第108話 ライオンハート

 老剣士ヘルナデスの身体には✕印の傷が出来ていた。そしてヘルナデスは笑い始めた。


「なるほどなるほど、貴様達のことをただの【素体】と見ていたからこそ、我は傷を負ったわけだ」


 そしてヘルナデスはアンジュに指を向けた。


「獅子のような黄金の髪、Aランク相当の金の長剣、男を惹き付ける容姿、かの者は麗しの姫君──剣姫レグルス・アルカンジュ、だな?」


「──ッ!?」


 アンジュの強張った顔を見て、ヘルナデスは納得の表情を浮かべた。


 次にロイへと指を向けた。


「黒髪の人族はこの世界に10程もない。その中でも、真っ赤な瞳を持つ人族は1つだけだ。王家の森を守護する一族、貴様は影の一族オンブラの人間だな?」


 ロイは無表情だったが、ヘルナデスは得心したようだ。


「この程度の修羅場は幾度となく潜り抜けてきた。もう先のような奇跡は起きぬぞ!」


 ヘルナデスが全身に魔力をみなぎらせた。


 様子を見ながらの攻撃じゃあマズイな。と、ロイも近接戦闘に切り替える。短剣をシャッシャッ! と投げながら近付いていく。


 剣士として斬り結べば、玄人くろうと相手では勝つのは非常に難しい。とにかく剣を振らせて隙を狙うしかない。


 当然ながら、短剣は全て打ち落とされる。


「影の一族が、アサシンの物真似か?」


 ヘルナデスの中段斬りをしゃがんで避け、下から腕を振る。短剣どころか剣すら持ってない姿にヘルナデスは疑問を抱いた。


「遅い!」


 腕を振っている途中で聖剣を召喚してそのまま斬り上げる。


 ──ザンッ!


「──ぬうッ!」


 ヘルナデスは左腕を犠牲にして致命傷を避ける。流石は歴戦の剣士、咄嗟に左腕を犠牲にする胆力には驚かされる。


 だが、これでこちらは窮地に陥った。聖剣の存在を知らないからこそ出来た芸当であり、もうこの手は通用しないだろう。


 ヘルナデスの私室は戦闘によって紙切れが散乱している。ロイとアンジュは仕切り直しの為に合流し、ヘルナデスは机に入れてあったポーションを腕にかけて応急措置をした。


「その白銀の剣には驚かされた。何もない空間から剣が出てくるとはな。だがもう通じぬ、貴様らはもう決め手を失った。そこの女は大人しく素体となれ……元の素体が強くなればなる程、完成した闇人形は強くなる」


 ヘルナデスの物言いに、ロイは怒った。


「アンタ、人の命を弄んで……ッ! 一体何が目的なんだよ!」


 ヘルナデスは葉巻を口に咥えて火を点けた。表情は悲しげに、老剣士は答えた。


「我には妻がいたのだ。貴族としての責務も果たさず、自由奔放に生きる我を支えてくれていたのだ。そして……【暗黒領域の調査】から帰還した我を待っていたのは──妻の死だった。当たり前のようにあった日常が消え去った時、我はそれを取り戻そうと思った」


「まさか! それが闇人形なのか!?」


 ヘルナデスは頷き、葉巻を消して剣を手に取った。


「アルカンジュ、貴様を素体とすればプロトタイプである妻も、大きく人間へと近付く。その身体、是が非でも使わせてもらう!」


 突然の突進、ロイは振り下ろされる剣を聖剣で受けて鍔迫り合いに持ち込んだ。


「さて、貴様はどうしてくれようか。アルカンジュとは親しい仲なのだろう? 闇人形にしたあと、つがいにさせようか? 異種交配から生まれた存在を更に素体とするのも悪くないな!」


 数手で押され始めたロイを助けるようにして、アンジュが横槍を入れた。


「あら、もうお父さん気取り? 反抗期しちゃおうかしら!」


 ロイとアンジュは交互に交代スイッチして隙を窺うが、中々隙を見せない。それどころか、2人がかりでも押され始め、遂にその時がきた。


 ヘルナデスが腰だめに剣を構えて抜き放つ。


「【アルジェントストリーク】!」


 剣士系上級スキル──銀色の剣閃がロイとアンジュに襲いくる。咄嗟にアンジュがロイを突き飛ばし、ロイは軽症で済んだが……アンジュの背中は無数の斬り傷を負ってしまった。


