第116話 残響

 ハルトとリディアは騙されたフリをして、ヘルナデスの拠点に送り込まれた。


 国境まで馬車で4日ほどかかる。だからこそ、旅人へのおもてなしとして小さな宴会を用意した、配下の人間はそう言っていた。


 使用人も貼り付けたような笑顔ばかり、配下の人間は相変わらず僕らへの警戒心が強い。胡散臭うさんくさいと思わない方がおかしいだろ。


 部屋に案内されたハルトはランクダウンした【隕石の剣】を眺めていた。

 退屈で仕方ないリディアは、ハルトの持つ剣について聞いた。


「それが元闇の武器?」


「そうだよ。魔剣レーヴァテイン、使用者の負の感情を増幅して力へと変換する武器。判断力も鈍ってくるし、体感だけど頭の中も黒い何かで覆われてしまう」


「軽減措置はしていたのでしょう?」


「あくまでも"軽減"だからね。軽減された状態でも長時間となれば結構キツいよ。それに、最も怖いのはなりたい自分を歪んだ形で叶えるところだね」


「……なりたい自分?」


 リディアが疑問の表情を浮かべる。それに対し、ハルトは過去を思い返しながら答えることにした。


「僕が元いた世界では、学校の中心人物としてみんなをまとめていたんだ。顔が良いから、勉強ができるから、そして運動もできるから……みんなの要求はドンドン熾烈化していった。本当の僕はそんな人間じゃない、要求に答えようと努力していただけ……心の底で僕が望んでいたのは"リーダーじゃない自分になりたい"それだけだったんだよ」


「ハルト……もしかして、私があなたに任せてるのは結構嫌だったりするの?」


 ハルトはリディアの問いに首を振って否定した。


「自分の意思で選ぶこと、これを怠ってマナブに投げた僕は破滅した。だから今の状況はむしろ良いと思ってるよ」


「そのマナブって方はどういう人なの?」


「うーん、なんとも言い難いんだよね。修学旅行で同じ班になっただけだし。ただ、彼のなりたい自分は、僕とは真逆でリーダー的存在になりたかったのかも。口調は悪かったけど、勇者の僕よりも率先して物事を決めてたし」


