第28章 そして再び終わりが始まる



 エルケ エルトリア城 『コーティー』


 エルケ統治領の領主、女王コーティリアイ・ラハ・ヴィルメルド……コーティーは王座の間にてその報告を受け取っていた。


「それは本当なのですか」

「はい、間違いありません。たった今、世界欠落スコアフォールの発生が確認されたと」


 彼女に向かい合って立っているのは壮年の男性兵士。


 今回の件は彼女の持っている独自の情報網の中の一つを使用して得たものだ。

 それは目の前の壮年兵士がもたらした物で、東の方に住んでいるという知り合いの力を借りた、極めて個人的な物となる。


 重要な情報とは、時として大きな組織を動かして得るより、小さな所から拾った方がはるかに早いという場合がある。

 組織は集団が属する者である以上、どうしても踏まなければならない手順や行動の足並みをそろえなければならない。

 それによって迅速な対応を求められる面であっても、解決に乗り出すのに遅れてしまう事がある。


 だから彼女は考えたのだ。

 ならば集団に頼らない独自の情報網を作ろうと。


 考えたのは領主に就任する前だ。女王も付き人と共に各地を走り回っていた頃があり、城にいないのにどうやったら素早く欲しい情報が手に入るか、さんざん頭を悩ませたのを覚えている。


 情報の価値は、一時一時変わっていく。その変わり様は、ある意味生き物の行動と同じくらい動的で多様だ。

 手の内に所有する時間が長ければ長いほど、その価値に見合う手を打つ事ができるし、利益や損害を調整する事ができるが、逆に時間が短ければ被らなくてもいい被害を被ってしまう事もある。


 欠点は少なく、利点の方が多い。


 そういう思考の結果によって、彼女は現在その情報網を利用している最中なのだが、そこからもたらされたものは非常にデリケートな情報だった。


「いかがなされますか女王様」

「引き続き情報収集をお願いします。……近いうちに、領主間で会議を開かねばなりませんね」


 コーティーは頭の中にある日程を、あれやこれやと調整し始める。

 いくつかの行事や仕事を取りやめたり、先延ばしにしたり。

 と、同時に今最もしておかなければならない確認をする。


「分かっていると思いますがこの事は……」

「他言無用、でございますね」


 今回のそれは情報が情報だ。

 方針も対策も何も決まってないうちに、その情報が開示されれば人々の間でどんな混乱が起きるか分かったものではない。


「ええ。いずれは知らせなければならないでしょうけど……。とにかく貴重な情報を届けてくれて助かりました。ご苦労様」

「いいえ、女王様のお役に立てて光栄でございます」


 本当にそう思っているのだろう。

 男性兵士は晴れやかな表情で一礼し、足音軽くその場を去っていった。


 良い部下だ、と思う。

 だから表に出ないように隠した。

 その姿が完全に見えなったのを見届けてから与えられた情報の価値について考え、


「ついに終止刻エンドラインが始まってしまったのですね……」


 眉をしかめ、どうしても暗くなってしまう声で独り言を呟いた。





 コーヨデル・ミフィル・ザエル統治領 中央領都シュナイデ シュナイデル城 星詠台 『コヨミ』


 吸い込まれそうに深い夜色の暗闇を見あげ、シュナイデル城の主であり統治領主であるコヨミは背後に近づいてきた人物へと声をかけた。


「めんどくさいと思わない?」

「何がでしょうか」


 唐突な言葉に、困惑の言葉が返ってくる。


 城の最上部にある星詠ほしよみ台は、柱とガラスの屋根しかない吹き抜けだった。遮る物のない夜の冷たい風が、そのままコヨミへと流れる。子供と見間違えられそうなほど小柄な体格の彼女の、彼女自身が自慢にしている、ふんわりとウェーブのかかった長い金色の髪が、吹き抜けていく風に合わせて、ゆらりと波立つ。


「この大変な時期に、領主でいなければいけないこととか」

「そうですか」

「終止刻で被る被害の事を考えたり、対策したりする事とか」

「そうですか」

「すでに派遣している調査団への終止刻の発生通達とか、浄化能力者の捜索を取り急いで行わなきゃいけない事とか」

「そうですか」


 コヨミの言葉に対してまったく同じ返答しか返さない背後の人物に対して、コヨミは彼を振り返って頬をふくらませて怒った。

 一般の兵士よりも遥かに大柄な体格をしている割には、凶暴性のかけらが一つも見当たらない穏やかな表情をしたその兵士は、コヨミ姫の言葉に同じ調子で相槌を打ち続けている。


