第242話 レグゼリアサイド
〜とある洞窟の奥〜
目の前には自身と同じ、白髪褐色肌の青年がいた。
名はまだ無い。昨日この青年を産んだばかりで、まだ名付けてないからだ。
ヒトの出産というものは、想像以上に痛覚を刺激されるものだと実感した。
無論、私は神なので痛覚を和らげることくらい、造作もない。ただ……そうだな、実際に産んでみるとこれがどうして中々、ある種の達成感のようなものを感じた。
産まれた子供は人間と、
好奇心から人を依り代にしたはいいが、私の能力はかなり限定的なものになってしまった。
暫くは息子に人類浄化を任せて、力を蓄えなければならない。
「……そうだ。いつまでも息子と呼ぶのも味気ないものだ。神の残滓と言えど神には違いない。私が直々に名を与えよう」
私が手招きすると、青年はしっかりとした足取りで目の前に立った。
「いいか、そなたの名は────カリオン。覚えておくのだぞ?」
カリオンは小さく頷いた。
喋ることは出来なくとも、こちらの話す事は理解出来るようだ。我が子ながら優秀ではないか。
それを口にしそうになって、ハッと我に返った。
「なんだ、この感情は……。心が太陽の光に包まれたような、なんとも心地良い暖かさではないか」
私はエリスの残滓。神だった頃は常に平坦で冷静で、そして冷徹に決断していた。怒りも喜びもなく、世界にとってヒトは邪魔だと認識したからこそ、淡々と浄化に向けて行動を起こした。
フォルトゥナが人間に加担し、私は敗れた。
ヒトの意思を力に変える神剣は私の力を超えるに至ったのだ。知りたいと思うのは当然のことだ。
だが、人を依り代にしたことで、それまで取るに足らなかった事が気になるようになった。
カリオンは私の前で跪いて頭を下げている。インプットされた知識を元に騎士の真似事をしているようだ。
それを見るとやはり心が少し暖かくなっていく。
「外に出る時は服を着て行きなさい。魔力で作れるでしょう?」
カリオンは小さく頷いたあと、手のひらに魔力玉を作り出し、それを握り潰した。すると、黒い魔力が身体を包み込み黒い服を形成した。
粗はあるが、見事な装備魔術だ。
「私は減少した魔力と神性が戻るまでここで休む。カリオン、そなたはクリミナルを率いて集落を襲うのだ。くれぐれも、いきなり大都市を襲うことのないように、な」
カリオンは洞窟を去っていった。先程まで感じていた暖かさが嘘の様に霧散した。暖かさを失えば元に戻るわけじゃないのか……むしろ、寂しさを感じるな。
過去の敗北から神に戻る事はできない。些細な好奇心で人を依り代に顕現してみたが、良くも悪くも刺戟的だった。
☆☆☆
〜レグゼリア王国・国境上空〜
地上からは矢と火の魔術が、上空からは黒い矢が降り注いでいた。
ロイ達の開戦に合わせてレグゼリアへの侵攻を始めたが、中々手強いではないか。
戦況を俯瞰していると、妖艶なる下僕であるサキュバスクイーンが傍にきた。
「魔王様、私の責任において先鋒を務めさせて頂きたく……」
人間の手に、サキュバスの素体が渡ってしまったのを悔いているのだろう。
我への進言もすでに2度目だ。普段であればクドいと一喝するところだが、この者の意を汲むなら諭すべきだ。
「かつて世界は人間と魔族の勢力が覇を競い合っていた。今は争いこそ禁忌への道として我らは世界の隅に住処を移している。年月を経れば、神との戦争の悲惨さはただの伝承となり、抑止力も次第に失われていく。人間を争わせて隙きを突こうと画策する一族が出てきてもおかしくない」
「存じております。人間の身体に最も親和性があるのは、情欲を餌とする私共の特性上、仕方ないと。ですが、まさか死体を培養されるだなんて!」
「そうだ“まさか”だ。未来なんて誰にも読めない。悪性を司るエリスであろうとも、ヒトの結束の前に敗れたのだ。お前のせいではない。今は前を向いて、この戦争に貢献してくれ」
「…………。」
サキュバスクイーンは納得がいかないのか、口を噤んだまま言葉を発しなくなった。我は溜め息を吐きつつサキュバスクイーンの肩を軽く叩く。
「お前達は、治癒の魔術が得意なのだろう? 怪我した者を癒やしてやれ」
妖艶さなど微塵もないばかりの笑顔を一瞬浮かべて、すぐにハッと顔を正した。
「承知しました!」
サキュバスクイーンとサキュバス達は、後方へと後退していった。
戦況はこちらが優勢。向こうの矢は届きにくく、火の魔術は速度に難がある。
反面、こちらは頭上の有利を得ており、闇魔術は火力面において劣るものの速度はこちらが上。
このまま順調に進めばいいのだが……嫌な予感がするな。
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