第30章 不穏な邂逅
『姫乃』
セルスティーの許可の下で啓区の頬の救出作戦を終えた後、姫乃は虹の真下で少しばかり遊んだ。
「ちょ、ちょっと二人とも……っ」
だが時間は短くとも中身はハード。
これから体力が持つのかと、若干心配になる様な騒ぎ尽くすようなはしゃぎっぷりだった。
「そりゃそりゃそりゃーっ。げ、やば……ちょ崩れてきたっ。うわおわぁっ」
「あはは。何回も風で切断してたら当然くずれるよー」
「ぴゃっ、未利ちゃまが虹の下敷きになっちゃったのっ」
未利が風の魔法でスパスパやってた代償でずぶ濡れになっている。
虹の下敷き……凄い言葉だよね。
「未利、大丈夫? あんまりはしゃぐと、後が大変だよ」
「へーきへーき。こんくらいでバテたりしないし。ぶぇっくしょっ! あー、風で乾かさないと風邪ひきそ。そろそろ戻る? あっちも暇してるだろうし」
姫乃達の輪に加わることなく、遠くで何やら物思いにふけっているらしいセルスティーをこれ以上またせるのも悪いだろう。
「そうだね、戻ろっか」
「これ以上はセルスティーさんに悪いしねー」
「セルスティーさんに虹さんのお話たくさんしなくちゃなの!」
そんな風に元いた場所からそう動いてないらしい、彼女の方へと向かうのだが……。
「あれ、誰かと話してる……」
誰かと話をしているのが分かった。
水分で出来た虹を触ったり、つついたり、くぐったりしてしばらく遊んでるうちに、数台もの馬車が道を通ったらしい。
セルスティーの近くに止まっている。
「セルスティーさん、馬車さんとお話してるの」
「馬車じゃなくて、馬車の中の人だけどね」
より詳しくいうと馬車窓から顔を出した男性だ。
姫乃達が近づくと、会話の内容が聞こえてくる。馬車窓から顔をだしている男性とは別に、その馬車の御者らしき男が訝し気な様子で姫乃達に気付いた。
「あの子供達を助手にしているのですか?」
「ええ、先ほど話した通り彼らの助力が必要なのです」
セルスティーは丁寧に話すが、その表情は若干うんざりしたような色が見える。
すると今度は馬車窓の方の男が口を開いた。
「素性の分からないただの子供を塔に入れるというのか……」
「コーティー女王の許可も頂いています。それに、それを決めるのは通りすがりである貴方達の仕事ではないはずですが」
「ぐっ!」
セルスティーの言葉に男は顔を歪ませ、御者へと怒鳴りつけた。
「いつまで立ち止まってるんだ。さっさと馬車を進めんか!」
馬車窓の男性は、セルスティーを睨みつける。
「とんだ邪魔者だな」
「私は別に貴方達の邪魔はしてないわね。止まったのはそちらの方だもの」
「く……」
男性はその言葉を聞いて今度は御者のいる方向を睨みつける。
「さっさと進め。予定が押してるんだ。それにしたって、こんな何もない退屈なところ長居などしてたくないというのに……」
セルスティーさんをこんな女呼ばわりするなんて……。
会話を聞いて分かる事は、セルスティーさんが悪いことをしてるわけじゃないのに理不尽に言葉をぶつけられていることだ。
この人はなんでこんなに、彼女を悪く言うのだろう。
「だったら変な因縁つけてないでさっさと行けばいいじゃんか……」
未利が小声でぼそりとつぶやく。
ギリギリ聞こえるように言った。
つまり、わざとだった。
「子供が口出しをするな」
目の前の女性から視線を外してこちらに向ける。
「お前達はあの塔で一体何をするつもりなんだ」
不快そうな表情と警戒の表情だ。
どうして通りすがりの人に、そんな事をしつこく聞かれなきゃいけないんだろう。
セルスティーはたぶん、姫乃達が来るまでこんな疑問を何度もしつこくぶつけられたのだ。
もうちょっと早く戻ってくればよかったな。
「だから、それを貴方達に話す必要があるとは思えないのだけれど。統治領主様から許可をもらっているとも言ったわよね」
だんだんセルスティーの言葉が、トゲトゲしてきている。
「……ふん、そんなへんぴな所に女と子供が行くのだ。驚かないほうがおかしいだろう。怪しむなという方が無理だ」
ここまで聞いていて思うけれど、セルスティーさんの様子は冷静だ。
見た目はいたって変わらない、けれど姫乃達には分かる。
彼女は冷静なままで怒ってるんだという事が。
ダロスの時も思えばこんな雰囲気だった。
「埒が明かないわ、日が暮れてしまう前にたどり着きたいのでそろそろ失礼させてもらいます。行きましょう」
有無を言わせぬ調子で強引に話を打ち切り、セルスティーは歩きだそうと背中をむける。
その背後で、
