音痴鳥の歌
2008-09-20
ぼくは卵から孵りました。生まれたときは裸んぼです。ぴぃぴぃ鳴きます。泣いてるのかもしれない。親鳥は嬉しそうです。元気に鳴けるというだけで嬉しそうです。
羽が生え揃い、巣のまわりで飛ぶ練習を始めました。もうぴぃぴぃではなく、歌を歌わなければなりません。歌ってみました。ああこれは楽しい。調子に乗って自分の歌を高く高く歌っていたら、どこからか手が伸びてきてガツンと殴られました。
歌うのが怖くなりました。でも、歌いかけて歌いかけてと他の鳥がさえずります。他の鳥たちは歌い交わしてこころを交しあうのです。そうしないヤツは鳥ではないみたいです。しかたないので、ありきたりのつまらない歌を、低く小さく歌うことにしました。他の鳥たちが歌を返してくれます。ああこれは楽しい。でも、ときどき歌い交わしに失敗しました。それはいつも、ぼくらしい歌を相手かまわず歌ったときでした。
巣立ちのときを迎えました。大きな嵐がやってきて、知らない土地へ連れて行かれました。そこでも鳥たちは、こころを交わすために歌っている。だが歌いかけてとはさえずらない。歌いたい鳥だけが歌う。そしたら歌うのがイヤになりました。返される歌を気にしながら歌うことに疲れていました。ささいな失敗の記憶が澱となり、濁り沈み積もって動けなくなっていました。歌いたくない、鳴きたくもない。ひとりでいることにしました。ああこれは楽だ。
すっかり歌を忘れたころ、また嵐がやってきて、さらに知らない土地へ連れていかれました。そこでは鳥たちは、こころを交わすためになど歌わない。いま生きて飛ぶために要る信号を機関銃のように鳴き交わす。おまえもまた鳴けという、鳴きかたはこうこうこう、ほうれんそう。こうこうこう、ほうれんそうと鳴いてみました。上手く鳴けました。ずっとつぐんでいたクチバシから言葉があふれてきました。ココロではなくアタマを使え、モノゴトを伝える技術を磨け。ああこれはぼくにあっている。じつに楽しい。
ほうれんそう鳴きに慣れたころ、へんな嵐がやってきて、この土地に流れ着きました。ここでは鳥たちは、いろいろな歌を歌っている。楽しい歌。優しい歌。勇ましい歌。悲しい歌。恐い歌。洒落た歌。自分のためだけに歌う鳥、誰かのために歌う鳥、みんなのために歌う鳥、入り乱れ。
ここは楽園です。自分の歌を歌い、他の鳥の歌を聞こう。だが用心が要る。たくさんの鳥たちがガツンと殴られ地面に落ちている。歌い交わすことに失敗し、澱が濁り沈み積もって動けなくなっている鳥たちも。ああ怖い。悲しい。寂しい。
* * *
ぼくはどんな鳥だったろう。
歌など上手かったろうか。歌い交わすことは。
* * *
ぼくは殴る鳥でもあり、歌いたくもない相手に歌いかけてとさえずる鳥でもあるのです。そのジレンマにぴぃぴぃ泣きたくなります。鳴けるだけで幸せという素朴なこころが飛び去ってしまったとき、ぼくはもう一度ひとりに帰る気がします。その日ができるだけ先に延びてほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます