第163話 決死の覚悟と回復阻止作戦
ヘルブリスは超強化スキル・リーンフォースを使ってロイを追い込んだが、ロイ自身もシャドープリズンで時間稼ぎをして、月光剣アルテミスの召喚に成功した。
リンクした神剣の魔力消費量は膨大で、威力を調節しながら戦闘をしないといけない。それでも通常戦闘に比べたら継戦能力が遥かに短くなってしまうが、それはヘルブリスも同じで、最後の切り札ともいえる上級戦斧スキル・リーンフォースは10分間しか持たない。
つまり、お互いに時間が無い状況での決戦というわけだ。
合計16本の刃の葬列が、ヘルブリス目掛けて
1本1本の攻撃が非常に重く、ロイと打ち合っていた頃とは比べ物にならないほどの負担がヘルブリスの手にかかっていた。
地面に刺さった剣はロイの周囲に再召喚されて、すぐに対象へ飛んでいく。
避けて近付けばいいという、簡単な戦術を取ることすら難しいほどの連射速度。ならば打ち払いながら近付けばいい、そう考えて今の戦術を取っているが、
だが、ヘルブリスは覚悟を決めた。多少のダメージは聖女が回復する、ならば痛みを覚悟して前へ進むのみ。
不敵に笑い、スキルを放つ。
「──【ヴァーティカルマイト】!」
振り下ろし、地面に触れたと同時に魔力が爆発して衝撃波を生む。その結果、5本ほどの神剣が吹き飛ばされてしまった。
ヘルブリスはなおも前進する、神剣の何本かが身体を貫こうとも……。
「──【ホリゾンストライク】!」
剣士の一振りに匹敵する横薙ぎの一撃、これによって神剣は更に吹き飛ばされた。何かに当たるか、一定の距離を離れなければ手元に召喚できない。それを看破している動きだった。
スキルには
渾身の力を込めて剣を振りかぶった。
このままではやられる、そう直感したロイは咄嗟に影衣焔を纏ってバックステップ──戦斧の先端が僅かに当たって身体から血が流れ始めた。
【月下流麗】
ロイを殺し損ねたヘルブリスは、その隙を突かれてアルテミスの専用スキルを全身に受けた。
今度は短剣ではなく、神剣による串刺し。ロイは聖女の方へ叫んだ。
「聖女! お前の言う通り、致命傷を与えたぞ!」
聖女は頷くと、地面に落ちていたロイの短剣を拾って自身の腹に突き立てた。その場にいた一同はロイも含めて驚愕する。
「アンタ……何をしてるんだ!?」
「……回復には、優先順位というものが……あります……」
「優先順位、だと?」
聖女は青い顔をしながら頷いた。
「奴隷紋よりも……聖女のジョブの方が……上位ですから……私の、回復が……優先……」
聖女はそう言って気を失った。いくら自動回復があっても、回復速度を上回る怪我を負えば簡単に死んでしまう。
ロイはユキノに視線を送って密かに聖女を救出するように指示を出した。
「さて、言うべきことはないか?」
冷静に、そして冷酷に尋ねた。
ひゅーひゅーと息をするのもやっとな怪我を負ったヘルブリスは、血を吐きながらもロイを見上げた。
「こんな攻略法があったとは……かはぁっ! ……はぁはぁ、闇の子供たちも直に敗北するか……」
「後悔したか? 今更遅いけどな、裏でやっていたことが明るみになれば、アンタは確実に死刑になるからな」
「くくくく……後悔など、するものか! はぁはぁ、研究データはすでに王国へ送った、今頃はカイロ将軍の元へ着いてる頃だろう……残念だった、な……」
「なんで王国に……アンタほどの人間なら、まともに仕えればそれだけで安泰だろうに!」
「……」
普通と日常を捨てて私欲に走る人間をロイは嫌悪する。だけど返答に答えるべき相手はすでに事切れていた……。
ヘルブリスの死体が変化を始めた。耳は尖り、肌は灰色、身体は1回り大きくなり、その姿はまるで魔族のようだった。
「そうか、そうだったのか……だからあんなに……」
おかしいと思った。いくら体力の高い戦士であろうとも、シャドープリズンで全身を串刺しにされたら絶命するのが道理。だけど瀕死に留まって聖女の回復を受けることに成功していた……それはつまり、人間を越えるバイタリティの持ち主ということであり、それが可能なのは人間の倍の身体能力を有する魔族くらいなものだった。
それと同時に、一抹の不安が脳裏を
帝国でもアルスの塔攻防戦においてはリッチテイカーという魔族が裏で糸を引いていて、ここではいつの間にかヘルブリスに魔族が成り代わっていた。
ゆっくりと、だけど着実に……魔族は表舞台に立つための準備をしている。
──ロイはそう推察していた。
☆☆☆
その後、私兵を全滅させた騎士団の合流により、闇の子供たちは全て倒された。生まれながらにして欠陥を抱える闇の子供たち、その欠陥とは体内で魔力を生成できないというものであり、だれかと契約しなければ1週間と絶たずに死んでしまう。
身勝手な理由で生み出され、身勝手な理由で倒される……胸が痛くなる話だが、俺達は勇者でもなければ正義の味方というわけでもない、これは仕方のないことなんだ。
自身にそう言い聞かせてロイはその場を後にした。
「ロイさん!」
王城のバルコニーで風に当たっていると、ユキノが追いかけてきた。
「どうかしたのか?」
「どうかしたじゃありませんよ! 最後の一撃、ロイさんも受けてましたよね? ほら、血が流れてる……」
ユキノはロイを地面に座らせると、【フェオ・リジェネレイト】を患部に施した。
傷が暖かな光に覆われて、少しずつ癒えていく。何も言わず、ただ隣に座って寄り添っている。
「俺は勇者じゃない、全てを救うなんて夢物語を押し付けられるのは好きじゃない。目の届く範囲だけ平和であったらいいんだ」
「ふふ、ロイさんの目の届く範囲って、エデンからグランツまでなんですか? まるで千里眼みたいですね」
「……うるせえ」
不意に、ユキノが肩に頭を乗せてきた。触れ合う肩と腕の温もりが心地よく感じてくる。
「私はどこまでも御供します。どこへ行ったりもしません、常にあなたの”目の届く範囲”にいますよ」
「……そうか」
素っ気なく答えたロイだが、その顔は少しだけ笑っていたのだった。
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