第33章 旅立ちの前に
リリアント家 ルミナリア私室 『姫乃』
セルスティーから旅立ちを宣言されたその日の夜。
寝る前の時間。
ベッドの上に並んだ30枚程のカード。
それを上から凝視する二人の少女がいた。
「よし、これで四組目ね」
ルミナリアが、裏向きに並べられたカードをめくり、手にもっていたカードと同じ柄である事を確認して声を上げた。姫乃はそれを見て歓声を上げる。
「すごい、これで四回連続だよ。どうやったらそんなに覚えられるの?」
対面から眺めていた姫乃は、難しげな表情で裏向きのカードとにらめっこしたまま関心の声をもらすしかない。
ルミナリアは実に鮮やかな手並みで、裏側に伏せられたカードの中から、四組のカードを同じ絵柄で当てていったのだ。
「私なんて、ぜんぜん分からないのに」
入浴と夕食をすませて、ルミナリアの部屋に入ったのが小一時間頬前。
カード遊びを行ってから、これでおそらく六、七回目ぐらいになるのだが、全てのゲームでルミナリアが勝っていた。
同じ色のカードをめくる、というだけのシンプルな遊びだが、姫乃の成績はあまり良くはない。
「もしかしてヒメちゃん、私が勝ってるのはものすごく記憶力が良いからだと思ってる?」
「えっ、違うの?」
ぺらり。
ルミナリアがまた同じ柄のカードをめくる。
これで、五回連続だ。
でも、次は私の番だったんだけどね。
「ちっちっち、違うのよこれが。ちょっとしたコツを使ってるの」
「コツ?」
人差し指を振りながら言った後、並んでいたカードを一か所に集めて混ぜ始める。
そして再び表向きにして並べていく。
「そう、覚えるためのコツよ」
並んでいるカードの模様は、丸々とした赤色のプニム果実に、青色、緑色に黄色のプニムだ。
「うーん、とりあえずいくつかやってみるわね、見ていて」
言いながら並べたカードに指をさす。
「ラ、ラ、レ、ラ、ロ、ルル……っと」
そして、妙な何かの呪文みたいな言葉を呟きながら、順番にカードを指し示して、
「ウィンド」
今度は正真正銘の魔法の呪文でカードを、指さした分だけ裏返していく。
「じゃ、赤色の奴めくるわね」
迷いのない手つきでめくるカード、最初の二つは赤い模様のカード、次の二枚は黄色の模様のカードだ。
「これ、もしかして……」
「ええ、ヒメちゃんの考えた通りよ。さっきの言葉は、一文字づつ対応する色を決めてあるの。ラの言葉は赤、ルの言葉は黄色ってね」
得意げに見せる四つのカード。
これで、ルミナリアが連勝してた謎が解けた。
こんなやり方があったんなんて。
それなら絵柄を全部覚えなくても文字を一文字ずつ覚えていくだけになる。
例えば横一列覚えるだけでもかなり状況は違ってくるはずだ。
「ヒメちゃんはちょっと真面目に頑張りすぎて、頭が固くなっちゃう所があるのよね。そこが良いところなんだけど、魔法を使う時なんかは柔軟な発想も大事な時があるから。何か困った状況に陥っても、そのまま気張ってちゃダメよ。視点とか、考え方を変えなくちゃ」
「うん、そうだね」
忘れないように、脳の中にしっかりと刻み込むつもりで頷く。
ルミナリアって、本当に色んなこと出来るんだなぁ。
セルスティーさんの依頼の話があったから、こんな話をしてくれてるのかも。
「あーあ、一週間も姫ちゃんと会えないなんて、すっごく寂しいわ」
「私も、かな」
ルミナリアは勢いよくベッドに倒れこんで、カードを下敷きにしたり、風圧で飛ばしたりする。
あ、という顔をするのも一瞬で、さすがルミナリアというかやっぱりルミナリアというか、すぐに諦めたらしい表情に。
「勇水の塔なんて、聞いたことがないのよね。そんな所に何の用があるのかしら」
「勇気さ……、啓区と何か機械の事話してたみたいだったから計測器の事についてだと思うけど」
枕をたぐりよせてむぎゅぅーっと抱きしめる。というかほぼ締め付けてるといっていい力具合だ。
「なんでわざわざ、そこなのかしら」
「うーん、セルスティーさんは……確証がないうちに予想を言って混乱させたくない、って言ってたけど」
裏を返せば、自分たちは確証なしに言ったら混乱してしまうような事の協力をお願いされてるわけだけど。
