第51話 黄金色の日々 ③
百貨店内にある時間の流れから取り残された静かな場所でのんびりした後は、二人で店を見て回った。
一つ上の階にあった家具売り場ではソファーに二人で腰かけて足を伸ばしていたら、母親に連れられた小さな女の子に、「あっ、カップルだ」と指さされた。
小さな子供にもそう思われるほどの雰囲気だったのかなと嬉しくなり、隣に座る岩月君を見つめながら、
「カップルだって、岩月君」
と、笑顔を向けると、照れくさそうな表情を浮かべながら、「どう見たらそう見えるんだろうね」と誤魔化していて、素直じゃないなあと心の中で思いながら、一歩踏み込んでみることにした。
「じゃあ、分かりやすく腕でも組んでみる?」
「それで誰にアピールするんだよ?」
「さっきの女の子?」
「もう姿見えないけど?」
「それもそうだね」
つれない反応に、腕を組むという言葉も冗談として扱われたため、それ以上は何も言わないことにした。もしノリよく話に乗ってきたら、今日の一緒にいられる残りの時間はずっと腕を組んでやろうと本気で思っていた。だけど、それは叶わなかった。
だから、それは付き合うまでの我慢ということにしておこう。
それからスマホのカバーを一緒に眺めて、アクセサリーや小物を見て回り、岩月君の帽子の似合わなさを一緒に笑った。
「なんで中迫さんはどんな帽子も似合うんだよ。面白くない」
岩月君はやり返したくて、ニット帽やキャップ、幅の広いハットに、まだ気の早い麦わら帽子などなど私にかぶせては、苦々しい顔をして、「これも似合う」「これはなんというか、かわいい」なんてほめる言葉をぼそりと呟くものだから、髪型が少々崩れることも気にならないし、意趣返しを狙ってのことでもなんだか嬉しくて、楽しくて仕方がなかった。
そんな風にいろんな店を見て回って、ある店の前で足を止める。
「私、ここのお店よく来るんだよね」
岩月君も私に合わせて足を止める。そこはよく来る雑貨屋で、さっき未来で見た場所で。ここで服の裾を引っ掛けて店や岩月君に迷惑をかけることは知っている。そして、その先で嬉しい出来事が待っていることも知っている。
とりあえず、嬉しい出来事の方は絶対に逃さないようにするとして、その前の商品を棚から落とすのだけは気をつけようと思った。
やることを決めて、心の中で一つ大きく頷いて、隣の岩月君を見ると眉間に皺を寄せて、なんだか考え事をしているようだった。
「岩月君?」
「えっと……何?」
「なんだか難しい顔してるけど、この店は入りたくないとか?」
「そんなことないよ」
「じゃあ、入ろうよ」
そう言って店の中に入る。後ろから付いてくる岩月君を感じながら、まずは近くのよく利用するアロマコーナーに。
未来で見たのと同じように、おススメを聞かれたので、お気に入りのアロマのサンプルを岩月君に渡した。岩月君はその匂いを嗅いで、うんうんと頷いていた。
「僕もこの匂い好きかも」
「よかった。もしかしたらだけど、私の今着てる服や制服なんかにもこの匂い移ってるかもなんだよね」
そう言いながら私の服についた匂いを一緒に嗅いで、その流れで岩月君の服の臭いを嗅いでみる。
洗剤や部屋の匂いが混じった岩月君の匂いにどこかホッとする。
もしかすると私は匂いフェチなのかもしれない。
岩月君は未来で見た通りに、「変な匂いでもした?」と慌てて自分の服の臭いを嗅ぎだすも、自分の匂いというものは慣れてしまって気付きにくいものだ。そんな焦っている姿がおかしくて笑ってしまう。
「大丈夫だよ。私は岩月君の匂い、嫌いじゃないよ」
私の言葉に顔や態度にはほとんど出ないけど、照れ臭そうにしているのは分かる。視線が私から外れて、口元をきゅっと締めるのは感情を読まれないようにする岩月君のクセなのかもしれない。
「僕も中迫さんの匂いは嫌いじゃない」
「ありがとう」
私は照れることなく素直にその言葉を誉め言葉として受け取った。しかし、岩月君にはそれがお気に召さなかったようで、褒められて嬉しくて笑う私の顔を見て、顔を赤くしながら今度はあからさまに視線を逸らした。それがおかしくて愛おしくて、私はさらに笑う。
それから、香水や芳香剤、入浴雑貨などを見て回りつつも、私は服の裾がカゴに引っかからないように自然と気を遣った。
しかしながら、足元への配慮が足りてなかったのか、ゴンッ! という鈍い音と共に、脛に激痛が走った。
「痛っ……」
「どうしたの?」
「棚の角が
うずくまって打った場所をさすっていると、店員が近づいてきて、「大丈夫ですか?」と声を掛けられた。辺りを見回して、脛は打ったが商品は落としていないことを確認する。
「すいません。大丈夫です。えっと、物は何も落としてないですし」
「お怪我はありませんか?」
その言葉で初めて自分の心配をしはじめる。レギンスの裾をまくり上げると、青あざができていて、わずかに血が滲んでいるようだった。それから絆創膏を貰い、「ありがたいけど、大丈夫なんだけどな。ちょっと大げさだよね」と店員よりも深刻そうな顔をしている岩月君の緊張をほぐすために大丈夫だと笑いながら絆創膏を貼ってみせた。
店員にお礼を言い、散策を再開する。アクセサリーなんかが置いているエリアに行き、見て回っていると、未来でも見たミサンガが目に入った瞬間に「これだっ!」という感覚に襲われる。
