第19章 漆黒の脅威



 これで大体の問題は解決した。

 セルスティーの事はまだ分からないが、自分達に出来る事は手を尽くせたはずだ。


 しかし、弛緩した空気を引き締めるような出来事が起こった。


「隊長!」


 その場に響いた叫び声の主は、先ほどもあった彼女だ。

 エアロが焦った様子でこちらに向かってきた。

 訝しげにするイフィールの肩からコウモリが飛び立ち、エアロの肩へと移る。


「どうした、今はクルス町長の手伝いをしていたのではなかったのか?」

「そうですけど、もう終わりました。……いえ、それより大変です」


 息も絶え絶えになりながらの彼女の様子に、肩上のコウモリが心配そうに羽をばたつかせる。

 エアロは息を整えて口を開こうとするが、その後ろからクルス町長が走ってきた。


「た、大変ですよー。あ、さ-せんっ、通してください。ひぃ、さーせん。わざとぶつかったんじゃないんですぅ」


 周囲にいたクリウロネの人達にぶつかりながら、倒れるようにこちらへ駆け寄ってくる。


「ひぃ、はぁ……ふぅ」


 額に大粒の汗を流しながら、身をかがめて呼吸を整えようとする。


「だ、大丈夫ですか……。そんなに急いで来なくても、私が伝えましたのに」


 応接室では冷たく当たっていたエアロも、思わず心配そうな表情になる。

 町の町長ともあろう人が必死に走ってきた姿を目撃したのだろう、ロングミストの町の人々も何事だろうと周囲に集まり始める。


「い、イフィール……さん、大変ですよぉ」

「どうされましたクルス町長、話しならうちの部下から聞きますので少し休んでは……」


 エアロとクルス町長を交互に見つめて、気遣いを口にするイフィールだがクルスは首を振る。


「いえ、私と……しても……今回の事は責任を感じていなくもないので……」


 クルス町長は今だ整え切れてない息のまま前に出て、その内容を口にする。


「大変なんです。水鏡で、聞いて……クリウロネの町長含む避難民……達が、港方面の街道で漆黒とかいう組織の暗殺者に襲われ……て、あ」


 そこまで一気に説明したクルス町長は、力尽きたようでばったりと倒れる。


「ちょ、町長!?」


 エアロが慌てて駆け寄って心配する。

 大丈夫かな……?

 それにしても、襲われた? クリウロネの町の人達が……。


 それを聞いて動揺しなかったのは、イフィール達とエアロ。

 そして、啓区と未利だ。


「口封じってことかなー」

「依頼がこなせなかったら、その依頼人を消してなかった事にしようってワケ? 緊急事態とかでどっか行ったんじゃなかったの?」


 ロクナさんやあの黒い魔獣が戻って来たって事?

 今の状況に整理をつけたイフィールが、調査隊の仲間に指示を出す。


「ファーム、クルス町長を! ウルド、医者を呼んでこい!」

「はっ」「了解です!」


 そして、彼女は姫乃達に視線を向けた。


「本来ならこの件は、私達の任ではないという意味と、この町の兵士達の顔を立てるという意味でも、関わりを持つ事はないのだが……今は非情事態だ。兵士達を集めて同行しよう。お前達には悪いが」


