第212話 人狼戦・2

 獣の嗅覚というのは人間を遥かに越えていると聞く。それは人狼も例外ではないらしく、地下空間でユキノを抱えて脱出口に向かうロイはすぐに発見されてしまった。


 それぞれの部屋から次々と人狼たちが現れてロイ目掛けて走ってくる。いかに【影衣焔かげいほむら】を使って超加速しようとも、人間を遥かに越える脚力で追い付かれてしまう。


「何故ここに余所者がいる! 見られたからには生かしてはおけない!」


「へっ、生憎とこんな辺鄙な村でやられるわけにもいかないんでな。降りかかる火の粉は払わせてもう!」


 影衣焔に追い付いた人狼は鋭い爪をロイに振り下ろす。ロイはユキノを抱えたまま1回転、人狼の腕を蹴って軌道を逸らし直撃を免れる。


 一連の動作の合間に短剣を2本投擲してみたが、人狼に当たる直前で見えないベールの様なものに阻まれて失速、そのままカランカランと音を立てて地面に落ちた。


 Bランク以下の武器による攻撃は効果がない。伝承通りの神秘を持っているようだな……。


「ロ、ロイさん! いきなりぐるんって回ったら驚きますよぉ~~!」


 腕の中のユキノは抗議の声を上げる。背後にいる人狼の攻撃を捌きながらロイは答えた。


「他にやりようがないんだ、我慢しろ」


「他の方法があれば良いんですね?」


「ん? まぁ、そうだな」


 その言葉を受けたユキノは、ロイの身体を思いっきり抱き締めた。密着度の増大と共に豊満な乳房がムニュリと潰れ、思わず影衣焔が解けそうになった。



「お、おいっ! 今はそんなことしてる場合じゃないだろ」


「そんなこと? 私はただこうすればいいと思っただけですよ。────【祝福盾ブレスシールド】!」


 ユキノがスキルを発動したと同時に、白銀の盾がロイの背面に現れた。そしてゴーンッという音が聞こえてきた。


 背後を確認するまでもなく、音の正体は人狼であることがわかる。なるほど俺は前だけ見て走る、ユキノは攻撃寸前の人狼に盾をぶつける……どうして中々、いい作戦を思い付くじゃないか。


「ユキノ、ナイスだ。このまま一気に駆け抜けるぞ!」


「はい!」


 ロイとユキノはコンビネーションを用いて出口へと駆け抜けた。そして木製の扉を突き破ってなんとか外に出ると、辺はすでに真っ暗で人の気配を微塵も感じさせない程に静かだった。


 それはそうだろう。この村は夜、生活の場を地下に移している為、地上で生活音が聞こえる訳がない。


 聞こえてくるのは……地下から続々と出てくる人狼の音だけだ。ユキノを誘拐した人狼2体に関してはすでに制裁を与えている。腕、背中、そしてアキレス腱……恐らくあの傷は人間に戻っても残る大きな傷だ。だから追ってこないならこのまま立ち去っても良かったんだが……。


「ロイさん……囲まれてますよ?」


「みたいだな」


 屋根の上に上がったロイは、息つく暇もなく囲まれていた。そして、人狼達の間を割って前に出てきた人狼がいた。

 ロイ達が村に到着して早々に槍を向けてきた、あの男の面影がある。


「2人から事情を聞いた。こちらに不手際があった事は申し訳なく思っている」


「そうかい、じゃあこのまま俺達は歩いて門を抜けられるんだな?」


 問いかけに対して人狼は首を振った。


「あなた達には悪いが……それは無理な話だ」


 まぁ、そうだろうな。この村にはギルドがない。それは自前の戦力で周辺の魔物を狩り尽くせるからだ。だが、その戦力とやらが人狼であれば、今度は逆にギルドから狙われる可能性が高くなる。


 この村がギルドを設置しない理由であり、目撃者とその関係者は始末しなければならない理由でもある。


「今まで結構な数の冒険者を殺してきたな?」


「仕方のないことなんだ……。私達は人だ、年月と共に心が荒んでいく。この村は滅びるんじゃないか、それだったら……女を拐って子供を産ませれば存続するのではないか? そう言う意見も最近は増えてきている」


「違うな、アンタらは人じゃない。そう言う考えを抱く奴が現れ始めた段階で人から離れ始めてるんだ。他所の女を拐って子供を産ませる……獣じゃねえか!」


 ロイの言葉に周囲の人狼は殺気立つ。人の気も知らないで、そう思っているに違いない。


「村のみんなは……これまで呪いを治そうとしましたか?」


 隣に立っていたユキノがそう問いかけると、村長らしき人狼が答えた。


「当たり前だ。何度も試した……だが、治癒師は匙を投げ、呪術師は呪詛返しを受けて死んだ。それどころか、治癒師は私達のことをギルドに報告すると言い出した!」


「もしかして……あなた達を助けようとした人すらも……」


 ユキノは口に手を当てて驚いてる。きっと、呪いを受けてからそう時間が経ってない頃の話だろう。討伐されるかなんて、わからない……なのにコイツらは間違えてしまった。


「ユキノ、もうダメだ。行き着くところまで行っている」


「そう、ですね……。あなた達はもう、被害者ではなく────加害者です!」



 言い放つや否や、我慢できなくなった人狼達が一気に距離を詰めてきた。

 ユキノは両手を前に掲げて祝福盾ブレスシールドを作り出した。


 だが、何故か盾に衝撃がこない。恐る恐る盾を横にズラすと、目の前の光景に対してユキノは驚きのあまり目を見開いた。



「いつまでも戻って来ないから心配していたら……こんな事になってるなんて思わなかったですわ」


 そう言ってソフィアは槍で人狼を押し返した。


「そういえば今日はソフィアの番だったよね? ロイくーん、待たせた分……かなり搾られるかもよ?」


 アンジュが剣で素早く人狼の胴体に斬り込む。


「いやいや、まずはこの狼? みたいなのに疑問を抱きなさいよ……」


 サリナは呆れ気味に石突きで人狼の顎をかち上げた。


「あの、ロイ殿! 私も一応いますので!」


 御者のルフィーナが魔術剣【エアロスパイク】を人狼に叩き込んだあと、手を振ってきた。


「お前ら……来てくれたのか。マジで助かった」


「ロイ、とにかくあなたはリンクしなさいな。私達が時間を稼ぐから」


「ソフィア、感謝する!」


 ロイが向き直ると、ユキノは少し困った顔をしたあとニヘラ〜っと微笑んだ。


「じゃあ、いくぞ」


「はい、……来てください」


 ロイとユキノは、リンクの為の準備に入った。

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