そこはセルスティーさんだし、話してくれないのは必要な事で、しょうがない事なのだろうと信じるしかない。まさか、悪事に手を染めてる……なんて事はそれこそ無いだろうし。
「凛水の塔なら知っているんだけれどね」
「そういえば、何となく名前が似てるね」
凛水と勇水。なんだか兄弟みたいだ。
「はあぁーあ、私もついていけたらいいのに。町の外に出て冒険するなんてとっても楽しそうじゃない」
ぎゅうぎゅうと枕を締め付けながらルミナリアはベッドの上をごろごろ。
「ヒメちゃんと一緒に行きたかったなぁ」
「しょうがないよ、ルミナは別の用事があるんだから。それに、外にだったらルミナだって出られるよね」
「私は、ヒメちゃんと一緒がいいのよ! うー、あんな冗談の通じなさそうな堅物司教さんと、生意気な同僚連れてなんて、ぜんっぜん楽しくないのに!!」
「気持ちは、嬉しいけど……」
ごろごろをやめて、枕に何やら恨み後悔とかその他もろもろが詰まってそうな小パンチを繰り出している。
姫乃もセルスティーの用事で町の外に出かけるのだが、ルミナリアも聖堂のお仕事でお出かけ、というのが判明したのがついさっきだ。
いつもの白桜浴場に出かけてる間に、ルミナリアの職場の上司……(と言うだろうか)の男の人がわざわざ家に訪ねてきて、ナターシャさんに伝言を預けて行ったらしいのだ。
「ヒメちゃん、できるだけ早く帰ってきてね」
「う、ん。善処するよ」
ちょっとだけ威力の強い小パンチを放って枕を軽く飛ばした後、跳ね起きてこちらの手を握る。
「絶対絶対、ぜーったいよ」
「わ、分かったから」
「あ、後お土産もね」
「それは、できたらね」
と、姫乃の返答に満足したのかぱっと手を離し、散らかったカードを拾い集める。
……切り替え速いなぁ。
「ヒメちゃん、お互い頑張りましょ」
こちらに拳を作って向けるので、それに自分の拳をつくって軽くあてる。
「うん」
けっこう夜も更けてきたし、もう寝ちゃおうかと思ってたけどもう少し魔法の練習しておこうかな。
「あ、夜更かしは駄目よ。魔法の練習なら明日つきあうから」
「何で分かったの?」
セルスティー宅 バルコニー 『未利』
セルスティーの家、二階のバルコニーに未利となあ、二人の少女が立っていた。
「うーん、こうなってあーなって……何となく鋭い風の矢」
未利は手すりに背中を預けて、手の中に風を集めるなり何となく鋭そうな矢を作ろうとしていた所だ。
足元には兵士から失敬したままの弓が立てかけられて、ただいま出番の待機中。
だが手の中の風は、矢の形を作ることなくハラハラとほどけて散っていってしまう。
「やっぱりちゃんと名前付けないとうまく形になんないなー」
「名前はないと駄目だってなあ思うの。ないと可哀想なの」
「だよねぇ」
未利は再び神経を尖らせ集中する。
そしてできるだけ鮮明に矢の形を脳裏に描く。
持ち手の部分から矢じりの部分にかけて、しっかりと。
次に飛んでいく様を思い描く。流れ風のようにまっすぐ飛んでいき、強く鋭く敵を切り裂く絶対命中の矢。
イメージがまとまったら、それに見合う名前を与えてやる。
そうすると、百発百中とまでは言えないがそれなりに形になりやすくなるのだ。
「……
言葉にイメージを乗せるとともに手の中の風が凝縮、形を作っていく。
「よしっ」
「わあっ、すごいの未利ちゃま!」
手の中には透明な一本の矢があった。色も飾りも無いシンプルな物だけど、望むものはそれで十分だった。
使えるだけでいい。もともと無いとこから物体を作りだしているのだから、それ以上望むのは贅沢だ。
それに、苦労して工夫して出来たものなら、それがなんであろうと嬉しいものだ。
未利は足元の弓を手に取り、出来たての矢をつがえる。
吸い込まれそうな暗闇の、今日はやけに星が少なく感じられる夜空に向かって、矢を放った。
矢は空へ空へと飛んでいき、そして視認するのも難しくなるような距離でほどけて消えてしまう。
「すごいのすごいのっ、ちゃんとぴゅーんって飛んでったの」
「そりゃ、一応ちゃんと飛ぶように作ったからね」
飛んで行った方を指さしながら、てすりから身を乗り出した危なげな体勢でいつまでもはしゃいでいるなあ。未利は弓を置き、その頭を軽く小突いた後、声を小にして注意する。
「もう夜もふけて来たんだから、近所迷惑だって」
「はっ、そうだったの。ごめんなさいなのー」
