第39話 水上レース
レース会場
観客が徐々に集まってきて、席が満席に近い状態になる頃。
選手達は、レース開始に合わせて移動し、自分のそれぞれのパートナーであるコケトリスと共に、スタートラインに整列していた。
席にいる観客達は、徐々に近づいていくレースの時間を肌で感じ取り、興奮した様子でその時を今かと待ちわびている。
観客席以外の場所にも人は多く集まっていて、会場の外からの賑やかさがレースコースにまで聞こえてきていた。
想像したよりずっと多くの人に注目されているようで、姫乃は改めて自分が人に注目される舞台に立っているのだと実感した。
雪奈先生、よくこんな所に私達を出場させられたよね……。
姫乃はスタートラインに居並んでいる、自分の競争相手の一人ずつ顔を見つめていく。
皆、自分たちよりも年上で堂々としているし、玄人らしい様子でコケトリーに話かけたり、指示を伝えたりしている。
今更ながら、自分が場違いな所にいるような気がしてきた。
しかし、なあちゃんはそんな事は微塵も考えてはいない様子で居並んだコケトリー達の姿に興奮している。
「色々なコケちゃんがいるの、カラフルなの!」
彼女の言う通りで、こうして並んでみると、同じコケトリーでも実に様々なコケトリーが存在している。
何が違うかというとまず色が違う。
赤、橙、黄、青、水色、黄緑、緑、紫、白、黒、灰、茶、実に様々な色をしているのだ。
そして体格もスマートだったり、ふっくらして大きかったりして、かなり違う。
「すごいね、本当に」
「色々なの、こせーが豊かなの」
同じ動物や害獣でもその場その場の地域ごとに色や形が違うって聞いてるから、コケトリーもおそらくそうなのだろう。
緑色は草が生えて場所とかで、茶色は砂漠とかかな……。
「目つきとか、くちばしの形もよく見ると違うし、個性的だよね……」
よく観察すれば、羽の長さ艶も結構違うところがある。
「ほんとにね。性格悪そうとか、こズルそうとかも顔に出てるし。……って、あででででっ! 何すんのさ、別にアンタの事言ったわけじゃ、あででででっ!」
未利が姫乃の言葉に同意を示して余計な事をいえば、横にならんだコケトリーに頭をつつかれて悲鳴を上げる事になった。
「あははー、未利の頭ー鳥の巣みたいになってるー、何か乗せるー?」
「要らんわ、ちょっ……うめ吉をのせようとすんなっ。この鳥野郎、焼き鳥にしてやるぅ」
啓区が未利の頭の上の状態を笑えば、彼女パートナーのコケトリーと追いかけっこをし始める。
「おのれちょこまかとーっ、啓区ぅ、アンタも覚えときなさいよ!」
「ぴゃ、未利ちゃまがコケちゃんと仲良ししてるの、楽しそうなの」
観客席からの視線を感じて、そちらの方を見ると笑われていた。
未利は気づいてないが、その方がいいかもしれない。知ったら怒りそうだ。
そんな事を考えていると、会場の至る所に水鏡が出現してそこに男性の人の顔が映し出された。
「わ、すごい」
水鏡って魔法は知ってるけど、こんな事できたんだ。
水鏡はもちろん水で半透明の湖面が宙に浮いている状態になっているのだが、会場に出現した水鏡は通常のものより、一回りも二回りも大きくて、形も横長の長方形になっている。
そこに映し出された男性が、真面目そうに何回か咳払いした後、観客たちに向かって話し始める。
「あ、あー。こんにちは皆さん。私はこの度、シュナイデの港で行われる水上レースの司会を務めさせていただく事になりました。アムニスと申します。聖堂院の技術は、すごいですねぇ。こうして皆さんに解説と進行の声を届ける事ができるんですからね」
水鏡には男性が移った、どうも彼の言葉を聞くに、こういう形で司会の人が喋るのは初めてみたいだ。水面に映った男性の人も少しだけ緊張している様子だ。
「僕は、この町の出身ではないんですが、どうか最後までよろしくお願いします。それではさっそく選手の紹介に入りたいと思います」
観客から歓声が上がり、アムニスは続きを話す。
「まずは、今大会の最多数出場を誇る、ジャン・メリック選手です!」
スタートラインに居並んだ選手達、その一番観客席から遠い方にいる一人の男性が、コケトリーと共に一歩前に出て、観客たちの方へ頭を下げる。
「次は、今年で二回目となる……、」
どうやら全員を一人ずつきちんと紹介していくようだ。
水上レースは二回あって、その後に決勝戦が一回行われる。
十数人ずつになってコースを走り、最初の一回は上位十位まで、二回目は、五位まで、三回目で優勝者が決まるようになっている。
レースは水上……と言われるだけあって水の上に設置され、その中には海を泳ぐコースも含まれていた。一周の所要時間はだいたい十五分程度、準備に同じだけの時間を費やすので、すべての工程が終わるまでには、ざっと一時間半はかかる。
それだけでなく表彰式や、選手紹介などもあるので実質の時間はもっと伸びると見ているが。
姫乃が頭の中でルールの確認をしたりして気を紛らわせていると、
「はい、では次の選手はなんと今年で初出場となる結締姫乃選手です!」
ふいに名前を呼ばれて、人々から注目が集まるのを感じる。
緊張で手足がこわばりそうだ。
どれくらいの人に見られてるのだろう。
何千人? 何万人……?
大勢の人の視線が圧力となって、姫乃に伸し掛かってくるような感覚だ。
一歩前に出て、頭を下げる。
ちょとだけざわめきとか戸惑いみたいな空気になったのが分かった。
全く見ない顔……、それも子供が出てきたら普通は驚くよね。
もうちょと考えて雪奈先生に色々聞けばよかったかな。
まあ、それでも普段の修行に行き詰まってた事は確かだから、参加はしてただろうけど。
その後は、なあちゃん、未利、啓区と紹介されて、他の選手の紹介へと移っていく。
「では、最後に今大会の最有力優勝候補。ライア・ミティシーです。彼女の活躍には大いに期待したい所ですね、何しろ今大会はいきなり予定していた選手が数人程いっぺんに棄権……、あっそれは話さなくていいって? えー、では以上選手紹介です。次は簡単なルール説明に入りましょう」
アムニスは画面の向こう側で見えない所から誰かに小声で話しかけられたらしく、相槌のようなものを打った。
非常に気になるのだが、口止めが入ったことからも彼がそれについて詳しく話す事はなさそうだった。
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