何度でもキミと恋をする
たれねこ
第1話 キミと出会った春に、未来を ①
ピッ――。
電子音を合図に開く改札を抜ける。これから幾度も使うことになる最寄り駅。辺りをさっと見回すと自分と同じ制服を着た人もちらほら見える。
駅舎を出て学校に向けて歩き始めると、桜が目に入った。今年は暖冬の影響か、四月の始めだというのにところどころに植えられている桜は満開とまではいかないまでも咲き誇り、春の新生活に彩りを添えている。
時折吹き抜ける強い春風に枝を揺らし、桜の花弁が舞う様は、これから入学式を迎える僕たち高校生を祝福しているかのようだった。
そんな景色を横目に歩いていると、フッと頭の中にイメージが流れ込んできた。
*
少し前を同じ制服の女の子が俯き加減に歩いている姿が見えた。ポニーテールが歩くのに合わせて柔らかく揺れる。よく見たら、髪の毛に桜の花びらがついていて微笑ましく感じた。
そこに自転車の急ブレーキの高い音が響き、先ほどの女の子がドンっと突き飛ばされ、視界に急に入ってきた自転車がハンドルをきった際に点字ブロックの凹凸にタイヤをとられ、バランスを崩して僕の方に倒れ込んできた。とっさのことで反応できず自転車と激突して、尻もちをついた。腰とぶつかったところがズキズキと痛んだが、他は大丈夫そうな気がした。そして、顔を上げると、うずくまるポニーテールの女の子は膝から血を流しているのが見えた――。
*
イメージの再生が終了したのか、現在に戻ってくる。辺りを確認すると、少し前を同じ制服を着たポニーテールの女の子が歩いていた。髪の毛には桜の花びらはまだついていない。
イメージで見た場面と風景は変わらないので、さっき見た出来事が実際に起こるまでそんなに時間がないのだろう。選択を迫られるが悩むことはなかった。
制服のポケットからハンカチを取り出し、小走りに前を歩く女の子を追いかけた。追いついて、肩を叩こうとした瞬間、ポニーテールに桜の花びらが、すっと落ちてきた。
「あの、すいません」
そう言いながら女の子の肩を叩く。しかし、視線は女の子の向こうの光景。
「な、なんですか?」
おそるおそると言った風に警戒の表情を向けられる。
「ハンカチ落としませんでした?」
そう言いながら、手にしたハンカチを見せる。こういう時のために女子も使うようなブランドのシンプルなハンカチを普段から使っている。
「えっ、そうですか?」
女の子はそう言いながら、自分のポケットに手を入れる。その瞬間、すぐ近くの横道から自転車がすごいスピードで飛び出してきた。それをはっきりと確認したので、女の子の腕を引き、ぐっと体ごと引き寄せる。間一髪というところで自転車はすぐ脇を通り過ぎていくが、運転していた人の腕か肩が当たったのか、「キャッ!」と声を上げ、女の子はバランスを崩し倒れ込んできた。それは予想外で、女の子をかばうように一緒に倒れ、尻もちをついてしまう。
自転車は点字ブロックにタイヤを引っ掛けて、ガッシャーンと大きな音を立てて、一人でこけていた。そして、恥ずかしさやバツの悪さを噛みしめたような表情を浮かべ、横になった自転車を起こし、逃げるように走り去っていった。
自転車の転倒に巻き込まれる人がいなくてホッとして、
「――よかった」
そう小声で呟くと、ふいに体に重みと温かさを感じることに気付いた。女の子がずっと体の上に乗ったままになっていた。何かリアクションを起こす前にハンカチをそっと制服のポケットに戻す。
「だ、大丈夫ですか?」
そう言う僕の声に反応して、
「あっ、はい。なんとか……」
そう答え、ホッとしたように息を吐いたところで状況に気付いたのか、
「あわわわわ。ごめんなさい、ごめんなさい」
顔を真っ赤にしてバッと体を離し、立ち上がった。そして、何度も頭を下げてくる。僕たちを歩いて追い抜く人から視線を浴びつつもくすくすと小さく笑われるのは、さっきの状況で怪我もなく無事そうだったという安心からくるものもあるだろう。
僕も立ち上がりズボンについた砂を払っていると、腰が少しズキズキと痛んだが、さっき見たイメージの痛みに比べたら大したことはない。
「それで、怪我はない?」
女の子は自分の体を見る。手の平、膝、体を捻ってふくらはぎと見て、
「はい、おかげで大丈夫みたいです」
そう頭を下げてくる。
「それはよかった。でも、自転車のハンドルかなんかぶつかったんじゃない?」
「はい、でも、痛みはないので大丈夫かと」
そう答える女の子の背中を軽く払い制服の皺を伸ばしてあげる。そのついでに、「少し動かないで」と口にし、女の子が緊張に体を強張らせているのを感じながら、ポニーテールについた桜の花びらを取ってあげる。
「はい、これ。髪についてたよ」
桜の花びらを手渡すと、「じゃあ、僕はこれで」と、呆気にとられる女の子を残し、学校に向かい少し早足で歩き始めた。
こんなふうに僕、
未来の記憶――僕は自分の中でこの現象を勝手にそう呼んでいた。
今回は自転車にぶつかる未来の記憶が見えた。自分が痛いのも、巻き込まれて怪我をしてしまう女の子を見るのも嫌なので、その未来を回避した、というわけになる。もしかしたら、別の僕がそういう経験を実際にしたのかもしれない。
こんな便利に思える力も、実のところけっこう不便だったりする。見たいときに見れるわけではないし、見えた未来がどれくらい先の出来事なのかも分からない。
そもそもどうして自分に未来を見る力があるのかは分からない。
そして、僕はこんな力があることを周りには話せず、少々変な行動をしても怪しまれないように軽く適当な人間を演じながら、人との距離を取りながら過ごしている。
物心ついたときから未来が見える僕は、未来に期待するということが苦手で、これから始まる高校生活のことを考えると、内心では気が重くなるばかりだった――。
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