第161話 聖女の葛藤

 戦況は騎士団優位で進み、城内の半分を制圧した頃──ロイ達は聖女の間へと足を踏み入れていた。


 聖女の間は白一色で統一されており、壁際には女神像が立ち並んでいた。


 眼前に2人の後ろ姿が見える。片方は白いローブを纏っていて、流線形の背中をしていることから女であることがわかる。


 片方は白髪を綺麗に整えていて、貴族に仕える執事を連想させる後ろ姿だ。だけど服装がそこらの貴族よりも豪華に見えることから、コイツがヘルブリス執政官であることが見て取れた。


 ……取り敢えず、問答無用だな。


 聖女の間の入口からヘルブリスに手の平を向け、次元の裏側で神剣を弓矢のように引き絞る。


 背後からは聞こえるみんなの息遣いは、やや緊張しているように感じた。


『神剣──射出シュート!』


 心の中で唱えて神剣を放った。ロイの手の平より少し先の空間から神剣が現れて、空気を切り裂く音を立てながら進んでいく。


 その僅かな音に気付いたヘルブリスは、咄嗟に身体を捻って避けようとするが、時すでに遅く、神剣は右腕に深々と刺さってしまった。


「ぬうっ!?」


 気付かれていないあの状況からの奇襲、タイミングは完璧だったのに致命傷を負わせるに至らなかった。


 コイツ、ただの文官じゃないな。今の身のこなしから察するに、ヘルナデスと同格くらいか。ったく、なんで俺の出会う爺さんはみんな力を隠し持ってるんだよ!


 いつもは戦い前の前口上くらいは付き合うロイだったが、ヘルブリスの隣にいる聖女らしき女に気を取られてそんな余裕は持ち合わせていなかった。


 ヘルブリスは白銀の剣を引き抜いて投げ捨て、傷付いた腕を聖女へ向けた。すると、聖女の身体から緑色の光が溢れてヘルブリスの腕を治してしまった。


「賊が! 貴様、騎士団の人間ではないな?」


 鎧に緑色のマントがこの国の騎士の標準装備、総長であるラルフですらそれを徹底している。


 だから見た目でバレるのは仕方がない。


「そう言うアンタはいかにも悪徳貴族っぽい顔してるじゃないか。いや、っぽいじゃなかったな、裏でやってることはまさに悪徳貴族そのものだ」


「裏でやってること? この国のことを考えてやっていることだ、多少の犠牲は仕方ない」


「最早、隠す気すらないのか」


「隠すまでもない、お前達は騎士団もろともここで潰えるのだから」


 ヘルブリスは戦斧を構えた。こちらの奇襲を避けた時に予想した通り、隙の無い構え。

 冒険者か、騎士か、いずれかの組織で鍛え上げたその実力を、武威をもって知らしめている。


「貴様らはそこそこにやるようだな、烏合の衆であれば我が斧の錆にするつもりだったが、仕方ない。来い! 闇の子供達!」


 パチンッ! と指を鳴らすと同時に天井から褐色の肌をした闇の子供が下りてきた。


「聖女フィリア、アンタはこれでいいのか? 人間の都合で使い捨ての様にヒトを生み出して、それで良いのか!」


 ロイの問いかけに、それまで静観を貫いていた聖女が動揺し始めた。


「わ、私はこの国の為に……」


「ソイツらはな、ヘルナデスという帝国貴族が生み出した技術の派生型なんだ。だけど最初は兵器として運用するつもりはなかった。亡き妻を想って作られた技術……それが漏洩して、今や当然のように兵器として扱われている」


「……」


「もしも心が痛むのなら、現状に絶望しているのなら、俺の手を取れ。なに、家族の心配は要らない。とっくに救出してるからな、後はアンタがこっちに来るだけだ」


 ロイはペンダントを手の平に置いて差し出した。聖女は迷いながらも手を伸ばそうとするが、戦斧がそれを邪魔をした。


「聖女様を惑わすのは止めて欲しい。聖女様、賊の言葉に耳を貸してはなりません」


「ですが、あのペンダントは私の両親の──」


「相手は薄汚い賊ですぞ? 殺して奪った可能性だって充分に有り得ます。それに、もし奴を信じて向こうに降った場合、我々の勝利をもってご両親のどちからに責任を取ってもらうことになりますぞ?」