周りの家々にさっきと同じボリュームの声で謝るなあちゃん。もちろん頭を下げながら一軒ずつで、だ。
だからその声も近所迷惑だって、と未利は言いたかったが言ってもこの天然記念生物は天然に同じようにして、ただまた謝るだけだろうと思い止めておいた。
「何かさ、いつもより静かだよね。どこがどうとは言えないけど、全体的に」
手すりに片肘をついて、手の平に顎をのせる。
そこから見えるのは、せいぜい二、三区画の住宅と星空だけだ。
でもそれだけでもこの空気を感じ取るには十分だった。
「ふぇ? うーんとうーんとなの……。モヤモヤしてザワザワってしたのなら感じるの」
「あー、多分そんな感じ。なんか風呂入ってるときも変な感じだったし」
「知らないとこにいるみたいなの……」
もうこの世界に来て数週間経ったのだと、未利は思い起こす。
初めは見知らぬ土地に事故って来てしまってどうなることかと思っていたのに、住んでみたらここは何ということのない普通の町だ。運がいいのか身近にいる人はいい人ばかりで、警戒していたのが馬鹿みたいに思え、思いっきり拍子抜けしてしまったのを覚えている。
知人の多いルミナリアの影響なのか、彼女が類は友を呼ぶ効果を常時発動しているのか、自分達の知っているこの町は、この町の人たちは、常に明るく前向きでうるさかった。
今はまだマシな方だが、けれど最近のこの町の様子は、それらが嘘だったみたいに暗く沈んでいた。何か危険な場所を綱渡りしているような、一歩間違えたらとんでもない事が起こってしまうような、そんな緊張感を含んだもののように。
「早く元の感じに戻んないかな」
少し嫌だ、と思う。
こんな姿の町が嫌だと思うほどには、この場所に愛着が湧いているのだろう。
それはたぶん、となりにいる天然記念生物なあちゃんもきっと同じ。
「なあ、たくさんたくさんお祈りするのっ。むむむむむ……」
「そりゃ、お祈りっていうより念を送ってるのに近いんじゃ……」
それは彼女も同じなのか、手を合わせ眉間にシワをよせて力強く唸っていた。
未利は、再び弓を深い闇の満ちる空へと向ける。苦笑の表情を、まるで暗闇の中にいる何かに挑むように変えて……。
「……
矢を放った。
風の筋が緑の魔力の光を帯びながら、飛んでいく。
さっきと同じように、いや……それよりも力強くまっすぐに、より遠くへと。
空の暗闇を切り裂くように。
「綺麗なのーっ!」
「こんな感じにすぱっと解決できたらいいんだけどね」
「きっと出来るの。みんなみーんな、がんばれば絶対出来るの」
「だったらいいね。……でもそろそろ本気で静かにしないと、なあちゃん」
はっ、と口元を抑えてなあは謝り始める。先ほどとまったく同じ光景だ。
学習能力がどうのこうのというより、一つの事に一生懸命すぎて他の事に気が回らないのだろう。
風も冷たくなってきてそろそろ中に入ろうかと、動き始めたころ。
「私も、出来たらいいと思います」
そんなセリフが聞こえた。
背中を向けた、手すりの方から。
「……っ!」
「誰なの?」
急いで振り返る。
そこには少女がいた。黒い髪に黒いドレスを着た、自分たちと対して変わらないだろう年頃の少女が。
「あんた、どうやってここに」
まったく気配を感じなかった。
ある時から一瞬で、そこに出現したとしか思えない。
二人は、さっきまで手すりに向かい合っていたのだ。
得体の知れない人物に向けて、未利は弓を構える。
「ごめんなさい。少し……細工をさせてもらいます」
その人物は、申し訳なさそうにそう言って、そして……。
セルスティー宅 廊下 『啓区』
啓区はセルスティー邸の廊下を歩きながら、肩を手でもんでちょっと労わる。
「ふぅー、やっと解放されたー。まさかお風呂の後にも、三時間ぶっ続けで付き合わされるとはー。泊まってって良いよっていうのはちょっと助かるけどー」
セルスティーと共に、部屋にこもって魔力計測器という機械に向かい合ったのが三時間前、気づけばこんなにも時間が経ってしまったらしい。
片手には手にしてみていた携帯がある。日課となっている日数確認だ。
もう結構この世界に来てから経っている。
初めはどうなるものかと思ったけど、皆それぞれ慣れたようでちょっとほっとしていたり。