「もーっ、下の階で見張りなんて退屈してるだろうなと思ったから、相手になってもらおうって呼んでもらったのに、話にならないわ」

「そうですか」

「……」


 半目になって睨むも相手は平然としているままだ。

 このままこうしていても貴重な息抜きの時間を無駄にするだけなので、さっさと諦めて折れることにする。

 隣に来るように手招きして、視線を元に戻す。


「はぁ……。私、お姫様とか向いてないと思うのよね。部屋でだらだらしてたりしてた方が性にあってると思うの」

「そうですか」

「メイスちゃんの所みたいに血統で領主を世襲する方法なら良かったのに。ただの町娘に何が出来るっていうのかしら」

「あなたには星を読む力があるでしょう。それに、ただの町娘にしては有り余る魔力も」


 やっと返ってきたまともなセリフに視線を向けて、不満気に答える。


「そうだけど……。だけど、仕事は大変だし……行儀よくしてなきゃいけないし……、グラッソだって昔みたいに名前で呼んでくれなくなっちゃったし……」


 隣にいる大柄の兵士こと、なじみの男性グラッソに声をかける。


「立場がありますから」

「またそんな事言って……」


 ふてくされたようにコヨミ姫は肘をついて手の上に顎を乗せる。


「譜歴なんて作らなきゃよかった、そうすれば無駄に注目を浴びて今こんな所にいる事もなかったのに……。グラッソだって、私についてきてこんな対して面白くもないような仕事をせずにすんだのよ」

「そうですか」

「もーっ! そこは喋るとこでしょ?」

「そうですか」

「……」

「そうですか」

「えっ!? 今の何? どこへの相槌!?」


 また同じ言葉をしゃべるだけの存在になってしまったなじみの男性を……頭二つ分か、三つ分かそれ以上なのか……、とにかく平均的な女性の身長よりも遥か下の方から見上げるコヨミはこれ見よがしにため息をついてみせた。





 リーラン・オゾ・フェイス統治領 中央領都アーバン アーバレスト城 『リーラン』


 ……何なんだ、こいつ等は。


 それが、この城の主である領主リーランが思った事だった。

 リーランはノックもなしに執務室に入って来た、目の前に立っている二人の人物に対して不信感をあらわにしている。


 領主であり王であるリーラン。その姿は、長年の苦労を伺わせる色の薄くなった茶髪に、標準男性より一回りほど大きい身長と体格。こんな場所より兵士たちに混じっている方がよっぽどしっくりくるであろうと思える程、一目見ただけでもよく分かる鍛えられてしっかりした筋肉にがっちりとした体つきをしている。


 そんな彼は侵入者に対して、自らの後ろにありる執務机の引き出しの中から、あらかじめ仕込んでおいた得物を音を立てずに引き抜く。


「おおっとぉ、カンベンなそれ。ちっとばかし、アンタの耳に伝えたいことあって来ただけなんやから」


 しかし、その動作は気づかれたようだ。


 侵入者の一人は、慌てたような表情になって、両手をあげて見せる。

 その男は、一目見てこれ以上ないほど不審者然とした男だった。


 まず分かりやすい特徴として、おかしな口調をしている。地域によって方言という言葉の違いはあるが、男の話すそれは、第一声からどうにもちぐはぐで出鱈目に聞こえた。

 恰好に死線を移せば、これでもかというほど皺と汚れのついた服をだらしなく身につけている。服のところどころには悪趣味な事に、他人に不快感を植え付けることを目的としているとしか思えない程、黒や赤色でけばけばしく目の模様が入っていたりする。


 そして第二の特徴として、その眼だ。

 どこか友人の家にあがりこんでもいるかのような、力の抜けた表情をしているのだが、唯一その眼だけは何かを期待するような探るようなそんな光を宿している。


「何であたしまで……」


 新たに会話に加わったもう一人は女だ。


 片割れの男とは違った意味でこの場所が似合わない人間だ。

 女性が身に着けるにしては主張の控えめな色合いばかりの布地で、しかし露出度は高めの服を選んで着こなしているという何とも言えないバランスの悪い見た目をしている。

 気だるそうな表情でいるその女は、それでいて警戒心を露わにして周囲に気を配っていて、それは明らかに荒事慣れしてる者の仕草をしめしていた。


「エエでしょ、どうせ暇やったんやから」

「いつも思うけど、何だいその変てこな喋り方は、はっきりいって奇妙を通り越して気持ち悪いね」

「エエ? どっこかおかしなとこあるん? 手っ厳しいなー」


 こんな所にいるとは思えないほどの軽い会話のやり取りに、リーランは割って入る。

 不審者のペースにつきあってやる義理はない。


「御託はいい。要件はなんだ」

「あ、聞いてくれるん? よかったわー。で。肝心のエエ話やけども……」


 話し始めた男が気をそらした瞬間。

 執務机の引き出しに入れていた手を引き抜き、得物を突き付け……ようとして、さっとかわされた。まるでこちらがどうでるかを予想をしていたかのように。


「おおっとぉ、不意打ち禁止」

「く……」

「で、話戻りますんけど……この町の中にこれからちょっとした騒動が起きますん。そういう騒動っちゅうんは、案外身の回りにいる人間が引き起こしてたりするんですなー、これがこれが」


