第38話 近づく冬の気配に、未来を ③
「おはよう、あっくん」
誕生日当日。いつものように高校の最寄り駅の改札を抜けると、りこが待っていた。
「おはよう。もしかして、けっこう待った?」
「少しね。あっくんがいつ来るか分からないから、少しだけ早めに来たから」
「そっか。言ってくれたら僕も早めに来たのに」
「それだとあっくんを驚かせないでしょ?」
そう言ってりこが笑うので僕はそれ以上何も言えなくなる。そして、りこに腕を引かれ学校に向かって歩き始める。
「それでさ、あっくん。誕生日おめでとう。私が一番に言いたかったんだ」
「ありがとう。まだ親にも言われてないからりこが正真正銘一番だよ」
「ほんとに!? なんか嬉しい。プレゼントは学校に着いてから渡すね」
「分かった」
りこはすっと腕を回してくる。そのことに少し驚いて、りこの方に顔を向けると、りこは何事もないような顔をしていた。
「なに、りこ? 今日は甘えたい日なの?」
「それもあるけど、今回あっくんとちょっとあったからね。私なりに反省してるんだよ」
「それで、こうやってかわいい彼女の部分を見せて、僕をドキドキさせて穴埋めってわけ?」
「ちっ……違うよ!」
「知ってる。冗談だって」
りこは「もう……」と、言いながらむすっと頬を膨らませている。そんなりこのクルクル変わる表情を間近で見れるのが嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう。
「ねえ、なんで笑ってるの?」
「なんかさ、こうやって当たり前に一緒にいて、少しの表情の変化でも嬉しくてさ。りこがかわいくて仕方ないんだよ」
「そんなこと急に言われてもなにもでないよ? あっ、でも、今日はプレゼントあるか」
「そうだね。ねえ、りこ」
「なに?」
「負い目なんて感じなくていいんだからね。きっと何があっても僕とりこなら大丈夫。少し離れてもすぐにこんな感じで元のいい関係に戻れるんだから」
「――うん」
「これからはお互いにもっとちゃんと話そう?」
「そうだね」
「サプライズの準備はしにくくなるけど、それでもギクシャクするよりマシだから」
「私もそう思ったよ。ねえ、あっくんは私のこと泣かせたいの?」
りこはいつの間にか鼻を小さくすすっていた。
「そんなわけないじゃん。僕はりこにはできるだけ笑っててほしいよ。てか、今の流れでなんで泣くの?」
「なんか、あっくんが優しすぎてさ……きゅーって胸が締め付けられて、気が付いたら涙が」
「悲しくて泣くんじゃないならいいんじゃない?」
「もう、そういうところだよ。本当にずるい」
りこはそう言って、僕の顔を見上げると涙がすっと筋になって流れるも表情は明るくて。不思議な綺麗さがそこにあった。僕はポケットから今日はまだ使っていないハンカチを取り出し、りこの涙をそっと拭いた。
りこがさっきまでより強くギュッと腕に抱きついてきて、僕を見上げながら笑っていて、その僕だけに向けられる最高の笑顔を見て、りこの温かさを感じながら、もうすぐそこに見えてきた学校を目指した。
教室に入り、自分の席に座って一息つくより先に、
「あっくん。誕生日おめでとう」
と、りこが紙袋を僕に渡してきた。それを受け取りながら、
「ありがとう。開けてもいい?」
と、尋ね返すと、「もちろん」と笑顔で返事が返ってきた。その言葉を合図に紙袋を丁寧に開封していくと中にはマフラーが入っていた。黒のマフラーで広げてみると、少し長いような気もした。
「それ、手編みなんだからね」
「まじで? すごいね。それよりなんか長くない? 僕、こんな長いマフラー使ったことないんだけど」
「じゃあ、ちょっと貸して?」
りこは僕の正面に立つと、マフラーを僕の首にそっとかけ、前でクロスさせて、後ろで軽く結んだ。
「こんな風に巻いたら?」
「うん。いいね。これだとすごいあったかい」
そのまま肌触りや温もりを堪能していると、ほのかにりこの好きなアロマの香りがマフラーからした。
「なんかマフラーからりこの匂いがする」
「どういうこと?」
「りこの好きなアロマの匂いがマフラーからするんだよ」
「本当に?」
りこは顔を近づけてマフラーの匂いを嗅ぐと、少しだけ驚いたような表情になる。
「あっ、ほんとだね。私の部屋でずっと編んだり保管したりしてたから匂いが移ったのかもね」
「なんか手編みの次にこの匂いが嬉しいかも。ちょっと安心する。あっ、でも、クリーニングに出したり、マフラー使わない季節の間に匂いが抜けそうだね。なんかもったいない」
「それなら、使わない期間は私の部屋に置いておくか、あっくんも同じアロマを使えばいいんだよ」
「そうだよなあ……」
どちらもいいなと思って、悩んでいると、りこがクスクスと笑い始めた。
「あのさ、マフラーを長くしたのには理由があるんだ」
「どんな?」
「ちょっとやっていい?」
「もちろん」
りこはさっき巻いたマフラーを解いていき、「ちょっと隣いい?」と言いながら、僕が座ってる椅子に自分のお尻を滑り込ませる。
そのままくっついたまま、マフラーを器用に僕とりこ自身に巻いて、真ん中に結び目が来る。
「これやりたっかたんだ」
りこはそう言って少し恥ずかしそうにはにかむ。僕も不意のことと、りこの顔が近すぎることに照れてしまい、言葉が出てこない。マフラーのせいだけじゃなく顔が暑い。