 おそらく姫乃達の面倒を見ると言った矢先に、それを放っていく事を謝ろうとしたのだろうが、こちらはそんな事は全然気にしてなかった。


「私たちも行きます!」


 むしろ自分たちもついていく気満々だったからだ。


「連れていってください!」

「しかし」


 言いよどむイフィールだが、そこに横から畳み掛けが入る。


「メリットはあるんじゃないの? たぶん同じ相手でしょ。一度ウチ等は相手と戦ってるんだし」


 未利が冷静に己の意見を述べる。

 暗殺者。口封じ。

 そう考えれば、きっとロクナさんが動いてるはずだ。漆黒とかいう名前は初耳だけど、このタイミングで来るのだ。きっと彼に違いない。


「そうそう情報は大切だよー。それに実力ならー、ちょっとおかしいくらいの実戦経験も一応積んでるしねー」

「経験は大事なの、努力を積み重ねてできる事を増やすのが大事って誰かが言ってたの? あれ、誰だったのってなあ思うの」


 若干意図していない参戦が一名あったが。大いに助かった。


「……分かった」


 それを受けたイフィールは根負けしたようだ。ため息をついて了承する。

 他の調査隊の人達は一瞬だけぎょっとした表情になったが、イフィールが許可したならば、と意見を飲み込んだようだ。


「ただし、危険だと思ったら、すぐに下がれ、いいな」

「はい!」


 姫乃達は、かき集められたこの町の兵士と、イフィールと共にすぐにその場を離れる。

 が、姫乃は最初にこの町に入って来た時のような違和感を感じた。

 周囲の人々の目線だ。


 ……何だろう、この変な感じ。


 敵意でも、恐怖でもない。この空気だ。


 クルス町長につられて集まってきたロングミストの住人達へと視線を移す。

 みな、不思議そうにバール達や姫乃達を見ている。

 だが、そこには不審そうな気持ちや、不安そうな気持ちがまるでなかった。


「お前達も感じるのか? この町の住人のおかしさを」

「イフィールさんもですか」


 隣で走るイフィールが、眉根を寄せて周囲にいる人々を見つめている。

 何故だか彼女に言われていると、自分の感じていたものがおかしい物ではないのだと思えてくる。


「悪い町ではないと思うのだが、私にはどこか作り物めいて見える……。いや、すまない。忘れてくれ。こんなこと、私の様な立場のものが言うべきではない」

「いいえ、私もちょっと変だな、とは思ってましたから」


 そんな話をしていると後ろから数人の人達がついてきた。

 バール達だ。


『全くこの町の連中と来たらお気楽すぎるだろ! 俺達の事情を話しても「おやそうなのかい? 知らなかったよ。大変だねぇ」だぜ』


 その中で先頭にいたレトがおばさんっぽい口調をマネしながら、姫乃の横に移動してくる。

 間の取り方とか、トーンの上げ下げとか、いかにも近所にいるおばさんを再現しましたというイメージ。声マネ上手だね。


『何か起こっても「町長が何とかしてくれるさ」だってよ。大丈夫なのかよ』


 どうやら姫乃やイフィールだけの感想ではなかったらしい。


 そこに、真後ろからむっとしたような声が……と思って振り返れば、そこにはエアロがいた。


「町長が優秀だからです。性格はアレですし、すぐに人に頭を下げますけど」


 いつの間に。クルス町長は放って置いても良いのだろうか。

 同じ様な事を思ったイフィールが聞けば、


「エアロ、良いのか?」

「置いてきました。隊長の部下の方が本職ですし、私なら力になっても町の住人でもあるので問題にはならないはずです。迷惑なら戻りますけど」


 そう答える。

 エアロは、調査隊の方が本職だったようだ。

 そう言えば秘書も臨時だって言ってたし。さっきもイフィールさんのこと隊長って呼んでいた。


「いいや、助かった」


 そこでイフィールは思案気な顔つきになる。


「ふむ、私もお前みたいにこの町の住人であったなら、思う存分加担できるんだがな」


 彼女達がそこまで自分の身分を気にする理由がわからなくて、姫乃は首をかしげる。


「問題なんですか?」


 門を開けるときには、積極的に協力してくれたのに。


「私たちの方の事を気にしてくれているのなら、それはない」

「隊長は、クリウロネの人達のことを思っていってるんです。今の私たちの状況をあなた達にも分かりやすいように言えば、自分たちでケンカしている間にズケズケと第三者が入っていくことになりますね。気にしなくてもいいと思いますけど、今はそういう状況でもありませんからこうして困ってるんです」