「……これはこれは大変だ。大事な物なのに落としてしまった」
男がわざとらしい声をもらし、扇のようなものを落とした。
何のつもりだろうか
「悪いが拾ってくれないだろうか」
一転して、下手に出るような態度に、さすがの姫乃も訝しんだ。
位置的にはセルスティーさんが近いけれど……。
「私が……」
代わりに姫乃が拾おうとしたら
「ストップ。姫乃」
「ちょい待ちーってね」
両側から肩をつかまれて止められる。未利と啓区だ。
息ぴったりの様子で行動した二人は視線を動かさず、男の方を見つめている。
「こんな怪しいウチ等に拾わせていいの? 大事なもんなんでしょ」
「そーそー、僕たちが気に入って盗っちゃってもいいのかなー」
「……ちっ」
言葉を掛けられた男は、二人の対して忌々しそうに舌打ちを返す。
姫乃はそのやりとりの意味がよく分からない。
「ひらひらさん、なあが拾ったの。はいっ、なの。大事なものはもう落としちゃだめなの!」
そんな会話をしている間に、なあちゃんが落とし物を回収して馬車窓の方に差し出していた。
「ちょっ、なあちゃんそんな得体の知れないもの触っちゃダメだって」
「わー、目の前でそんな事言ってるー。ほら本人さんに睨まれてるよー」
男は、なあちゃんの様子に一瞬毒気を抜かれたような表情をしたものの、二人の言葉を聞いてすぐに表情を険しくする。
「くっ、何をするつもりか知らんが調子に乗らない事だな! さっさと進め!!」
なあちゃんの手から乱暴に扇をむしりとると、御者にそう叫び、勢いよく窓を閉めてしまう。
その前に、啓区がなあちゃんが手を挟まないように、そっと退避させていた。
「えーと……、ご迷惑をかけました。それでは失礼します」
居心地の悪そうな様子で御者が挨拶し、馬車が再び走りだして行く。
「感じの悪そうな人だったね」
姫乃が正直な意見をいうと、未利と啓区も同意だった。
「むかつく、あいつ嫌い」
「僕も好きじゃないかなー」
端的すぎる未利の感想に、啓区も否定をしなかった。
「扇さんもう、落とさないようにしてほしいの」
なあちゃんはそんないつもの反応だ。人を嫌うという感情がないのだろうかと、ちょっと不思議になる。不思議になったついでに、胸の内のもやもやした感情が少し薄らいだ。なあちゃん効果だ。
「すこし前の魔力泥棒を思い出すわね……」
ダロスの事を思いだしたのか、ため息交じりにセルスティーが感想を締めくくった。
あの時も勝手と言うか……無茶苦茶なこと言ってて、嫌な感じだったなそう言えば。
馬車内 『+++』
姫乃達から十分離れてから、馬車の中にいる人間達がの内の一人が口を開く。
さきほど姫乃達とやり取りをしていた男だ。
「まったく、私を誰だと思っているのだ」
誰だと思うも何もまったく身分を明かさなかったのではないかとは、誰も言わない。
発言主は、そのような反論が許されるような存在ではなかったからだ。
「ハング大司教様、いいのですか。彼らを捕らえるつもりだったのではありませんか」
「ふん、構わん。どうせ、こちらの秘密には気づいていないだろうしな。他の馬車から、偶然やつらが逃げ出すような事があれば別だったが……」
いっその事そうでもして既成事実をつくり、捕まえてしまえばよかったとでお思ってそうな顔つきだった。
「それで、あの話だが。例の少女は捕らえたんだろうな」
「いいえ、まだです。エルケを出た後の足取りがまったくつかめておりません。ここまで綺麗に痕跡を掴めないとなると、何かの大きな勢力の力を借りてるのかもしれません」
「だったらなんだ。例えそうだとしても捕まえるのがおまえ達、漆黒の刃の役目だろ」
忌々し気につぶやく男に、やんわりとたしなめるその人物は薄笑いを浮かべて言いつくろった
「おっしゃる通りで、面目ありません。必ずや、捕らえてみせますので、しばしの辛抱を」
そして、相手の反応を待つことなく喋り続ける。
「しかし、大胆な事をなさりますね。我らの力を頼っていると思っていいのか。攫ってきた人たちを白昼堂々馬車で運搬するなんて……」
「これくらいの方がちょうどいいのだ。仮にも一つの組織をまとめ上げる者が、闇に紛れてこそこそ動くなど、みっともない」
本気でそう思っているような口ぶりに、薄笑いしていた男は一瞬、虚をつかれたような表情になり、はっきりと声をたてて笑い始めた。
「ははは、ディテシア聖教の大司教ともあろうお方が、そのような冗談を口にするとは……」
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