「何か言ってよ、あっくん。何も言われないとなんか恥ずかしんだけど?」
「いいと思うよ。ただ人前でするのはちょっと恥ずかしいというか」
「別にいいじゃん。このクラスでは私たちなんてくっついてて当たり前くらいにしか思われてないよ」
りこの言葉の言う通り、クラスをさっと見回すと、こっちをちらっと一度は見るが、それ以降はすぐに何事もなかったように誰かと話したり、自分のことに戻ったりしていた。
それを見ながらのんびりとマフラーの温かさや匂い、ぴったりとくっついているりこの体温を感じながらまったりしていると、野瀬さんと柴宮さんが教室に入ってきた。そして、僕とりこを見ると、ニヤニヤしながら近づいてきた。
「おはよう。今日はいつにも増して、お熱いことで」
「もう見慣れてきたけど、さすがに少し驚いたよー」
「今日は特別だからいいんだよ。ねっ、あっくん」
「ここで僕に同意を求める?」
りことマフラーで繋がったまま近距離で顔を見合わせて笑い合う。そこに柴宮さんの笑い声も重なる。
「あー、はいはい。仲がいいことで。特別といえば、岩月、今日誕生日だよね。おめでとう」
「おめでとう、岩月。私と千咲からプレゼントだよー」
そう言う柴宮さんに合わせて野瀬さんが鞄から薄い紙袋を手渡してくれる。
「ありがとう。開けても?」
「もちろん」
野瀬さんと柴宮さんがどこか自信ありげな顔をしているので、何かいいものをくれたのかもしれない。隣のりこも「なにかな?」と、楽しそうに僕を急かしてくる。
紙袋をゆっくりと開けて、中身を取り出すと、シックなデザインのレザーのブックカバーだった。触り心地もいいし、サイズも文庫サイズで使いやすいし、無駄な装飾もなくて文句のつけようもないものだった。
「すごい嬉しいけど、なんでブックカバー?」
「ああ、岩月が本好きで小説なんかはカバーで汚れないようにしてるのは、借りたりしてるから知ってるけど、こだわりないからか本屋でつけてもらえるカバーじゃん? こういうのあったら、いいかなって思ったんだ」
野瀬さんの説明を柴宮さんは隣でうんうんと頷いている。
「ありがとう。大事に使うよ」
そう口にして、読みかけの本を鞄から取り出し、さっそく貰ったブックカバーをつけてみる。なかなかの見映えと装着感にテンションが上がる。さらにカバーの重みや硬さのおかげで片手で開いたときの安定感がよくなったように思えた。
「なんかこんなに祝われていいのかな?」
「いいんじゃない、あっくん?」
「そうそう。今までどんな寂しい誕生日送ってきたのよ?」
野瀬さんの言葉に僕以外が笑い始める。それを見ながら僕も口元が自然に緩むのを感じた。本当に素敵な彼女と友達に恵まれて僕は幸せだと思った。
一足遅れて、相川が教室に入ってきて、真っ直ぐにこっちにやってくる。
「おはよう。なになに? なんの盛り上がり?」
「今日、岩月の誕生日じゃん。それでみんなでプレゼントあげて、おめでとうって流れだよ」
「えっ!? 篤志、今日、誕生日だったの?」
こんな展開、前にもあった気がした。
「そうだよ。僕の誕生日。相川以外はみんなちゃんと覚えてて、こうして祝ってくれたんだ。まさか、僕の親友を自称する相川君は忘れてた、なんてことはないよね?」
相川は分かりやすく焦り始めて、「そ、そんなわけないだろ」と口にしているのを見て、相川を除く四人が声を上げて笑い始める。
「やっぱ、相川だよな……」
「うん。こういう気遣いができないからモテないのかな?」
「祐奈、思ってても口にしたらかわいそうでしょ?」
「千咲だって、そういうからには同じように思ってるってことでしょう?」
「ああ!! わかったよ! 帰りに篤志にケーキ奢るよ」
「ありがと。じゃあ、期待してるよ」
「期待って、なんだよ?」
「帰りってことは、僕の隣にはりこもいるよね?」
「そうだね、あっくん」
「私と千咲も一緒に帰るよ。ねっ、千咲?」
「もちろん。それで、どうするの? 相川」
「俺にたかる気かよ、お前ら!!」
「自称親友の岩月の誕生日忘れたのは誰だっけ? 私たちはみんなちゃんとプレゼント用意したわよ」
野瀬さんの言葉がトドメだった。しかしながら、相川の財布の中身が寂しいという自己申告がされ、ケーキは二個で、それを僕とりこ、野瀬さんと柴宮さんという組み合わせで分け合うことにした。
その話がひと段落したところで、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴り、藤崎先生がチャイムと同時に入ってきた。そして、僕たちの方に視線を向け、
「はい、そこ! 自分の席に着きなさい。それとそこのうちのクラスのバカップルもマフラー取って、ちゃんと席に着きなさい」
と、わざとらしく僕たちを注意してくるので、教室はクスクスという笑いに包まれた。野瀬さんと柴宮さんと相川は笑いながら、自分の席にそそくさと歩いて行き、りこが手早くマフラーを解いて、僕の膝の上に置いて、すぐ後ろの自分の席に戻って行った。
こうして、いつもの僕たちの学校での一日がスタートした。
藤崎先生の話を聞きながら、僕は体と胸の中に残るあたたかさの余韻に浸っていた――。
りこと迎える初めての冬がもうすぐそこにまで迫っていた――。
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