第9章 星之宮、月之宮



 遺跡内部 『姫乃』


 休憩を取った後、姫乃達は再び遺跡の中を進んでいく。

 夢を見ていたらしい啓区が眠っていた時に、何か気になる事を言っていたような気がするけど、現実の事ではないし、意識の外へと追いやる。


 赤褐色の遺跡の中の三層目を進んで行き、そして四層目へと降りていく。

 たまに出てくる魔物を倒しながら。


 そうして辿り着いた四層目は今までとは違ってガラリと雰囲気が変わっていた。


「わ、すごいね」

「すごいのー、キラキラなのーっ」

「へー、綺麗だねー」


 姫乃は訪れたその四層の遺跡内の様子に感嘆の声を上げる。

 なあも同様だ。


 プラネタリウム。

 ……みたいなものだろうか。

 薄暗い遺跡内に、小さな輝きが無数に煌めいていてまるで夜空の中を歩いているような心地になる。

 ここが地下であることは正真正銘の事実だろうが、それにしてもこれはすごい。


「ここは星詠ほしよみの回廊と呼ばれる場所だ。昔は限界回廊でここまでこれたのだが、色々あってな。今は一層ずれて三層になってしまっている」


 小さな光の粒が、どういう原理なのか分からないが空中を漂っているのだ。

 生き物ではないようだが。


「綺麗だね。これ、どういう仕組みなんだろう」

「この光は遺跡の奥にある水晶から漏れ出ている魔力が発光しているものだ。無限の魔力を内包すると言われる水晶は、どういうわけなのか常に魔力を外部に発散しているらしくてな。遺跡内部がこのようになるんだ。おかげで灯りの用意が要らずに助かっているが」


 イフィールの解説に、改めて紺碧の水晶という道具の特別性が思い知らされた様な気分だった。

 まさか、こんなに凄い物を今から取りに行こうとしているなんて。


 それならば、祭りの会場にいた人間の魔法を何とかできるというのも頷ける。


 そんな風に思っていると、エアロがイフィールの話に付け足す様に補足の言葉を続けてくれる。


「ですからこうやって地下に保管しているんですよ。地上だと保管場所にも気を付けなければいけませんしね。けど、そのおかげでこんな景色ができたとなると複雑ですね。空から落ちて来た星を閉じ込めてできたようだ……なんて言えるくらいには素敵だと思いますし」

「空から落ちて来た星を? なんだかロマンチックな話だね」


 空の中に入り込んだみたい、ではなく逆に空の星を閉じ込めたみたいだって感じるのかな、この世界の人たちは。


「わ、私が考えたわけじゃないですからね」


 エアロはなぜだか分からないが、そんな一言を最後に付け足してきた。  


「ふぇ、なあ思ったの。何だか今の言葉、未利ちゃまみたいってうーんと、うまく言えないけど思ったの」

「あー、確かにー。エアロってちょっとツンデレってる所あるよねー」

「ぴゃ、つんどらさんなの?」


 啓区達はそんな事を言い合っている。

 何となくだけど、姫乃にも何が言いたいか分かってしまった。


「なっ、同じなわけないじゃないですか。どうしてあんな、考えた事がそのまま口から出る様な人と私が同じなんですか」

「えっと、なあちゃんは同じだとは言ってないよ?」


 みたいって思っただけで。

 予想以上の食いつきを見せたエアロにそう言うと、気まずそうな表情になって視線をそらされてしまった。


 まずい事でも言っちゃったかな。


「さー、どうだろうねー。でも、たぶん条件反射で言ってるだけだと思うよー」


 啓区は笑顔の表情のまま難儀な性格してるよねー、と呟いている。


「にゅふふ。いいわねツンデレの女の子はツンツンしながらちょこっとデレるかなってところ……、ツンデレの黄金比を見たわ」


 雪奈先生の方は、エアロを見ながら含み笑いをしている。

 うん、先生の言ってる事はちょっと分からないや。


「エアロが、ああやって子供っぽい仕草をするのは最近の事だぞ。いつもは、大人ぶって過ごしているからな」


 首を傾げていれば、他の兵士からそんな言葉が返って来る。エアロには聞こえないように小声で、だ。

 その人は姫乃にロングミストで薬の事を教えてくれた人だ。


 そうなのかな?


 でも、言われてみれば最初に会った頃なんて、あんまり雰囲気良くなかったよね。

 それに雑談なんかもしてくれなかったし。


「そろそろ、か……」


 そんな風にやり取りをして歩いていると、先頭を歩くイフィールが言葉を漏らす。

 そして、振り返って一同へ説明。


「ここを過ぎればまず最初の関門が待っている、遅れるなよ。私もできる限りフォローはするが、全てに手を尽くせるわけではないからな」


 緊急時の臨時の集まりだというのに、イフィールが隊長として声を掛ければ、とたんに彼女の指揮下にいる者達はピンと空気を張りつめさせて緊張する。

 調査隊の隊長であったにもかかわらず、こういう経験に慣れている気配がすごくしている。

 戦いとかもできるし、すごいな。

 

