弟子と師匠02



 ラナー邸 調合室 『セルスティー』


 しめきった部屋の中、白衣に身を包んだ少女がいる。

 十歳前後の年齢の、短い赤髪の少女だ。

 

 彼女、セルスティー・ラナーは、多数の調合薬が並んだ調合室に立って作業していた。

 行っているのは複数の薬をあわせた調合薬の作成だ。

 師匠の手伝いを補助する形となるので、誰かに渡したりするものではないが、毎回薬の分量や扱いにはきちんと気を配っている。


 その際に気を付けなければならない点は多いが、特に注意したいのは部屋の環境。

 この部屋では、湿度の調整に気を使わなければならないという点だ。


 湿気ると成分が変わってしまう薬がたくさん保存してあるし、ダメになってしまう薬もある。


 だから、室内の湿度には細心の注意を払っていたのだが……。


「一体どこから?」


 セルスティーは部屋の隅にぷかぷか浮かんでいた生物をつまんで、頭を抱えていた。


 親指と人差し指でつままれているのは、半透明の生命体。クラゲールという生物だ。


 風船のような形状をした上体に、細いひものような触手がくっついてる、変わった生き物だ。

 ぷかぷか空中に浮かんで、のんびりさまよっているのが常である。

 そんな彼等(彼女等)は、ここら辺には生息していない生き物だった。


 指先につままれているクラゲールは状況を分かっているのかいないのか、ただ呑気にその場に浮かび続けている。


 体のほぼ95パーセントが水分でできているこの生物は、大昔には水の中で生息していたとかいないとか。

 考古学者などから妙な仮説を立てられているらしいクラゲールは、今のセルスティーにとってはただの敵。湿気の元でしかない。

 だから早めに外に追い出したいのだが、この部屋に侵入してきた経緯が気になった。


 一体なぜこんなところにいるのだろうか。


 疑問に思い首をひねっていると、つい先ほどこの屋敷にやってきた訪問者が顔をだした。確かペットがいなくなったとかで騒いでいた……。


「らなー。くらげ、いない。さがす!」


 調合室に現れたのは、片言で言葉を話す少女だ。

 セルスティーと同じ年くらいで、童話の中に描かれているお姫様のような風貌をした少女だった。

 宝石エメラルドを思わせるような珍しい髪色が目を引く。


 友人である彼女ビビは、部屋の中を見回して、きょろきょろ。

 せわしなく視線を動かした彼女は、セルスティーがつまんでいる生物に気がついたようだ。


「いた、みつけた、にげたの」

「貴方のだったの」


 探し物を見つけた彼女は、声のボリュームを一段大きくする。

 少女はセルスティーが捕まえていたクラゲールを指さしながらペット脱走の経緯を伝えてきた。


「いっしょ、あそぶ、よそみ、いない」


 その言葉を聞いてセルスティーは即座に答えを得た。


「ペットと遊んでいたら、見失ってしまったという事ね」

「そう! あたり! らなー、かしこい」

「それくらいは誰でも分かると思うけど」


 セルスティーは謙遜するでもなく、そう答える。

 ここにいるペットと飼い主らしき少女の存在を知れば、誰でも推測できるような事だ。

 褒められるほどのものではない。


「それで、私の屋敷に来たのはペット探しの用事だけかしら。他に何かあるのよね」

「そう! そう! よくわかた。らなー、やっぱり、かしこい」


 つたない言葉で伝えられる再びの誉め言葉。

 しかしセルスティーは、慣れた様子でそれをさくっと受け流して、話題を続きへ。


「ありがとう。じゃあ、説明してもらえるかしら」

「わかた、いう!」


 ビビが言うのは、ある患者をみてほしいという頼み事だった。

 病気の子がいるから、セルスティーの力を借りたいらしい。


「分かったわ。でも、仕事が終わるまで待っててくれるかしら」

「まってる! やくそく」


 ビビは過去に重い病気を患っていた事があり、セルスティーの師匠に助けてもらった事がある。

 そういった経験から、同じような境遇の子を見かけると気にかける様になったのだ。


 その経過の一端はセルスティーも見ていた事だけあるため、彼女の真摯な頼みは断りづらい。


「応接室で、そこの子と大人しく遊んでいてくれるわよね」

「がってんしょーち!」


 ビビの返事は気合を入れたものだったが、先ほどの出来事もあったので逆に不安になった。

 セルスティ―は彼女を部屋の外にやった後、できるだけ急いで残りの作業を片付ける事にした。


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