第37話 水礼祭当日



 大通り二番 芸術通り


 それぞれが準備に忙しく動き回る日が過ぎて、祭りの当日がやってきた。

 町は賑わい、通りを行きかう人達は皆笑顔だ。

 シュナイデの町は活気に溢れていた。


 そんな街の中、姫乃達は初めて城を出て町を歩く。

 近くには、調査隊の少女エアロも同行して、だ。彼女は護衛としてつけられている。

 一応、姫乃達は重用な立場でもあるので、自分達だけで町に出るのは許可できないという事で、こうする以外仕方がなかったのだ。


 それでも人選がエアロであり、たった一人だけというのは最大限に気を使ってもらっているのだと姫乃達は理解していた。


 祭りの日程は二日ある。

 一日目はコケトリーの水上レース。

 二日目は水上ショー。最後には後夜祭もある。

 それらの会場は多くの船が停まっている港だ。

 出店が出たり、小さな催し物も開催されるらしい。


 ただ祭りは町を上げて総出で行われるので、町の中でも色々な事がある。

 先に挙げた店や催し物はもちろん、街の至る所に芸術家の作りだしたアートが並んで毎年人々を楽しませるらしい。


 姫乃達は様々な作品の立ち並ぶ一角を歩いていた。


 ここは町の大通り二番という場所で、水礼祭期間中は芸術品が並ぶ通りとなっている。


 朝の早い時間。まだ静けさが残る町で、それらの取り付け作業に入っている作業員とその人達に指示する芸術家を見ながら歩くのだが……。

 先程までの道は女神をかたどった美しい彫刻品が並んでいたというのに、今は苦悶の表情を浮かべる彫像が多く並べてあった。


「誰さ、これ作ったの。嫌がらせか」

「すっごい、怖い顔ー。子供が見たらきっと泣き出しちゃうよねー」

「怖い怖いさんなの。ぴゃっ、目があっちゃったの。なあ、体がプルプルするの」


 それらを見た未利、啓区、なあちゃんはそんな感想を述べていく。

 姫乃としてもまったくの同感だ。


「どういう理由で作ったんだろうね」


 まったく想像できない。

 クロフトの町で見たならそんなに驚かないのだろうけど。

 こんな普通の町中で見たら違和感だらけだよ。


「さあ、どうでしょう。芸術家の人達は変わり者が多いって聞きますからね。私の知り合いのルーンという人もこんな感じの作品を作る人ですし……。というより、これ本人のですね」

「個性的な人なんだね」


 この居並んでいる作品の製作者が、エアロの知り合いだというのに姫乃は驚きだ。

 しっかり者とその人には一体どんな縁があるのだろうか。想像できない。


「ルーンってどっかで聞いたような」

「ほら、あそこだよー。パーツ見つけたときー」

「ああ、確か……アテナの恋人」


 知っているのか未利と啓区がそんなやりとりをする。


 ということはお城で会ったりしたのかな。

 それよりアテナさんに恋人がいたんだ。

 なんか研究一筋って感じがしてて、そんなイメージ無かったけど。


「まあ、そんなこんなでお城ではよく知れた人なのですが、特別な地位にいるわけでもありません。ただの芸術家ですよ。一歩間違えればおかしな人ですけど」


 たまたま知り合いが偉くなったのでお城に出入りできるようになっただけだという。


「まあ、そういう立場ですから、お城にうまく取り入って制作資金を融通してもらっているとか噂されてるようですけど。そんなことは一切ありませんからね。彼は他の富豪さんたちにうまく取り入って、お金を出費してもらってますので」


 確かそういうのをパトロンっていうんだっけ、この世界でも同じなんだ。


 理解しがたい作品群に左右を囲まれて歩いていると、啓区が思い出したかのように姫乃へとペンを差し出した。


 姫乃のシャーペンだ。

 杖にできないかな、何て言ったら本当に杖にするっていったから驚いたんだけど。


「姫ちゃん。はいこれ」


 渡されたシャーペンを見る。

 キャップのプラスチックの宝石が、本物の石になっている。

 これは姫乃がはめていた指輪にあった赤い魔石と青い魔石だ。

 杖になっていた。


「僕がやったのは組み立てだけだよー。プロっぽい事はお城の魔道具職人さんがやってくれたみたいー。なんでも、魔力を物体に染みこませるー? みたいな作業が必要なんだとかー」