 どこか遠い過去のようにハルトは語り、立ち上がった。


「私も行く、闇魔術の使い方は覚えてるから」


「助かるよ。じゃあ行こうか」


 ハルトとリディアは城内を散策し始めた。曲がり角の先から使用人達の話し声が聞こえてくる。


 ハルトはそっと気配を消して聞き耳を立てた。


『黒曜城からの連絡が途絶えたらしい』

『もしかして、冒険者に感づかれたか?』

『それはないだろ。睡眠薬に暗示まで使ってるんだぞ? しかもヘルナデス様は元Aランク冒険者だ、万が一なんて起きようがない』

『そうだよな。だが困ったな、俺達だけで【サキュバスの揺り籠】を使うわけにはいかないしな。明日、俺が使者として黒曜城に行ってみるわ』

『ああ、よろしく頼む。俺は子供達とあの2人組を地下牢に繋いでおくからよ』


 色々と不穏な単語が聞こえてきた。やはり僕の直感は当たっていたか。


 この後に出される夕食に、睡眠薬を混ぜて眠ってる隙に地下牢で拘束、そして何かしらの実験を行うつもりか。


 背後のリディアへ視線を送ると彼女は頷いた。


 角からサッと姿を現して、剣の腹の部分で頭部を殴り、即座に2人を気絶させる。


 リディアは気絶した相手に駆け寄って、闇魔術を行使する。


「我が問いに答えよ──【絶対審問コンフェッション】」


 黒い霧が気絶した使用人の口から侵入すると、むくっと立ち上がった。目は虚ろで、口からは涎が垂れている。


「私は問う【サキュバスの揺り籠】とは一体何なの?」


『あぁ……サキュバスの揺り籠は──』


 リディアの問いに使用人達は答えた。使用人の口からは【闇人形製造計画】という恐るべき計画が語られた。


 ダークマターでは適性と時間の問題があり、その問題を解消すべく開発された半人半魔の人形。


 かつてリディアが行っていた出来事から発展して、こんなにもおぞましいことになるとは本人も思わなかった。


「ハルト、正直に言って。記憶のあった頃の私はこれを提案されたら受け入れたと思う?」


「多分、受け入れると思う。あの頃の君は世界と運命を憎んでいたし、何より自暴自棄だったから……」


 そう言いながら、ハルトも過去にやったことを思い返すと、胸が痛くなった。幼い子供を守ろうとする男の背に剣を突き立てたあの時の映像がフラッシュバックする。


「こんなはずじゃなかったと言う人間もいるだろうが、少なくとも君は加勢した人間には利益を与えていた。しかも君は心に闇を持った相手にしか使ってないだろ」


「それはダークマターが悪人にしか作用しないからでしょ。なに? 慰めのつもり?」


「いや、善人を手にかけた僕よりかはマシだって話しさ」


 結果的に僕らはアルスの塔で敗北して良かったと思ってる。もし僕らが勝っていたなら、リディアは大地の怒りグランドバニッシュを発動していたはずだから……。


 ハルトとリディアはギャングの子供達の元へ向かった。


 扉を開けると、今まさに夕食を食べようとしていたので皿を引っくり返す。


「何すんだよ。ハルト!」


「聞け、君らは騙されてる」


「騙す? 一体誰が?」


 これまでの事を説明するが、中々信じてもらえない。


「リディア、1人連れて来て」


「わかったわ」


 リディアが黒い魔方陣に魔術で手を加える。


 絶対審問コンフェッションに加えて【隷属スレイブ】を上書きして付き従わせる。ここに来るまでに15人を支配下に置いたから、そのうちの1人を呼び寄せた。


 ──ガチャ。


「ご用でしょうか?」


 現れた使用人に事の真相を説明させた。僕達が話しても作り話としか思われないのなら、関係者が話すのが1番だ。


 子供達は一様に項垂れていた。


「なんとなくおかしいとは思ってたさ。だって、今まで奉公に出た仲間達は1度だって会いに来なかった! きっと忙しいんだって、そう思うようにしていたんだ! でもよ、俺達は薄汚い溝鼠どぶねずみなんだ。職に就けないし、冒険者ギルドだって追い出される……ゴミ漁ったり、食べ物盗むしかないんだ! ようやく俺達に希望の光が見えてきたのに……なんで、こんな!」


 思いの丈を石造りの地面にぶつける子供達、ハルトはどうすればいいかわからず、ただただ見ていた。


 スッと1人の子供が立ち上がってハルトを見据えた。


「うっし! ここからは奪うぞ! ギャングらしくな! ハルトも手伝えや!」


「は? 僕はただ……」


「良くねえって思ったからわざわざ教えてくれたんだろ? じゃなきゃ2人でとっくに逃げてるぜ?」


「それはそうだけど、いきなりで驚いたよ」


「俺達は雑草も同然だ。何度踏まれてもたくましく生きる! 裏切りなんて何度も経験してるんだ、へこたれてなんてられねえよ!」


 急な奮起にハルトは気圧されるが、それを見ていたリディアがクスッと笑った。


「ハルト、こうなったら制圧しましょうよ。彼らにも新しい家が必要でしょ?」


「わかった。取り敢えず騎士の集まる宿舎を攻めよう」


 ハルトとリディアのパーティにギャングの子供達が加わり、拠点攻略が始まった。


 ギャングの子供達は、暗殺者顔負けのトラップで敵を倒していく。負けてはいられないとハルトとリディアも奮戦する。


 元々、闇人形の中間製造拠点だっただけに、内側からの攻撃に弱く、すでに使用人の過半数を【隷属スレイブ】で支配下に置いていたのもあって、1時間とかからずに制圧することができた。


 全てが終わったあと、ギャングの子供達が見送りに来た。


「本当に馬車だけでいいのか?」


 ギャングの子供がハルトに尋ねた。


「僕らは身軽の方が気が楽なんだよ。それよりも君達はこれからどうするの?」


「ヘルナデスとか言う奴が来るまでまだ時間あるからな。金品をある程度頂戴ちょうだいしたらそれを売っ払って郊外に家を建てようかと思ってる。勿論、チョップに相談してからだけどな」


 それを聞いたハルトは少しだけ羨ましく感じた。


 今やるべき事はリディアと共に王国へ逃げること。彼女は間違いなく帝国から指名手配されている。だから彼女だけは安心して暮らせるところに送りたい。だけどその先が全く決まってない。


 大勢の仲間がいて、未来があって、本当に……羨ましいなぁ。


 遠ざかる馬車の中から、見えなくなるまで彼等を見ていた。


※ハルト編終了。時期はロイとヘルナデスが激闘していた頃です。

※次はソフィア攻略です。

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