 不意を打ったつもりが、まったく通じなかった。

 そのことにリーランは、なるほどこの部屋まで侵入できるわけだと納得する。


「その言葉を信じろと……?」

「それは自分達の勝手やしね。ま、気楽に構えとった方がエエんやないかな」


 最後まで軽い口調のままで、話を終え部屋を退出しようとする。


「私が貴様達を逃がすとでも」


 部屋の壁に掛けられていた長剣を手に取り、構えて見せる。


「それはこっちのセリフやわー、捕まえられると思ってるん?」


 と、男は懐から暗い闇色の魔石を取り出す。


「ほな、さいならっと。……転移」


 瞬時に二人とも、姿かたちなくこの場から消え去ってしまった。

しばらく警戒して誰の気配も無い事を確かめたうえで、リーランは構えを解いた。


「簡単に内部に侵入が許されるようでは、内通者がいてもおかしくはない……か」


 とりあえずやる事はあるだろうが、城の警備を見直す必要がありそうだと改めて思った。





 メイデン・スシュタール統治領 統治領中央都ラダン 城内  『ラドゴニー』


 この世界の統治者の四人の内の最後の一人、メイス王女は只今絶賛行方不明中だった。


 小雨の降りしきる天気のせいで城内は湿気に満ちており、ただでさえ怒り沸騰中の近衛隊長ラドゴニーの不機嫌度をこれでもかというほどに底上げすることに協力的だった。

 

 その近衛隊長は並みの兵士なら見ただけで悲鳴を上げそうな形相で城内を、どしどしと音を立てては白乍ら見回っていく。


「メイデン様、いい加減にしてくだされ! そのような行動、先代女王様が知ったらさぞやお嘆きになられるはずでありますぞ!!」


 周囲を歩く兵士達はこんな日常に慣れているのか、またかという顔で通り過ぎていく近衛兵士、この世界の生物……クマグマのような巨体のラドゴニーを見送っている。


「くっ、いつになったら真面目に職務に取り掛かって下さるのか。いや、仕事はしている……しているのだが、あれではあまりに……ぐぬぬぬ……」


 無精髭をさすりながら考え事をしていたせいか、ふいに角から現れた人物にぶつかりそうになってしまう。


「……っ! 失礼した、バリアル代理執務官殿」


 布の厚みのある服を好んで着込み、位を示す紋章のついた帽子を、室外だろうが室内だろうが常からず被り続けている、退位しててもおかしくない高齢の老人だ。


「今度からはちゃんとよく前を見て歩くことだな。それともその脳みそはクマ並みの状況把握能力しかもっていないのか」


 うっとおしそうにララドゴニーに顔を向けるなり、そんな一言。

 普通の人間なら、眉間に皺の一つや二つくらい刻んでもいいだろう暴言に対して、しかし近衛隊長は。


「いや、クマグマも意外と出来る連中が多いようですぞ。前取っ組み合いをしたときも、腕の一、二本はもっていかれそうになってしまいましてな。うちの隊に欲しいくらいです」


 そう返した。


「……ふん、そうか。確かにお似合いだろうな。それで王女はまだ見つからないのか」

「はっ、申し訳ない。早急に城内を捜索して見つける予定ではありますが」

「あれも、自覚が無いようで困ったものだ。領主就任の儀式の準備があるというのに……」


 四つの統治領のうち唯一世襲制で領主の座を埋めてきたこの地方では、その資格があるものが定められた試練を乗り越えて、領主をやっと継ぐことが出来る。


 だが、先代……つまりメイスの母親があまりにも早くに亡くなってしまったため、次代の者が試練を受け領主の位を継承できる歳になるまで、代理で統治領の執務に取り掛かっているのがこの場に立つバリアル代理執務官だった。


「重ね重ね申し訳ない、我らも常日頃言い聞かせてはいるのですが……そのたびに耳を塞がれるわ、逃げ出されるわの始末で…」

「言い訳は必要ない。次を継げるのはあれしかおらんのだろう。たとえ誰もが望んでいなかったとしてもだ……」

「そんな事は……、いえ過ぎた口出しですなこれは。考えるのは上の者の役目。我々兵士は動くのみ。バリアル殿のおっしゃる通り、言い訳をつくろう暇があるなら行動についやすべきでしょう。では、これにてこの場を失礼します」


 素直に頭を下げたラドゴニーは、メイス探しのためその場を後にする。バリアルは、遠ざかっていくクマグマのような男の背中をしばし見つめて、


「ふむ……」


 神妙な面持ちで何かを思案し始めた。

 

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