よ。
ここは真剣に授業を受けることにしよう。今後の学校生活のためにも。
* * * * * *
学校中に授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
それと同時に下校の時間を告げるチャイムでもある。
このチャイムというものは授業が始まるときに鳴り、そして授業が終わるときになる。
故にチャイムの音にはなんだか複雑な感情が芽生える。
嬉しい時もあれば嫌な時もある。
つまり、あれだ、親に晩ご飯を聞く時みたいな感じだ。多分。
そして、下校するとなれば、ここからは帰る人もいれば部活に行く人もいるし、委員会へと行く人もいる。
まあ、俺は委員会や部活等にはどこにも属さないので帰るという選択肢しかないのだが。
ただ俺はすぐには帰らない。この、なんて言うかみんなが帰りの準備をしている時のガヤガヤというか、あと混雑した廊下が俺は嫌いだ。
なんなんだあれは、満員電車の予行練習か?
まあ、なので俺はみんなが帰り、少し落ち着きだした頃にいつも帰っている。
みんなが学校の外へと出て行き教室はとても静かになった。
静かになった教室はとても穏やかで、窓から透き通ってくる風がとても心地いい。
教室には俺と同じように残っている人が2人いた。どちらも女子生徒だ。
その女子は一つの机に集まり、こそこそと何か話している。
話している最中になんだか視線を感じる気がする。
自意識過剰なだけか?まあ、いいや早く帰ろう。
俺は速やかに帰りの準備を進める。
やはり、高校生ともなれば教科書はとても分厚いし重い。
まあ、これも先生たちからの生徒への思いだと受け取っておこう。
思いが重い気もするが。
そんな風に俺は教科書を眺めていると、さっきまでこそこそ話していた2人の女子が俺の方へ近づいてくる。
やがて俺の目の前に立った2人、いや俺に用があるのは1人だけらしい。
もう1人の方はその女子より2歩程度後ろに下がっていた。
「あ、あの!
「そうだけど」
教室には3人だけしかおらずこの独特の空気感に少し緊張してしまう。
すると、その女子はあからさまに頬を赤らめていた。
そして、1回2回と大きな深呼吸をする。
な、なんだ?こっちまでより緊張してきてしまう。
そして、握り拳を心臓の部分に当てて、よしと呟いて俺に言う。
「私と付き合ってください!」
その叫び声はとても大きく、思いの丈を思い切り叫んだのが分かる。
女の子は、はあはあと少し息遣いが荒くなっており、勇気を出して言ったと言うのがとても伝わってくる。
ただ、俺はこの告白にYESと答えることはできない。
「ごめん」
この3文字を言うのは何度目だろうか。
やはり、告白を断るということはとても辛く、何回やっても慣れない。
いや、慣れてはいけないし辛いと感じなきゃいけないと思う。
人が勇気を出して言ったこと、言ってくれたことを否定する。
この行為に罪悪感を覚えないわけがない。
俺に好意を寄せてくれた子が勇気を出して言ってくれたことにごめんと答える。
人として最低な行為だと思う。
それでも、俺は誰かと付き合うことはできない。
そう決めたから。あの日に。
「な、なんでダメなの?」
告白してくれた子はそう聞いてくる。
見ると、目には少し涙が見える。
「だって俺は君たちの名前も知らないし、話したこともないし、それなのに付き合うだなんて、そんな無責任なことできないよ」
「そっか、天谷君って優しいんだね」
涙を拭いながら少女は言う。
その時の表情には、笑顔が見えた。
「別にそんなんじゃないよ」
優しい……か、そんなんじゃないと思う、俺はただ言い訳をしているだけだ。
告白を断る罪悪感から少しでも自分を遠ざけるために、それっぽい理由をつけているだけ。
「じゃ、じゃあ友達から始めてもいいですか?!」
告白してくれた子は俺に言う。
「え、まあ、友達からならいいよ」
「本当に?じゃあ、これからよろしくね!私の名前は
なんか急に元気になったな。まあ、元気ならそれが一番だな。
そして、音山美桜は後ろにいた人を指差す。
俺は桜春華の方を見てペコっとお辞儀をした。
すると、
「よろしく」
そう一言呟いた。
「そっか、俺は天谷翔。これからよろしくな」
俺は改めてと、自己紹介をする。
なんか小っ恥ずかしいな。
っていうかクラス替え初日に多分自己紹介やってたよな。
ん?いや、名前を知らなかったのは俺の方だったか、それはごめんなさいだな。
「う、うん!じゃ、じゃあ私たちはこれで帰るから!そ、それじゃあねー」
そして、音山は桜を連れて走って帰っていった。
なんか、最後の方目がぐるぐるなってたな。
窓から、吹き抜ける風が俺の髪をなびかせる。
その時、俺は思い出す。
俺が、恋愛を捨てたあの日のことを。
恋愛というものが、俺の大切な友達を奪い、俺の大切な場所を壊して行ったあの日のことを。
「俺も帰るか」
誰もいなくなった教室で俺は一人そう呟く。
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