第23話 陽キャ美少女が陽キャすぎて風邪だと気付かれていないのだが①

 午前中の授業を乗り越えた俺は、ある違和感を覚えていた。

 今日も朝から二宮さんは教室で会話を楽しんでいるが、様子がおかしいのだ。


 昼休みに入って購買に駆け出す生徒を見て、俺も昼食を買わないといけないと思ったが、二宮さんがへらへらと笑顔を浮かべながら近づいてきた。


「うぇ~い! ヨッシーどもども~」

「お、おう。二宮さん、お酒を軽くあおったみたいに顔赤いんだが大丈夫?」

「ふふふ。顔赤いって皆にも言われたw 今日は普段よりハイテンションだね、だって! なので全然大丈夫ですけども! いえ~い!」


 二宮さんは締まりのない笑みでピースしてきた。へにょ顔ダブルピース状態だ。

 陽キャ美少女のスペックは健在で、こんな状態でも可愛らしいのが恐ろしい。


 本当にお酒でも飲んだのではないかと疑いたくなったが、未成年飲酒みたいなイキリは絶対しないだろうし、元気が空回りしていると形容した方が俺的にはしっくりくる。


「俺の感覚が間違ってるのかな。熱でもあるんじゃないかって気がするぞ」

「えぇ~? 皆からはそんなこと言われなかったけどな~」

「念のために保健室で熱を測った方が良いと思う。購買に行く途中に保健室があるから、俺もついてくよ」

「ふへw もし熱があったら、ヨッシーは二宮姫子マスターだね~」


 クラスの皆は気にしていないようだが、やはり俺としては、二宮さんの様子がいつもと少し違う気がしてならない。


「……うん、心配だから保健室に行こう。俺の見当違いだったら笑ってくれ」

「笑わないですよ、ふへへ☆」

「さ、さっそく笑ってる!」


 思わず二宮さんにツッコミながら、彼女に歩幅を合わせて保健室へ向かった。




 購買の通り道にある保健室に辿り着くと、机に一枚の書き置きがあった。

「お昼は職員室に居ます。急用の方は職員室までどうぞ。養護教諭より。だって~」

「熱を測るくらいだったら断りを入れなくても大丈夫だろう。はい、体温計」

「ほいほい~。制服の下から体温計を挟んで熱を測るの、すごくやりにくいw」


 二宮さんがもぞもぞと制服のYシャツに手を突っ込む様子を、眺めている訳にもいかず、俺は体温計のアラームが鳴るまで、窓から校庭を見たりして時間を潰す。


 二人とも高校の保健室には初めて入ったが、今日は誰も居らず、とても静かだ。

 程なくして検温完了のアラームが鳴り響き、また二宮さんがYシャツの中にもぞもぞと手を突っ込んで体温計を取り出した。


「うおはぁ! 見てヨッシ~、三十八度五分ありました!」

「想像以上に熱があるじゃないか。よくクラスメイトたちと話す気力があったね」

「なんかふわふわするというかぽわぽわすると思ってたんですが、熱でした」

「ダメだ、いつもの勢いはおろか語彙力も衰えてきてる!」


 二宮さんは頬を火照らせ、身体を左右に揺らし続けている。本当に心配だ。


「うぅ~。ひどい言い草だけどヨッシーのお陰で、ベッドで横になれるよ~……」

「保健室の先生は俺が呼んでおくから、しっかり診てもらうんだぞ」

「うん……あの、ヨッシーはこの後……」

「後のことも任せてくれ。もし授業に遅れるようなら教師に、二宮さんは保健室で休んでいます、ってちゃんと伝えておくよ」


 三十八度を超えているのだ。早く保健室の先生を呼んだ方が良いと思い職員室に向かう俺のことを、二宮さんは少しだけ寂しそうに見送った。




 職員室に行って保健室の先生を探し出して事情を説明すると、まだ二十代前半に見えるその女の先生は、昼食のお弁当を物凄い勢いでかき込んで保健室に向かっていった。

「良いねえ青春だねえ。君の彼女は、私が責任を持って診るからな!」

「いや、ただのクラスメイト……でもないか。友人をよろしくお願いします」

「んぐんぐ……ぷはぁ、食った食った! 了解したぞ少年、行ってくる!」


 ――という実に暑苦しいやり取りを終えた俺は、普段より遅れて購買に到着。

 昼食を買いに来る生徒たちの列は既に無く、目ぼしい食べ物は売り切れていた。


「すみません、特大あんパン一つお願いします」


 購買のおばちゃんにお金を渡すと、何故かタマゴまよパンまで渡された。


「あの……タマゴまよパンは頼んでないですが……」

「いつもこのパンを買いに来る元気な子が今日は来なくてねー。アナタ、その子と購買に来たことあるわよね? もうお客さん来ないだろうしオマケしてあげる」

「そういうことならありがたく頂きます」


 期せずして二宮さんの大好物であるタマゴまよパンを手に入れた。

 購買のおばちゃんが二宮さんの為に、ご厚意で取り置きしてくれていたのか。

 俺は軽く頭を下げてから購買を後にして、恒例の校舎裏へ向かっていく。


「保健室に居る二宮さんに、タマゴまよパンを差し入れたら喜ぶだろうか……」


 ふと保健室に引き返そうかとも思ったが、クラスメイトが二宮さんをお見舞いしている可能性が頭をちらついた。


「教室に戻り委員長に頼んで、タマゴまよパンを渡してもらおうかなっとぉ!?」


 校舎裏に近づくにつれて人気もなくなり、保健室に戻るかどうかずっと考えていたら、足元の段差に気付かず盛大に転んでしまった。


「うぐ、痛ってえ……。パンを守ろうとしたら、もろに左の膝をぶつけた……」


 しかも運のないことに転んだ地面がコンクリだったので、左膝に激痛が走る。

 恐らく左膝は内出血しただろう。おまけに右腕も擦り剥き、少し出血していた。


「歩けないほどじゃないが、後で悪化しても嫌だしな。保健室に……あっ」


 ジクジクと鈍く痛みを上げて、手当てしておきたい膝の傷。

 特大あんパンと一緒にビニール袋に入っているタマゴまよパン。


 保健室に行くべき理由を二つ見つけた俺は、来た道を一人で戻り始めた。

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