「ロ、ロイ君……大丈夫?」


「アンジュ!? それはこっちの台詞だ!」


 アンジュの背中に手をやると、真っ赤な血が手にベットリと付いていた。


「ロイ君……もう無理だよ。逃げて、あの人は私が目的みたいだから……ね?」


「待てよ! お前を置いて逃げれるわけないだろ!」


「私はさ、新参者だからいいの。みんなどんな形でも良いからあなたの傍にいたいの……出来れば応えてあげてくれたら……嬉しいな……」


「……アンジュ」


 アンジュがロイの頬に手を当てて優しく微笑んだ。


「最後だから……良いよね?」


 顔が徐々に近付いて──優しく触れ合った。


 ヘルナデスがゆっくりと歩いてきているのに、ロイはアンジュを強く抱き締めた。


「アンジュ! 絶対に死ぬな! 沢山助けられたし、優しくもされた……お前のこと、大切なんだ! これから返していきたい、そう思ってる! 頼む、生きてくれ!」


「大丈夫……みんなあなたが好きだから……きっと、立ち直れ……る…………」


 ロイは自らアンジュに口付けを行った。逃げ続けた後悔と、好意と、愛情を込めて──。


 その瞬間、聖剣が強く発光し始めた。


 光はロイとアンジュを包み込み、視界に映していたステータスが全て消え去った。しかもロイの背中に手を回していたアンジュの手に、力が込められた。


 アンジュはバッと顔をあげて驚いた。


「あ、あれ? 私……痛くない? なんで!?」


 ロイ自身も、節々の痛みが嘘のように消えて混乱していた。


「貴様ら……一体何をした? その剣はなんだ!?」


 言われて聖剣に視線を向ける。すると、見慣れない黄金の剣が存在していた。それはまるで、アンジュのセレスティアルブレードと対になる剣のようだった。


 刀身には獅子の浮き彫りが細工されており、握る柄からは絶えず神秘的な力が送られてくる。


 不意に、頭に文字が浮かんできた。


 "その剣は名前であり、スキルである。呼べ、その剣の名を──!"


「【金獅子剣・ライオンハート】!」


 ロイの声に呼応して剣は更に輝いた。それと同時に、アンジュの持つセレスティアルブレードも光始めた。


「アンジュ、行くぞ!」


「うん、今ならいける気がする!」


 2人はヘルナデスに向かって駆けた。


「多少強くなったところで、変わらぬ! アルジェントストリーク!」


 迎え撃つはヘルナデス最高の剣技、それに対してアンジュが技を放つ。


「残光剣・烈!」


 アンジュが剣を地面に突き刺すと、地面から光の剣が次々と姿を現して銀の剣閃を相殺する。


「くっ! バカな!? 我が最高の剣技が破られるだと!」


 驚くヘルナデスを他所に、ロイが交代スイッチで前に出る。


「あんたも俺も、大切な人を失った点で言えば似てるかもしれない。だけどな、あんたは前を見て進もうとしなかった。それどころか、人の尊厳を無視した研究に没頭した──これはその報いだ!」


 無理矢理にでも前に進めというのは暴論かもしれない。だけど進めないからって他者を傷付けるのは間違ってる。


 人間、いつかどこかで折り合いをつけて生きなくちゃダメだから。


 ロイは敢えて通常の剣戟を行った。ヘルナデスの本気を正面から打ち破る必要がある。だからこそ、スキルが使えるようになるまで剣戟に興じた。


 影魔術師なのに、身体は嘘のように軽やかで、ヘルナデスの剣が遅く感じる。まるで剣士になったかのような、流れる剣技。


 拮抗してるどころか、ヘルナデスさえも押している。


「小賢しい! 大技を使わなかったこと、後悔させてやるぞ!」


 ヘルナデスは再び腰だめに構えた。ロイも正眼で剣を構える。


「貴様を殺せばその不可思議な強化も終わろうて! 我が全ての魔力をこのスキルに注ぐ! 行くぞ! アルジェントストリーク!!!」


 ここにきて本気のスキル。アンジュに放ったよりも遥かに多い銀の剣閃。それを打ち破るべく、ロイも動き出した。


「唸れ、ライオンハート! 【金獅子の残光レーヴェリヒト】! いっけえええええっ!!」


 ロイの上段からの振り下ろしにより、黄金の衝撃波がアルジェントストリークとぶつかり合う。


 金と銀のせめぎ合いも数秒で均衡が崩れる。銀は金に飲まれて背後の壁ごと吹き飛ばした。


 魔力の全消費により、ロイの意識は急速に遠退いていく。


「ロイ君……頑張ったね。今はおやすみなさい」


 意識が朦朧とする中、最後に見たのはアンジュの優しい笑顔だった。




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