電源を温存するために確認だけして、携帯を閉じ収納する。ポケットの中で休眠モードになってるウメ吉の所に一緒にだ。
最近はこの家に留まりきりだ。なので住人がどういう時間にどういう行動に出るのかは少しだけ分かり始めて来た。
この時間ならたぶんあそこ。
啓区を解放した後も機械の前から微動だにしないセルスティーから、未利となあにそろそろ寝るよう言っておいてほしいと頼まれたので、今向かうのはその場所なのだ。
『……今日は色々あったから、話が弾んで長居してそうだから』
「それなりに長くここにお世話になってるみたいだねー」
そんな、それなりな関係がうかがえそうなセリフを思い返してそんな感想を抱く。
「ま、僕には関係ないっかー。もしもーし、セルスティーさんがそろそろ寝たらって言ってたよー」
そして、たどり着いたバルコニーへつながる扉を開ける。
何気なく。
本当に何気なく。
「あれ、もうそんな時間だっけ」
「なあ、夜更かししないでちゃんと寝なきゃなの」
啓区が扉を開けると、星でも眺めていたらしい二人が振り返り、時間の過ぎる速さに驚きつつもこちらへと歩いて来る。
「アンタも、またセルスティーさんに捕まらないうちにとっとと眠っちゃえば。てか、寝床あんの?」
「僕はどこでも寝られるからー、床の上でもなんでもいいんだけどねー」
未利がお泊り状態になってしまっている状況の啓区にもっともな疑問をぶつけて来る。
特定の誰かの世話になっているわけでもお気に入りの場所もあるわけでもないので、どこか寝床の当てがあるわけではない。
どこでも寝られるというか、寝床がどこにもないので横になったところが寝る所になるというか。
とにかく未利の考えるような寝床はたぶんないと言える。
困ってるわけじゃないけどねー……。
それでも屋内の安全な場所で睡眠がとれるというのはランクが一段上がった感じがしていいものだと思う。
そういえばどんな生活をしてるか聞かれてなかったなぁと思う。啓区の健康状態を見て、生活で困らない程度には上手くやっているのだと思ってくれているようだった。
……適当にそこらを放浪してたって言ったら驚くかもねー。
「寝る場所がないの? それは駄目なのっ、啓区ちゃま風邪ひいちゃうの! なあ達の即席ベットさんで一緒に寝るの」
寝床がないことになあちゃんが驚き、そんな提案をしてくるが。
いやー、さすがにそれは遠慮しなきゃだよねー。
そこは常識に則って行動しなけけば。
そう思い……。
「べ」
と発言しようとしたら、横からかっさらわれた。
「別にいいよー、じゃない。いいじゃんそれで」
「で」
「でもじゃない。あんた床の上に寝かせといて、すやすや寝られるかっっての、逆に気になるわ!」
「い」
「いやだけど、でもない。一応男だけどって? 今さら、そんな事きにする間柄でもあるまいし」
あれー?
ことごとくセリフを遮られて、以心伝心の如くみたいな切り返しっぷりになってしまった。もちろん啓区は混乱する。
自分の表情はあくまでもにっこりスマイルで変わらない自信はあるけど、混乱中だ。
そして混乱するあまり余計な感想を口にした。
「えーと、変になったとかー?」
「誰がじゃあっ!!」
失礼な発言の報復に両ほっぺを勢いよく掴まれた。
「いひゃいよー」
「生意気なこと言うのはこの口かっ、えぇっ?! この口かっ!」
みょーんみょーんと伸ばされる。
「ほっへはほひひゃうひょー」
にょーんにょーん。
「啓区ちゃまが、がいこくご話してるの。なあえいご、ろーまじとか分からないの。啓区ちゃまとお話しできないの」
うにょうにょされてるとしばらくして、お隣の窓の方から苦情が飛んできた。
「こんな時間に何やってるの、君達」
お隣さんの表情は暗闇でよく分からないが、見るまでもない。
三人は「あっ」と固まって。視線で語り合った。
……やば、どうしよ。
……とりあえずあやまらなきゃなの。
……だよねー、僕たちが悪いんだし。
直後、三つの頭が見事な感じに同時に下がった。
「ごめんなさいなのっ」
「えーと、ゴメンナサイ」
「ごめんねー」
それは誤解のしようのないくらい、見事な以心伝心っぷりと謝罪だった。
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