第169話 フォルトゥナの水殿・サリナ&ソフィア編

 話し合いの結果、ロイ一行いっこうはバラバラに遊ぶ事になった。


 どうにも遊ぶ気になれないのでプールサイドを彷徨うろついていると、日傘の下で寝そべる女子2人が目についた。


 片方は長い銀髪をサイドテールに纏めたソフィアで、水着はフリルの付いた水色のビキニだった。


 もう片方はロイの母親の形見である髪紐を使ってポニーテールにしているサリナ、水着はタンクトップにビキニという見たことのない水着だった。


 2人の元に近付くと、俺の気配に気付いたサリナが気だるそうに見上げてきた。


「ロイ、何か用?」


「用なんてない。それよりも随分とダルそうだな、具合でも悪いのか?」


「朝晩の寒暖差が激しくて、ちょっとバテてる」


「言われてみると俺も少しダルいな、もう少ししたら慣れるだろうから、それまでの辛抱だ」


「それよりも、ソフィアが寝てるから起こさないであげて」


 サリナに言われて隣を見ると、ソフィアが寝息を立てて無防備に寝ていた。

 息をする度に上下する大きな胸が、俺の視線を釘付けにしてしまう。


「ちょっとロイ、いくら恋人でもそんな風に無遠慮に見ないの!」


「わ、悪い! なんつーか、リンクの時は戦略やら戦術やらで結構焦ってるからさ、冷静になってみてみると──壮観だなって思ってさ」


 ロイがそう言うと、サリナは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。


「あたしも充分大きい方なのに……なんであたしには見向きもしないの?」


「そんな事はない、お前の身体は綺麗だ」


「処女じゃないし……汚いよ」


「気にしていたのか? 俺は初めてかどうかなんて気にしない。大切なのは、心だろ」


「じゃあ、抱き付いていい?」


 ロイは少しだけ考えた。


 俺のピチピチの水着が怒張する可能性だってあり得る。だけど、ここでサリナを拒否したらきっと傷付くかもしれない。


 俺の羞恥心かサリナの心か、どちらかを取れと言われたら、間違いなくサリナの心を取る。


 それが最善だと思うから──。


 という事で、ロイは両手を広げてサリナの正面に座った。


 恋人になってからサリナと二人っきりで過ごしたことは少ない。俺はその事に今になって気付いた。


 そもそもサリナは少しだけ臆病な性格をしていて、そんな彼女が自ら『抱き付いていい?』なんて聞くのは珍しい。


 "本当に好かれているのだろうか?"


 サリナはそんな風に悩んでいたからこそ、自ら聞いてきたのかもしれない。


「どうした、来ないのか?」


「あ、うん……逃げられると思ってたから、驚いちゃって」


「俺はお前が今更ハルトを好きとか言い出しても絶対に渡さない。ガチガチに束縛してやるから、さっさと来い」


「~~~ッ!!」


 サリナは両手で顔を覆い始めた。耳まで真っ赤だから照れてるのがモロバレだ。まぁ、俺も同じ感じだろうけど……。


 少しだけ歯の浮くような台詞を言ったかもしれないが、これは本音だ。

 サリナは恐る恐ると言った感じに抱き付いてきた。少し大きめの胸が俺の胸板で潰れる、髪から香る女特有の匂いが鼻腔をくすぐるが、性欲よりも暖かな気持ちが勝っていた。


 1分ほどでサリナは俺から離れた。


「ありがと」


「どういたしまして」


 気恥ずかしいような、そんな間が続いたところでソフィアが「ん、んん~」と声をあげた。


「起きた訳じゃないのか」


「あ、でも……蟹が……」


 サリナがソフィアの身体を指差した。そこにいたのは小さな蟹で、ソフィアの足から上へと上がろうとしていた。


「んぅ……」


 くすぐったいのか、ソフィアが身動みじろぎした。そして、少しずつ目蓋が開いていく。


「……ぅン……あら、ロイ……どうかしたの?」


 取り敢えず恋人とは言え不用意に触れるのもアレなので、蟹のいる場所を指差した。


 目で追って、それを見て──声をあげた。


「きゃあーーーーーーーっ!!」


 今度はソフィアが抱き付いてきた。ソフィアは冷静で厳しい、そんな彼女が取り乱すところはあまり見たことがない。


「ロイッ!! 早く、早く取ってぇ!」


 蟹はソフィアの肩紐を鋏んでいるため、中々離れない。しかも、腕に思いっきり抱き付いてるから完全に腕が埋まってしまった。


「取ってやるから……とにかく、落ち着け」


 落ち着かせるために、額と額を触れ合わせた。すると、ソフィアは少しずつ平静を取り戻し始めた。


「そ、そうですわね。私としたことが、取り乱してしまったわ」


 ロイの言葉により、落ち着きを取り戻したは良いものの、ソフィアは未だ腕にしがみついて震えていた。


 そーっと蟹を掴んで引っ張る。途中、しゅるしゅるという音が聞こえたけど、それでも構わず蟹を取った。


 ──バルンッ!


 そんな音が聞こえたかもしれない。あろうことか、蟹はソフィアの肩紐にある結び目をがっちり鋏んでいて、それをロイが引っ張った為……片方だけ水着がほどけてしまった。


 眼前にまろびでた半球体。張りと大きさに定評のあるそれは、ロイの腕を直に包み込んでいた。

 白く大きな胸、その先端にある桃色の突起がロイの腕に擦れる度にソフィアは声を我慢している。


 絶句するロイに代わってサリナがフォローに回った。2つの紐を掴み、重量のあるそれを引き上げて手早く結ぶ。


「ほら、2人とも硬直しない。将来的には何度も見るだろうし、早いか遅いかの違いでしかないと思うよ。納得いかないなら、事故と思えばいいじゃない。実際事故なんだしさ」


「そう、ね」

「事故、だよな」


 サリナの言葉を受けて、俺達は視線を合わせた。そして言葉なく互いに頷いたあと、先の出来事は無かったものとして処理をした。


Tips

蟹嫌い


帝国は寒冷地であることから虫の存在すら珍しい。そのため、帝国人であるソフィアは蟹を見たことがなく、今回初めて目撃した結果──蟹嫌いとなってしまった。


その後の話によると「水っぽくて硬いのに、ハサミで威嚇してくるところが気持ち悪くて堪らないわ!」と語っていたという。

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