第4章 海の男 01



 シーガイア号 船の甲板


 姫乃達はロングミストの町を離れ、この世界の東端の島から中央の大陸へと移動する事になった。

 目的地はコーヨデル・ミフィル・ザエルの統治領シュナイデにあるシュナイデル城だ。


 だが、クリウロネにいるバールやレト達の事がわずかな心残りだった。救援は間にあったが、結局暗殺者は捕まえられなかったし、これからも同じ事がないとは限らない。姫乃達が残っていても出来る事なんて少ないことは分かっているが……。


 今頃何してるかな……。


「町の者達の事を考えているのか?」


 甲板の手すりに身を寄せて、海の波間を眺めているとイフィールが声をかけてきた。


「はい」

「そんなに心配しなくとも大丈夫だ。幸いにしてクルス町長の疑いは晴れたのだから。人格はともかく能力は申し分ないとエアロは評価していた。彼らに任せておけば大丈夫だろう」

「そう、ですよね」


 自分達が無理して頑張るよりは、しっかりした大人にまかせておいた方がいいに決まっている。

 そうやって納得しようとするが、やはりうまくいかない。


 姫乃はなんとも言えない気持ちで視線の先の水面を見つめる。海の青によく栄える、白い色の鳥が集まっていて波間で跳ねている魚をついばもうとしていた。


「ねぇ、ちょっと姫ちゃん」


 そこにキョロキョロと辺りを見回しながら未利が歩いてきた。


「あれ? なあちゃんの姿が見当たらないけどどうしたの?」


 姫乃はその隣にいた方が良い人物の名前を上げて、言葉を返した。


「ちょっと目を離した隙にね。まったくどこ行ったんだか。海とかに落ちてなきゃいいけど」


 どうやらその人物を探している最中だったらしい。

 未利は心配そうに甲板を見渡している。

 ずっといた姫乃が見ていないので、ここで発見はできないだろう。


 不安になってきた。

 なあちゃんって泳げるんだろうか。

 落ちちゃったら引き上げる事ってできるのかな。

 まだそうと決まったわけでもないのにその可能性を考えるのは、ありえなくはないからだ。


 なあちゃんって本当に見てないと危なっかしくて心配になるんだよね。


「一緒に探すよ。まだ見てない所は……?」

「これくらい自分で……、って断りたいけど。なあちゃんだしね。助かる」


 姫乃の助力が受け入れられると、イフィールさんに声をかけられた。


「探しに行くといい。船酔いだったらうちの隊の薬を少し分けてやろう」

「ありがとうございます」


 気遣いに礼を言い、その場を離れる。


「まったく心配かけて、今度から首に縄でもかけとこうか」

「それはちょっと可哀想だよ」


 もう一度甲板へ視線を通して確認した後、なあちゃん捜索の為に姫乃達は船内へ移動する。





 姫乃が先ほどまでいた場所でイフィールが何となく水面を見ていると、そこに男の声がかかった。


「調子はどうだ、お譲」

「その呼び方はよしてくれと言ったんだが、改めてはくれないのだな」


 彼らは、相次ぐ魔獣の被害に船を出し渋るようになった港の船乗り達の中、唯一乗り気だった者達だ。目の前の男は、その者達の船長であるウーガナ。

 少々なれなれしすぎるところがあるので、イフィールとしては苦手にしているのだが船を出してもらっている以上不満は口にさせなかった。


「なんならお嬢様って呼んでもいいんだぜ」

「それは本気でよしれくれないか、……斬りたくなる」

「何か言ったか」

「いや、気にしないでくれ」


 ウーガナの面白がるような声に、つい過激な言葉が殺気とともに漏れ出てしまったが、気付かれなかったようだ。

 イフィールはその言葉にまつわる感情を胸の内に押し込めて、冷静であるように努めた。


「すまないな、無理を言って船を出してもらって」

「気にすんなよ。困った時はお互いさまだろ」

「そうは言うが、大変ではないのか? 船乗りたちはみな、魔獣に困らされていると聞いたのだが」

「はっ、海の男が船乗らねーで何してろってんだ」


 港のある方角に、馬鹿にするような視線を送る。

 ウーガナの言葉を聞きつけた船員の一人が「まだ船に乗るようになって半年しかたってないっすけどね」とか言っていたが、イフィールは聞かなかった事にした。


 半年ばかりで海の男の何とかを言う目の前の男の人間性を気にするよりも、ひょっとしたら素人かもそれない連中の船に乗っているという事実を気にしたくはなかった、というのもある。


 いくら、引き受ける者がいなかったとはいえ人選を間違ってしまっただろうか。

 割り切りのいいと評されているイフィールだが、少しばかり後悔しそうになった。

 そんな彼女の様子を見てとったのか、ウーガナがあくまでも気安い態度で話しかける。


「言いたい事があるのなら、はっきり言ってくれていいんだぜ」


 ただし、その口元は皮肉気に歪んでいたが。

 自分の態度が気分を害してしまったららしいとイフィールは気づいて謝罪する。


「いいや、それはない。すまなかったな。あると言えばあったが、私はお前達を信じる事にした」

「……そうかよ。そりゃめでたいな」


 それでもウーガナはへそを曲げたままの様子で足早にその場を離れていった。


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