弟子と師匠04



「びょーき、なまえ。ろぐぷれす、きく、ない?」


 ベッドの上で眠っている少年。

 彼がかかっているのは、ログプレスという病気らしい。


 変わった名前だ。

 セルスティーは聞いた事もない。

 調合士見習いをする自分は、薬を調合する関係で、病気の種類には少し詳しい。

 一般的なものはほぼ記憶しているつもりなので、今耳にした病気は珍しいものなのだろう。


「罹患している人はそう多くなさそうね」

「めずらし、みんな、いう」


 言葉をこぼせば、ビビが反応。

 セルスティーの推測は事実だったようだ。

 ともあれ、こうして考えていも始まらない。


「それで、そのログプレスという病気は一体どんなものなのかしら」


 セルスティーは説明の続きを促した。


「ろぐぷれす、きおく、ない。いちにち、ない」

「記憶が?」


 それからも続いた彼女のつたない説明をまとめるとこうだ。

 ログプレスという病は、患者の記憶を一定期間で消去してしまうらしい。


 珍しい病気の為、十分なデータは存在していないのだが、症状は限定的な記憶喪失だと言われている。

 この少年の場合は、夜になるとその日にあった一日分の記憶が消えてしまうという。

 失った記憶は戻らない……。


 少年がこの病気にかかったのは一年前。

 だから、彼にあるのは生まれてから四歳までの記憶だけという事になる・


「大変だったのね」

「とても、たいへん。つらい、かなしい。だから、らなー、いった」


 セルスティーは納得の表情になる。

 ビビの気持ちは分かった。

 

 だか、彼女の期待に応えられそうにないのが残念だ。

 この病は完治できない。

 治す方法が分かっていないからだ。


 だから、セルスティーは己の非力を詫びるしかなかった。


「ごめんなさい。ビビ、私にはどうしようもできないわ」

「……うん、わかた。らなー、つらい。しってる」


 ビビは一瞬だけ残念そうにしたが、すぐに頷いた。

 彼女は分かってくれたようだ。


「だから、師匠に相談してみるわね。期待はしないでほしいけれど、私よりは物知りだから」


 だから最後にそれだけ言って、病室を後にする。


 師匠はこの町の研究室にこもっている。たまに町の外にでて、必要な材料を自力で採取しては、新薬の調合を行っているらしいから、研究室に行っても確実に会えるか分からない。それどころか、たまに遠方後に足を向ける事もあるため、数か月顔を見ない事も珍しくはなかった。


 だから、セルスティーはビビに二重の意味で期待しないように言っておいたのだ。


 希望の後に訪れる絶望ほど辛いものはない。


 友人である彼女には、できるだけ明るくまっすぐでいてほしかった。


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