 クズだった。もし執政官側が勝利した場合、父親か母親を聖女背信の責任で殺す。暗にヘルブリスはそう語っていて、その言葉に聖女は口をつぐんでしまった。


 人を恐怖で縛り付けるのはお手の物ってか。これで戦闘は確実になったな、仕方ない。


「聖女フィリア、もしその呪縛から逃れたいなら……俺を勝たせろ、いいな?」


 フードで顔は隠れているけど、僅かに頷いたようにも見えた。


 すぐに疾走した、闇の子供の脇を抜けてヘルブリスへと斬りかかる。


 ヘルブリスは不適な笑みを浮かべて、半歩下がって避ける。他の敵はユキノ達が相手をしてくれる、俺は目の前のコイツに勝つだけのこと。


 斬り上げ、斬り下げ、横薙ぎ、連続で斬り込むも全て戦斧によって弾かれる。

 それどころか、カウンターで放たれる一撃がかなり重い。


 通常の斬り合いではこちらが不利、となればスキルも織り交ぜていくしかないか。


 一歩下り、短剣に回転を加えて左右に投げる。ロイの投げた短剣は曲線を描いてヘルブリスへと迫る。


 避けるには単純に下がればいい、ヘルブリスも例に漏れずそう考えてるようで、顔色1つ変えなかった。


 ロイは奇襲の時と同じようにして、手の平をヘルブリスに向け神剣を射出シュートする。左右に避けたら短剣をくらい、前後に避けても神剣をくらう──不可避の攻撃。


「──ぐぅっ!」


 ギリギリで回避行動に移ったヘルブリスは避ける事が出来なかった。


 神剣は深々と左胸に刺さり、それを見たロイはすぐに疾走する。空中でぶつかり合った短剣をそのまま手に取って胴体へ十文字に斬り付けた。


 出血を促すために神剣を手元に召喚して、ヘルブリスを見下ろす。十字傷が刻まれ、心臓は穿たれているにもかかわらず、ヘルブリスはかろうじて生きていた。


「くくくく……それで……か、勝ったつもりか?」


「……何?」


 突如としてヘルブリスの身体が発光し、傷が急速に治っていく。そして回復したヘルブリスはスキルを放つ。


「──【ホリゾンストライク】!」


 腰だめに構えた戦斧、静から動へ。気付いたらロイの真横に戦斧が迫っていた。


 ──ガンッ!


 ギリギリで防御に成功したロイだったが、吹き飛ばされたあと女神像に激突した。

 痛む身体に鞭打って立ち上がり、ロイは聖女へ視線を向ける。


「聖女……何故?」


「わ、私……そんなつもりじゃ……」


 奇襲の時も、さっき与えた致命傷も、どちらも聖女の強力な回復魔術によって回復された。

 最初のはわかる、俺の正体も強さも不明だから裏切れないからな。


 だけど今のはヘルブリスへ手を貸さなければ確実に倒すことが出来ていた。何故だ!


 歯噛みするロイに対し、ヘルブリスが笑いかける。


「くくくく、不思議そうな顔してるな。聖女様の胎内はどんな不浄も傷も回復されてしまう。だが、聖女様は1番最初に一瞬だけ受け入れようとした。その一瞬の間に奴隷紋を刻み込んだのだ」


「受け入れた傷は回復されないってことか」


「そうだ、とはいっても流石は聖女様。抵抗力が激しくて"我が死に瀕した際に回復しろ"という命令しか聞かないのが難点だがな」


 強力な回復魔術が使える聖女、戦士としての力はAランクに匹敵するヘルブリス、攻略法は決まっていた。



Tips


奴隷紋・魔術

絶対服従の呪いを刻み込む魔術であり、主に奴隷商が奴隷に対して用いている。

聖女フィリアに運良く使うことが出来たヘルブリスだったが、耐性が高過ぎて命令が1つしか下せず、両親を使って脅す手法に切り替えざる得なかった。

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