「そっか、後でその人にもお礼言っておかないと。啓区もありがとう」

「どういたしましてー」


 つい少し前まで姫乃の指にはまっていたその石がシャーペンにくっ付いてることに少しだけ不思議な感慨が湧く。


 こいうの再生利用に近いのかな。

 厳密には元の指輪が使えなくなったわけではないので違うのだろうが。

 生まれ変わったって考えればいいのかな。


 ずっと怖い思いばっかりだったけど、いつも大変なとこは助けてくれてたんだよね。

 そういう感謝もたしかにあるんだってこと、忘れないようにしなきゃ。


「ふーん、姫ちゃんだけ特別にぃ? 何それ。アタシの弓は相変わらず下っ端兵士の奴から一般兵士の奴になっただけなんですけどー」

「ぴゃ、未利ちゃまがすごい顔してるの、なあずっと前にも見たことあるの。うんとうんと、啓区ちゃまが、未利ちゃまをドーンしちゃったときなの」


 それをじーっと横から見つめた未利がうらやましそうな視線を姫乃の手元に送り、恨めしそうな視線を啓区へと向けた。

 なあちゃんがそんな未利の表情を見て言ったセリフが少し気になるのだが、ドーンってなんなんだろう。


「だってー、未利のは手ごたえが合わないから要らないって言ってたじゃんー」

「そうだけどさ! そうなんだけどさっ!!」


 未利は肩を怒らせたのち、隣の芝が青く見えるとか叫びだした。

 確か、他人が持っている物の方が良く見えるみたいな意味だ。


「質じゃなくて相性で選ぶし、みたいな事言ってたじゃんー」

「そうだけど!? 言ったけど!?」


 未利はポケットの中にある小石を掴み、ぐああああーって投げるのだが啓区は笑顔でうめ吉の甲羅(マーブルカラー)でガードしてみせる。小石なんていつのまにそんなものを忍ばせていたんだろう。まさか、いつも入っていたのだろうか。


「今日だけうめ吉貸してあげよっかー」

「いらんわっ、同情か!」

「いひゃいよー」


 未利がうめ吉ガードを乗り越えて、啓区に接近し頬つね攻撃をくらわせる。


 並んで歩いているエアロがその様を見て呟いた。


「まるで歩くお祭りみたいな騒がしさですね。いつもこんな感じで疲れないんでしょうか」


 そうだね。でも、もう慣れちゃったかな。


 そんな風に騒いで歩いていたのだが、芸術作品を設置している人達の話が偶然にも耳に入ってきた。


「しかし、後夜祭には出るって聞いたけど、コヨミ姫様はめったに俺達の前に出てこないよな」

「そうだな、そもそもちゃんとコヨミ姫様はお役目を果たしているんだろうか」

「うーん、どうなんだろうな。全然情報が入ってこないからな、噂じゃ姫様が終止刻エンドライン対策に乗り気じゃないせいで、浄化能力者が見つからないらしいぜ」

「なんだそれ、しっかりしてくれよなぁ。これなら南のじゃじゃ馬王女のメイス様の方がまだマシだよ」


 そんな話が耳に入ってしまったせいかエアロが、肩を震わせて声の主を睨みつける。


「……っ」


 けれど、彼女は何も言わない。

 大人な態度を装て通り過ぎようとする。

 悔しくないわけはない。

 けれど、だからと言って姫乃達がここで言い返したって何も変わらないだろう。


 だが、彼女は違ったようだ。


「ばっかじゃないの、なに誰かが守ってくれるのを当たり前に言ってるわけ。誰かに期待する前に自分で何とかするべきで……」

「ハイストップー」

『プー』


 未利の言葉を遮るように啓区がうめ吉を顔に張りつけた。

 幸い向こうの人達には聞こえていなかったようだ。


「さっさと退散しちゃおっかー」

「そ、そうだね」


 もめ事を起こさないようにその場を離れる。

 前が見えない未利の背中は啓区となあちゃんが押して。


「むーっむーっ」

『むー』

「悪いこと言うのは良くないの、でも喧嘩もめっなの」


 それにしても今まで気にしなかったけど、コヨミ姫のことそんな風に思ってる人がいたんだ。

 良い子なのにな。


 そんなやり取りがあった後、姫乃レースの会場の港へとたどり着いた。


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