第210話 獣の呪い
あれからどれだけ待っただろうか……ユキノだけが何故か帰ってこない。
服飾屋で色々と購入した女性陣は、その後バラバラに行動したのだという。最初はソフィア、次にサリナ、そして最後にアンジュが戻ってきて以降、ユキノが戻ってこなかった。
まだ日没まで時間があるので、ロイ一人で捜索することになった。
まず最初に訪れたのは食材屋で、店内はそれほど広くなく、店員に黒髪の女が来たか聞いても知らないという答えしか返ってこない。次に立ち寄ったのは服飾屋で、店員に聞いても解散後は一度も店に戻ってきていないと言っていた。
ユキノはポヤヤンとしているけど、この小さな村で迷子になるほど天然じゃない。胸騒ぎがする……こういう時はユキノが立ち寄らないであろうところを捜すべきだろう。
ロイはそう考えて捜索範囲を村全体に広げていった。
大広場の真ん中で【シャドーセンス】を発動する。シャドーセンスは影の粒子を散布して、術者により多くの情報を伝達する探索型のスキル。
人間は知らず知らずのうちに微弱な魔力の粒子を漏らしている。それを拾い上げていけば何かわかるかもしれない。そう考えて少しの間魔力の残滓を拾い上げていたのだが、ロイはあることに気が付いてしまった。
大広場を通りがかる人間の魔力に、少しだけ違和感を感じたのだ。闇人形や闇の子供である”魔人種”と少し似ている気がする。
表現としては、闇人形は白と黒を混ぜて灰色になっているが、この村の人間はまだら模様であり、今まであった人間にはない特徴だった。
そんな中、僅かにユキノの魔力の残滓を拾い上げることに成功した。大広場西側の裏路地に向かってそれは流れていた。恐らく、あと十分遅かったら残滓が薄まり過ぎて探知することは出来なかったかもしれない。
幸運に感謝しつつ裏路地に足を踏み入れると、どこに続いてるわけでもなく、文字通り袋小路に出てしまった。
ユキノがこっちに向かったのはわかっている。例え魔術で巧妙に隠蔽していたとしてもシャドーセンスの前には無力に等しい。
「地面に向かって残滓が続いているな。どれどれ……」
しゃがんで地面に手を当ててみる。乾いた土の下に木の板のようなものがある。しかもこの部分だけ土が新しい。
これは恐らく、魔力土だ。木の扉を閉めると、自動的に扉の上に薄く魔力で出来た土が出現して隠蔽するという魔術だ。
神剣で魔力土を払い除けると木の扉が現れた。なるほど、隠し扉ってわけか。待ってろよ、ユキノ……今助けにいくからな。
ロイは扉を開けて地下へと降り立った。
☆☆☆
意識が朦朧とする。重たい瞼を開けると、男の人が2人立っていた。しかも何故か大声で言い争っていて、私の意識が覚醒したのにも気付いていない。
「外部の人間を誘拐して、どうするつもりなんだよ!」
「俺達の村はこのままじゃ滅びてしまう! 村の女は子供を産めないし、こうするしかねえんだよ!」
「そんなことはわかってる……だけど、それは仕方ないことだろ。この呪いは外に持ち出しちゃいけないんだ、そういう取り決めになっただろ……」
「俺の幼馴染が消滅した……お前だって見ただろ」
「ああ、知ってる。だがそれも定めだ、彼女だって納得してたはずだ」
「だけど、だけどよぉぉぉぉ!」
なんだかよくわからないけど、地面に蹲って泣いてる人は幼馴染を亡くしたと言っていた。きっと辛い思いをしたに違いない。ハルトのことはもう好きじゃないけれど、単純に幼馴染としては心配している。アルスの塔以降、彼の消息は不明で……できれば生きていて欲しいとさえ思っている。
十字架のような拘束具に磔にされたユキノはどうにか抜け出せないものかと腕を動かしてみるも、鎖のジャラジャラという音が聞こえるだけでびくともしなかった。
男2人はここでようやくユキノが目を覚ましたのに気付く。
「悪いな、嬢ちゃん……身代金とかそういうのを求めてるわけじゃないんだ」
「じゃ、じゃあ何のために私を誘拐したんですか!」
ユキノは声を荒げつつ、徐々に記憶が戻って来た。
