第15章 大魔導士の指導



 シュナイデル城 訓練室 『エアロ』


 翌日。

 いつもの訓練室で姫乃達は、約束通りに大魔導士の指導の元で修行をしていた。

 エアロは離れた所からその様子を眺めている。


「「よく注意して動くといい」」


 アルガラとカルガラの声を受け集中する。

 行き詰まった姫乃は、瞑想をいったん中止し、仲間と一緒に実践の訓練を受けているのだ。


 相対するのは、二人の大魔導士の操る、人型の人形だ。

 見た目こそ藁でつくられた簡素な人形だが、普通の人間と比べてもまったく違和感のない動きをする。


 風の魔法や浮力の魔法、重力の魔法、あらゆる魔法を同時に駆使して動かしているらしい。


「っ! 皆お願い」

「任された!」

「テキトーに頑張るよー」

「姫ちゃまも未利ちゃまも啓区ちゃまも、頑張ってほしいのー!」


 姫乃はアクアリウムで動きを封じ、啓区や未利がとどめを刺す。なあちゃんはダメージを受けた時の支援だ。


 人間と戦う事を前提に練習をしている点に突っ込みたかったが、エアロは何も言わないでいる。こんな世界だ、ありえないとはいえない。子供だろうが、力のない人間だろうが、何かに巻き込まれるときは容赦なく巻き込まれるのだ。その時のためを思い、力をつけておくのは間違いではない。


「うちの子達はどうですかぁ? アルカルさん」

「「だからまとめて呼ぶなと……はぁ。やはりチームプレイが前提かのう、目標は一人一人が戦えるようになる事だが、今は難しいのう」」


 鉢巻というものを頭に巻き、ジャージという服を着て、メガホンという奇妙な筒を手にしたおかしな姿をした雪菜という女性が、ニコニコと第魔導士たちへ問いかける。


 大魔導士二人は不満そうに自分達の呼称について反論するが、毎度のことなの事なのかすぐに諦めたような表情をして本題へと入った。


「「力をつけるのであれば、ふーむ、そこな小さき者の不可思議な魔法や、黒い物の魔法を一度じっくり研究してみるのも必要もしれんの」」


 そう言って悩ましげに解凍する大魔導士は、興味深そうな視線をなあちゃんや啓区の方へ向ける。


 その視線の種類は、見る人が見ていればセルスティーが啓区の機械の腕を知った時のものとよく似ていると気付いただろう。


 ダメージシェアや過去の幻を映す啓区の魔法、(仮称)ビジョンの魔法……その存在について聞いた瞬間、彼ら魔法のプロが腰を抜かしそうになったのは姫乃達やエアロの記憶にも新しすぎる出来事だった。

 それらは、この世界でおそらく誰も使った事のない魔法。

 興味を示すのは当然だろう。


 それは己の力に秀でたものがないエアロも同じ。

 イフィールの様に優れた戦闘力や指揮能力を持つわけでも、敬愛するコヨミ姫のように特別な力を持つわけでもない。

 訓練室に足を運んでいるのは、どうにかして、何らかの情報が得られないかという為だった。


「「それとも魔法の同時使用について教えるべきか。しかしうむ、ある程度方向性は提示できるものの、絶対といえるような方法は存在せぬからのぅ」」


 魔法の上達について教えてくれる事は姫乃達にとって大いにありがたいことだろうが、予想外なのは、魔法のプロでも魔法について教えることのプロではないという点だった。


 魔法の適性は一人一人違い、生まれもった適正もあれば、経験によって左右される適性もあるらしい。

 それらは、体質適正と経験適正という。


 体質適正は生まれながらにしてもっている適正のこと。

 水辺の多い地域で生まれた者が水の魔法の適性をもっていたり、武闘家の家計で生まれたものが身体強化の魔法の適性をもっていたりするものだ。


 経験適正は環境に置かれる事によって培われていく、ある意味技術とも呼べるようなものの事。

火を扱う料理人の仕事をしているうちに、火の魔法適正が上がったり、それぞれの土地の天気予報士が空模様や風の様子を見て仕事をしているうちに、風の魔法適正が上がったりする事だ。


 一人一人まったく違う人生を歩んで経験を積んでいる。

 だから絶対的な魔法の上達方法は存在しないのだという。


 だが普通の人から見たら、それでも先を求めるのは欲張りだと言うだろう。


 エアロは思う。

 びっくりするような光景ですよね、まったく。


 大魔導士という偉大な人物に教えてもらっているのに、それ以上を求めるなんて罰が当たると言われそうだ。

 だが自分は、そして恐らく彼女達は、そこで満足してはいけない。

 自分を、そして誰かを守るために、力を得なければならないのだから。


「エアロちゃんだったかしら。貴方は交ざらないの?」


 そんな考え事をしていると雪菜という女性に声をかけられた。


「いえ、私などが交ざるのは……。この部屋に入れてもらってるだけで十分ですので」


 本当はぜひ土下座してでも教えてもらいたいところだし、もっとコヨミ姫の役に立つために力はあった方がいいとも思う。

 けれど、人には分というものがある。

 こうして見学しながら必死に目で技術を盗んでいる方が、自分にあっているはずだ。

 数年前まで平民であった自分などが軽々しく関わって良い存在ではないのだ、大魔導士とは。


「コヨミ姫ちゃんの近衛兵士になりたんでしょ。いいの?」

「どうしてそれを」


 近衛、統治領主をお守りする一番近くにいる兵士の事だ。

 確かになりたいし目指してはいたが、誰にもその事は言ってないはず。

 どうしてそれを、この女性が知っているのか。

 エアロの警戒に、しかし女性は邪気のない笑顔で返す。


「それは雪菜先生が雪菜先生だからよ」


 答えになってなかったが。


「線引きしたって誰も幸せにならないわ。とくに貴方の主はね」

「貴方までそんな事言うんですか」

「あら、もう誰かがおせっかいを焼いちゃったみたいね」


 何だか無性に腹が立ってきた。

 これ以上その女性と話をしていたくなかった。

 訓練室を去ろうかとした時、


「だらっしゃぁーーーーっ!」

「あ、ちょ、未利!」


 何かが飛んできて、エアロの頭にぶつかった。


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