 イフィールさんて堂々としてて、そこにいるだけで恰好いいんだよね。

 こういう時、凄く頼もしく思えてくるよ。


「エアロ、彼女達を頼んだぞ」

「はいっ、」


 イフィールは最後にエアロへと声を掛けた後、前へと進んで行く。


 姫乃達の目的は遺跡の最奥にある紺碧の水晶を手に入れる事、だが、その前にやるべき事はいくつかあるのだ。


 その内の一つが、まず橋を架ける事だった。


 この遺跡の内部構造は、普通の建物と変わっていて、二つの建物が合わさってできている。

 星之宮ほしのみや月之宮つきのみや、それぞれ層建物に名前が付けられている。


 それでややこしいのだが、二つの建物は一層から五層まで真っすぐそれぞれ地中を伸びているわけではない。


 ところどころ層が途切れている所があるのだ。

 星之宮ほしのみやは一層から四層、月之宮つきのみやは四層から五層。


 姫乃達は現在、星之宮ほしのみやの四層にいる為、橋を架けて月之宮つきのみや渡らなければならない。


「地下なのに、橋を架けるというのも変ですけど、まあ、他にあの現象を説明できませんので」


 エアロは見た事があるのか、姫乃に橋のある場所についてそう説明した。


 そんな会話に何か疑問でも思ったらしくなあが手を上げて、参加する。


「なあ、知ってるの。橋さんは高い所を危なくないよーって渡る為にある物なの。だからなあ思うの。橋さんは高い高いしてるの?」


 質問されたエアロは、何故かため息をこらえるような表情になって続きの言葉を喋る。


「最初はさっぱりだったんですけど、最近はなあさんが何を言っているのか分かる様になってきましたね……。はい、その考えで間違っていないと思いますよ。ただ現実の橋から落ちた場合、偶然などで命拾いする事がありますけど、こちらの橋の場合は無理です」


 付き合いの分だけ、なあの翻訳スキルが上がってきているという事実に何故かダメージを受けていたようだった。


 しかし、不穏な言葉が気になる。


「そ、それっていったいどういう事なのかな……」


 戦々恐々としつつも気になるのか、エアロに詳細を尋ねる姫乃だが、その言葉は遮られた。


「説明は終わったか? ゆくぞ」


 目の前にあるのは何の変哲もない壁を調べていたイフィールさんがこちらへ声をかける。

 薄暗い中で、床や天井と同じ材質の石が積まれているだけだが、何もない所を無為に調べて時間を使うわけはないだろう。


「驚くなよ」


 一言姫乃達に行った後、イフィールは壁の石を一つ手で押した。

 するとその石は、抵抗もなくするすると奥へ移動していくではないか。

 完全に壁の向こう側へと消えた後、今度は目の前にある壁全体が音を立てて左右に動いていった。


「わ、すごい」

「なあ知ってるの、仕掛けさんが動いておうちが変化するのなの、からくり屋敷さんって言うの!」

「家って言えるような大きさじゃないけどー、でも忍者屋敷みたいだねー」


 左右に開いて行った壁の向こうには、真っ暗な暗闇の空間がある。その中を透明なガラス版のような通路が出現してこちらからずっと向こう側へと延びていく。向こう側のには同じような建物の内部が見えて、ガラス板の通路がその建物へ行けるように繋がっているのが見えた。


「あれが、月之宮だ。星之宮と対をなす、このエンジェ・レイ遺跡の建物になる。この橋を使ってしか行けない場所だな」


 この世界にこんな大掛かりな仕掛けがあるなんて……。

 呆然としていると隣にいた啓区がこちらへ向かって声を掛けてくる。


「魔法っぽかったりー、機械っぽかったりー凄い不思議ー」


 本当に、だ。

 どうなっているのだろうこの場所。

 限界回廊だって、何だかよく分からないみたいだし。


「考えるだけ無駄ですよ。昔、頭の良い学者さんが何とか解明しようとしたらしいですけど、半狂乱になって一週間後には逃げ出したって聞いてますから」


 エアロは諦めたような口調で、言葉を発する。

 ちょっと気の毒な話だ。

 

「さて、と。遺跡に来る前にも事前に説明したがもう一度言うぞ。この通路は少々やっかいだ。走っている最中に色々見えたり聞こえたりすると思うが、極力気にしない様にしてくれ。平時ならまだしも今はいちいち相手などしてられないからな」


 何かが見えたり聞こえた利するらしいのだが、実はその肝心な何かの部分については事前にでも教えてもらっていない。


 気にしない様にした方が良いとイフィールさんに言われる何かが、どんなものなのか。激しく気になるのだが、聞かない方が良い気がした。


 そうやって念を入れて忠告を淹れたイフィールは、開けた壁の向こうの暗闇へと向き直る。


 緊張感が満ちて、一呼吸。

 兵士の人たちも、姫乃達も、無言でその時をまった。雪奈先生は……一応無言だ、楽しそうだけど。


 一瞬満ちた静寂の後、イフィールが高らかに号令の声を放つ。


「では、行くぞ! 生者に騙る死霊の道、惑わされるなよ!!」


 各自一斉に目の前の道を駆け抜け始めた。



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