「ねえ、これ買おうよ? 今日の思い出として」
「思い出って……写真いっぱい撮ってたじゃん」
岩月君は未来で見た通りに渋る言葉を返してくる。
「写真以外にもこんなことあったねって話せるものはいくらあってもいいじゃん。そういうのに付き合ってくれるって言ったの岩月君だよ?」
「あれは……」
もう一押しなのだが、岩月君はなかなか首を縦に振ってくれない。
「でもさ、それ買ってどうするのさ? 机の引き出しとかに大事に保存するとか?」
「買ってすぐにつけるに決まってるじゃん?」
「それだと変な誤解されないか?」
「されないんじゃない? ほら、けっこう種類あるし」
「そうかもだけど……」
私はそう説得しつつ、岩月君は知らないだろうけど、同じような柄のペアで選んだようにしか見えないものを買うことになるのを知っている。
「じゃあ、いいじゃん。どうせなら、お互いに似合いそうなのを選んで後で交換するってのはどう?」
そう一気に話を進めると、「わ、わかった」と岩月君は断り切れずに、了承の言葉を発した。
「じゃあ、まずは私から選んで買ってくるね。だから、岩月君は少し離れたところに行ってて」
岩月君が律儀に少し離れて別の方向を見つめるのがおかしかったが、真剣に岩月君に似合いそうなものを探す。しかし、悩むことはなかった。
緑と青色と水色の三色の編み込みのミサンガ。色合いが静かで優しい岩月君のイメージにピッタリだと思ったのだ。
それを手に先に会計を済まし、「次は岩月君の番だよ」と声を掛け、店の前で待ってるからと先に店を出て待つことにした。
商品を服に引っ掛けて棚から落とす未来を、棚に脛をぶつける未来に変えてしまったことから、岩月君が未来と同じようにミサンガを本当に買ってきてくれるのか不安になってしまう。
しかし、そんな心配は杞憂に終わり、ほとんど待つことなく、岩月君は紙袋を手に店から出てきた。
そのことが嬉しくて、休憩に使ったあのスペースに戻る足取りはとても軽くて、無意味にクルクル回ったりしたいほどだった。
そして並んで椅子に座り、買ったミサンガの入った紙袋を交換した。
私の「せーの!」という合図で一緒に袋を開けて、同時に中身を取り出す。岩月君が選んだのは、私が選んだ柄と似たようなものの色違いで、緑と黄色、オレンジの明るい色柄だった。
どう見てもお揃いの色違いに見えるミサンガを二人で手に取って眺めているのがなんだか不思議だった。
「なんだかお揃いっぽいね」
「そうかもね。中迫さんはつけるの嫌になった?」
「そんなわけないじゃん。まさかこういうセンスが似通るとかさ……私が残念なのか岩月君がセンスいいのか」
「ちょっと待って。最初から僕がダメ扱いはひどくないか?」
岩月君のこういうノリが良くて、小気味いい返しが来ると楽しくて仕方がない。「冗談だよ」と笑いかけると、岩月君も一緒になって笑うのでさらに楽しくなる。
「せっかくだからさ、何か願掛けして相手の腕に結ばない?」
「それは僕が中迫さんに何か祈りをこめろと?」
「うん。私は岩月君に思いを込めるよ。じゃあ、腕出して?」
岩月君からミサンガを受け取りながら、顔を見つめる。どこか緊張している面持ちが初めて会ったころを思い出させた。岩月君はいつも退屈そうにしていて、笑っているところをほとんど見たことなかった。今日は一日、一緒にいて、たくさん笑顔が見れてよかったなと感じていた。
だから、岩月君が少しでも多くの時間を笑顔で過ごせますようにと願いを込めて、差し出された左手に丁寧にきつくなりすぎないようにミサンガを結んだ。
きっと岩月君が笑顔でいられる場所には私も隣にいるのだろう。未来で見た根拠もあるが、それがずっと続けばいいなと思った。
「じゃあ、今度は岩月君の番だね」
そう言って右手を差し出しなが、そっと服の袖をあげる。岩月君は口元が緩みつつも、同じように丁寧に解けないようにミサンガを結んでくれた。
岩月君がどんな願いを込めてくれたのかは分からないし、とっても気になるところだ。だけど、似たような価値観を持つ私たちのことだから同じようなことを願ったのではないかと思えた。
お互いにミサンガをつけ終わると、なんだか指輪交換でもしたくらいの嬉しさと気恥ずかしさがこみあげてきて、言葉が出てこなかった。ただただ顔が熱かった。
横目でちらりと岩月君を見ると、口元が緩み、耳が真っ赤になっていた。もしかすると私と同じように嬉しさや照れが入り混じっているのかもしれない。
今日のデートは私のわがままのようなものから始まったもので、岩月君は付き合わされて嫌な思いをしていないかと不安だったが、この横顔を見れば、全てが報われた気分になった。
ふいに岩月君と目が合うと、私は感情が抑えきれなくなり、心の中で「ああ、私、この人好きだなあ」としみじみと思ってしまい、表情の調節を忘れてしまう。きっと気を許しすぎて全てが緩んだ、そんな他の人には見せられない笑顔をしているんだろうなと思った。
この抑えきれない感情をきっと私の方から伝えるんだろうなと、そんな予感を感じながら、いずれ来るだろうその時まで、いっぱい一緒に笑って過ごしていこうと思っていた――。
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