捕まったのは私の不注意だ。猫を追いかけて裏路地に行ったら湿った布を口に当てられて意識を失った。現代ドラマでよくある手法をまさか異世界でされるとは思いもしなかった。
「聞いていたんだろ? 俺達の村はとある呪いで壊滅寸前なんだ……それをアンタに救ってほしい」
男はそう言って小瓶のような物を手に近付いてきた。その小瓶から漂う匂いがかなり甘く感じる……砂糖のような甘さじゃなくて、なんというか、こう……”惹きつけられるような匂い”という表現が正しいと思った。
「それ、なんですか! それに救ってほしいって────」
ユキノはそこまで言いかけて言葉を切った。何故なら、男の姿が大きく変化し始めたからだ。肌色の皮膚からは硬そうな灰色の毛が次々に生えていき、口は大きく裂け、人間らしい歯が獣の牙にように尖っていく。
もう1人の男も同じように変化し、最終的には狼のような姿へと変貌を遂げていた。
「驚いたか? 30年ほど前、婚約寸前の村娘を貴族が無理矢理奪っていった。それに対して村総出で反抗したら……御付きの魔術師から呪いをかけられちまったんだよ。いわゆる”人狼の呪い”ってやつだ……」
急な状況の変化に対して理解し難い状況だけど、彼らが困った末に私を誘拐したというのだけはわかる。だけど、本能がこの小瓶を危険だと判断している。彼らの望む救済とは、単純に魔物を倒してハイ終わり、みたいなものじゃないのかもしれない。
「あなた達が望むなら……私たちがあなた達の敵を打ち払います。だからこんなことは止めてください」
時間稼ぎと情報収集をしないといけない。とにかく話かけて、彼らのしようとしてることを先延ばしにしないといけない。
ユキノの思惑通り、男は語り始めた。私に対してある程度の理解をしてもらおうとしてる辺り、生粋の悪人ではないのかもしれない。
「俺達が望むのは……嬢ちゃんの腹だ」
「……えっ、腹?」
「人狼は子供を産めないんだ。俺の幼馴染も子供を産めない身体になって……先週、砂となって消えちまった。歳を取らない代わりに死体すら残らない、子供も産めない……だけど俺達はこのまま滅びたくない! なのに、
どうやらこの人は村の総意に反対して余所者を引き入れたいという考えを抱いてるみたい。大体わかってきた……なんであんなにも追い出そうとするのかを。それはきっと、村人の正体が知れ渡ってギルドに討伐依頼を出されるのを恐れてのことだと思う。
グランツ聖王国のフィリアさんは、想い人もいないうちに処女懐胎を経験して、その心に深い傷を負っていた。もし私だったらと思うと背筋がゾッとする。いや、現に目の前の男の人はこれからフィリアさんにしたことに近いことを私にしようとしてるはず……どうにかして逃げないと!
「な、なぁ……やっぱ止めないか? 今なら謝って済むかもしれないだろ」
「もう遅いんだよ! この嬢ちゃんを、俺達は! 誘拐したんだよ! 現実から目を背けるな!」
人狼はカチャカチャとベルトを外してズボンを地面に投げ捨てた。ユキノが目を背けると獣の指で強引に顔を正面に向けられた。
「この小瓶はインキュバスの体液を調合して作ったとても貴重な媚薬だ。飲めば我を忘れて快楽に溺れることが出来る……俺のを受け入れても痛くはないはずだ」
「い、いやぁっ! そんなの、いやぁぁぁぁぁっ!」
顎をクイっと上げられて人狼は小瓶を上に掲げる。少しでも傾けたら中の液体がユキノの口内に入る位置だった。目を瞑って心を守ろうとするも────何故か液体は流れてこなかった。
恐る恐る目を開けると、人狼が持っていた小瓶が何故か消えていた。そして懐かしい声が聞こえてきた。
「俺の女に触れてんじゃねえよ。狼野郎!」
自身と同じ黒い髪の少年が、小瓶を地面に叩き付けて白銀の剣を抜いていた。その瞳は赤く燃えていて人狼に対して怒りの色を宿していた。その少年はこの一年ほど行動を共にして、やがて愛しい存在となった恋人────ロイさんだった。
Tips
媚薬の効果
たとえユキノ達が飲んだとしても、とある理由から効果はありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。