 イフィールの後を継いでエアロが説明してくれるがその口調は相変わらずこちらに厳しいものだ。

 だとすれば、と考える。

 姫乃は思いついた案を口に出してみた。


「ええと、それなら調査隊の人間ではなく個人としてならいいんじゃないですか」

「どういう事だ?」


 未利と啓区が補足してみれば、イフィールは感嘆の声を上げる。


「姫乃が言ってんのは、制服を脱げばいいんじゃないかってこと」

「それなら、どこの組織とかで見られることないしねー」

「なるほど、それは思いつかなかった」


 反対にエアロは否定したいようだったが。


「それは、そうかもしれませんが。あんまり隊長に変な事言わないでさいよ」


 そこで、今までエアロの顔をじっと見つめて考えこんでいたレトが、急に何かを思い出して用で大声を上げようとした。が、


『お、お前はあの時の……』


 エアロに音速でクッキーを口にねじ込まれたられたせいで、言葉を封じられたようだ。


『もぐもぐ、うまっ……、さっきといいうまっ、もぐもぐ』


 そうとう美味しいクッキーなのか、先ほど何かを言いかけたのも忘れてレトは夢中で頬張っている


「おいしそうなの。お腹の中の虫さんがぐーきゅるるなの。なあお腹すいてきちゃったの」


 それを見たなあが、お腹の中の虫さんとやらを鳴らしながら、レトのふくれた口元を見ている。

 そんなに美味しいのかな。ちょっと、食べてみたいな……。

 やらなきゃいけない事に集中するあまり、ちゃんと食事をとってないことに気がついた。

 石の町にいた時から、脱出に何日かかるか分からなかったから食べ物取るのを少な目にしてたんだよね。

 自覚しなかった空腹に思い至っていると、建物の並ぶ地域から離れて、開けた場所に来ていることに気付いた。

 地面には二つのレールが敷いてあって、その上には鉄の板を組み合わせただけの四角い箱が乗っていた。一応下部には四つの車輪が付いているが。


 その四角い箱の中へと、特に何も言う事なくイフィールさん達や他の人が乗っていく。


「時間がない、世話になるか……」

「ん? あんた達どこのもんだ? って、調査隊の!? 一体どんな用件で」


 中に人がいたのかほどなくして話し声が聞こえてくる。

 姫乃達の方はというと、目の前にあるその四角い箱に視線が釘付けになっていた。


 非情に既視感のあるそのフォルムは、見覚えのあるものだった。


「これって、ええと……あれ、だよね」

「ああ、アレじゃん。見た目はアレだけど」

「この世界にもアレあったんだねー。まだ生まれたたてて感じだけどー」


 見上げながら、あれあれを連呼する姫乃たちだったが、そんな自分達のかわりになあが答えを言ってくれた。


「ふぇ、電車さんなの、でもなあの知ってる電車さんとはちょっと違うの」






 魔石列車 内部


 姫乃達は電車……ではなく魔石列車(魔石を燃料として動くからそういうらしい)に乗り込んで、荒っぽい操縦に体を揺すられながら、何もない車内で座りこんでいた。

 その中で、定期的にレトに餌付けをしているエアロが口を開く。


「物欲しそうにしてても、クッキーはこれだけですよ。それより、作戦を考えましょう。彼らに良い案があるとの事ですから……」


 ついてきたバールを視線で示しながら、これからの事を話題に上げる。

 エアロはイフィールに視線を向けて、反応を見てから話を続けた。進行役の許可をもらったのだろう。


「さあ、説明をお願いします」


 それを受けて喋るのは代表としてたびたび名前の挙がるバール。


「ああ、俺達の特技が役に立つかもしれないって思ったからな。まあ、あの町長に何にも聞かないまま死なれちゃ困るってのあるが、その前に……」


 本題に入る前に、とバールはなあちゃんの方をみた。


「ああと、悪い。きっとこういうのに立ち会うのはお譲ちゃん達のはずだったのにな。でもおかげで、待ってる間に馬鹿な事とか考えずにすんだよ」

「ふぇ?」


 なあちゃんはバールの言葉が分からずに、右に首を傾げ……ようとして、列車に揺られ隣に座る啓区の肩にこっつんした。


「はいはい、気をつけようねー。きっとバールさんが言ってるのはあれじゃないかなー。ほら、なあちゃんが渡した卵のー」


 啓区は、なあちゃんの首を元の位置に戻しつつも、進行をスムーズに行うべく助け船を出してやる。


「ふぁ、なあ思い出したの! そうなの。卵さんなの!」


 バールは、餌付けされているレトに近づいてのフードをめくりあげた。


「鳥としてはだけど、綺麗な別嬪さんだぜ」


 そこには、純白の鳥がレトの頭で眠っていた。


 つややかな体毛が、列車内部にさしこむわずかな太陽光を跳ね返して、キラキラ光った。


「とりあえずは誕生を祝ってやらないとな」


 イフィールやエアロ、兵士達やバール達、姫乃達の祝福の言葉が揺れの止まない車内にひとしきり飛びまわった後、作戦会議が始まった。


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