4-3
決意を胸に抱いたはいいが……。
それを嘲笑うかのように、血を抜かれた死体の事件報道は続いた。これで六人目になる。
こういう言い方もあれだが。件の女は上手くやっているのかいまだ目撃情報なども一切なく、そのシルエットすらも伝えられていない。『現代の吸血鬼』の他に『霞の殺人鬼』という通り名まで囁かれ始めている。
「続くわね」
所長の机で同じくテレビを見ていた麗華が、タバコを吹かしながら呟いた。
立ち上る煙に表情が隠され、一瞬だけ切り取られた眼光はどこか厳しさを滲ませていた。
「そういえば、廃街へは行ったの?」
「いや、行ってないよ」
そのことは訊ねられるとは思っていた。
事実、俺も初めは行ってみようかとも思っていたのだが。二度目の夢に出てきた例の女が居た場所を見て、行くことを止めたのだ。
確かに廃街でも見て回ったら何か手がかりでも掴めるかもしれないが。あそこはホームレスの溜まり場となっていたり、麻薬取引の場として利用されていたりと危険地帯と化している。
警察の巡回も頻繁には行われていないため、ある意味無法地帯のようになっているのだ。
それに――、
「たぶん、行っても意味がないと思う」
「どうして? 界隈をねぐらにしてる可能性だってあるでしょ」
やはり考えることは同じか。別に姉弟でなくともそう思うだろうが。
思わず口元が緩みかけるも。麗華が気づいたように「あ、」と声を上げたため、俺は姉へ注意を向けた。
「たしか事件現場は一番高いランドタワーだったわね、……なるほどねぇ」
なにか言いたげで含みを持たせたような目で俺を見てくる。俺は察して断りを入れる。
「別に怖くないよ」
「そう? じゃあちゃんと私の目を見て言いなさい」
指摘を受け、俺は姉の顔をそろりと見返した。
麗華は頬杖なんかを付きながら、ニヤニヤと余裕の表情でそれを待つ。
「……怖くないって」
「五センチずらすな」
視線をそらしたことへの突っつくような指摘に、「うぐっ」と喉を詰まらせる。
やはり麗華に嘘はつけない。というか麗華にもだな。
気まずく首筋をかきながらも、俺は誤魔化すように咳払い。
行かないちゃんとした理由ならある。
「それはともかく。以前夢に出てきた時、そいつはどこかのホテルの上階にいたんだ。そして下界には都心の明かりが瞬いていた」
「なるほどね。犯人の生活圏は都心部にあるってわけ」
得心したように頷くと、麗華はタバコを灰皿へ押し付けた。溜息のように息を吐くと、一緒に煙も細く長く吐き出される。
それにしても――と、封の開いていないタバコの箱へ手を伸ばしつつ麗華が切り出す。
「犯人の意図は定かじゃないけど。生活圏が都心の割に、殺しの場所は目立たない場所ばかりよね。模倣犯ってわけじゃなさそうだし、愉快犯でもなさそうだけど。単なる目立ちたがりならもっと分かりやすいところに遺体を置くでしょうし……この犯人、行動理念が謎すぎるわ」
確かに。
一人目は郊外の廃街のランドタワー、犠牲者は男性。
二人目は人通りのほとんどない入り組んだ裏路地、犠牲者は女性。
三人目は廃れた公園の公衆トイレ、こちらも犠牲者は女性。
四人目は空き地の雑草の茂み、犠牲者は男性。
五人目は河川敷の高架下、犠牲者は同じく男性。
そして六人目は林の中、犠牲者は男性、か。
都心に潜伏しているにしては、あまり目立ちにくい場所ばかりだ。頭の中で地図を描いてみても、遺体の発見現場は方々に散らばっている。距離も全てがかなり離れているし。
だからといって殺しの場所に特に意味なんかはないだろう。目立ちにくいという点では近しいが、ここから何かが分かるということはない。線で結んでも、特に文字や記号になっていたりすることもないからだ。
「唯一気になる点といえば、血を抜かれているってことくらいか」
「その血液は何に使うのかしらね。実験? それとも、吸血鬼らしく飲料としてかしら?」
飲料……。俺は夢の中でそれらしきものを飲んでいるあの女を見ている。
自分が飲むために血を抜いているのは、恐らく間違いない。問題はそれがどうして必要なことなのかだ。この辺りが分かれば謎も解けてくると思うのだが――。
「零司、あれから夢は見た?」
麗華の問いに、俺は力なく首を横に振ることしか出来ない。
「そ。まあ、体に負担をかけることを強いるのは酷な話だから、あたしとしても無理強いは出来ないんだけど」
「その割にはずいぶんと急かしてたじゃないか」
「あらバレてた?」
麗華にしては珍しく舌をペロリと出して戯ける。見たことのない表情に少しだけ驚いた。
でも――、そう前置いた麗華の顔が途端に真剣味を帯び、思わず息を飲む。
「殺しが続くのは由々しき事態だわ。渚砂さんに火の粉が降りかかる前に鎮火しなきゃ、事の次第じゃ彼女の身を滅ぼしかねないかもしれない。でしょ?」
まるで抜き身の刀を思わせる鋭い目に射竦められ、無言で肯定させられる。
――いや、その通りなんだけど。
麗華のこんな表情は今まで見たことがなかった。帯刀に銃を向けられた時のような危機感と、それ以上の冷たい悪寒が霜のようにびっしりと背に張り付く。
「解ってるならいいわ。零司、あんたの能力が頼りよ、しっかりね」
それだけ言い残すと、麗華は事務所を後にした。
ふと自分の手が震えていることに気づき手のひらを見ると、そこには汗が滲んでいた。手の震えごと拳を握りしめ顔を上げる。
視線の先。主なき所長の机には、封の開いていないタバコの箱が一つ、無造作に残されていた。
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