第52話 俺はお前を誘う

 翌日の昼休み。

 俺は黒崎くろさきと駄べりながら、昼食を摂る。

 お互いが弁当を食べ終わったタイミングで、俺は切り出す。


「なあ、黒崎」

「……なに?」


 黒崎は欠伸をしながら、俺に応じる。


「お前、今週末暇?」


 なんでもない事のように、俺は言う。


「僕に忙しい日があるとでも?」

「ないことはないだろ。家の都合とか」

「ないよ。家の都合も、友達も」

「友達は俺がいる」

「……お、おう。そうか」


 突然の俺の友達宣言に、黒崎は言葉に詰まる。

 いまだに友達がいるという感覚に慣れていないのかもしれない。そういうのに慣れとかあるのかは知らないが。


「で、今週末暇なんだな?」


 改めて俺は問う。


「暇だね。今週末どころか、ずっと暇だね」

「よし! じゃあ、そんな悲しいお前に、俺が1つ予定を入れてやろう!」

「……なんで上からなんだよ」

「いいじゃん別に。今週末、俺と一緒にテニス部の応援行かね?」


 俺はさらりと、黒崎をテニス部の応援に誘った。

 それを聞いた黒崎は、訝しげな顔をする。


「テニスの応援? なんで僕が……」

「どうせ暇なんだろ? 暇潰しにはなると思うぜ?」

「……応援って、誰を応援するんだよ?」

月宮つきみや

「月宮って……、うちのクラスの?」


 月宮の方に視線を向けながら、黒崎は小声で言う。


「そうそう」

「……いや、なんでだよ? 僕、あの人と接点ないんだけど?」

「大丈夫だって! それきっかけで仲良くなればいいんだから!」

「なれるわけないだろ! 影谷かげたにならともかく、月宮って、僕らと人種が違いすぎるだろ!」

「人種とかそういうの、気にし過ぎだって!」

「気にするだろ! 僕みたいな根暗が、月宮みたいなリア充とりが合うわけないだろ!」

「じゃあ訊くけど、黒崎はこのままでいいわけ?」


 俺は真面目なトーンで、黒崎にそう訊いた。

 黒崎は俺から目を逸らし、下を向く。


「いいとは……思ってないけど……。でも、無理だよ」

「無理じゃないだろ」

「無理だ。いきなりハードルが高すぎる」

「確かに1人で行けっていうなら、ハードルが高いかもしれない。でも、俺も一緒だ」

「……けど」


 いつまでも俯いている黒崎に、俺は少しだけ語気を強くして、


「お前、青春に憧れがあるんだろ? 本当は、もっと友達が欲しいんだろ? なら、はじめの1歩を踏み出すべきなんじゃないか?」

「……………………」

「別に無理に仲良くなれとは言わねぇよ。でも、せっかくのチャンスを挑戦すらしないで逃すのは、勿体なくねぇか?」

「……影谷。どうしてお前は、僕にそこまでするんだ?」


 黒崎からの、純粋な問い。


「僕に優しくすることで好感度稼ぎをしてるわけじゃないっていうのなら、どうして君は……。僕の家族でもない君は、そこまでしてくれるんだ?」

「……さあ、どうしてなんだろうな? 俺にもわからねぇ……」


 どうして俺は、黒崎にここまでするのか?


「俺は黒崎の友達だから……。友達のために何かしてあげたい。そういう理由じゃ、お前は納得できないか?」

「……そうだな。多分、普通の人は、そこまで出来ないよ」


 黒崎が確信めいた口調でそう言うのは、彼の今までの経験が、彼に確信を与えているからなんだろうか。

 黒崎の今までの人生で、彼にここまでのことをする人間はいなかったということなんだろうか。


「でも、しょうがないな。いいよ。テニスの応援、行くよ」

「……そうか。じゃあ、駅前で待ち合わせな」

「ああ」

「連絡取れた方が便利だし、LINEの交換しとくか?」

「……僕、LINE持ってないんだが」

「え!? マジで!?」

「マジだ。別に必要ないからな」

「今どきそんな高校生いるんだ……」

「悪かったな。どうせ僕は友達なんていませんよ」

「そう自虐ばっかすんなって。じゃあ、今アプリ入れてくれよ」

「はいはい」


 黒崎はLINEのアプリをインストールし、俺とLINEを交換する。


「因みに黒崎、当日は多分愛美あいみ姫川ひめかわさんも一緒だけど、問題ないよな?」

「……なっ!? 女子も来るのか!?」

「まあな。この際だから、女子とも仲良くなっちゃえよ」

「あのなぁ……。僕は君みたいにコミュ力高くないんだぞ?」

「別に、俺だってそんなにコミュ力高くねぇよ」

「そうかな? 僕の知らないうちに、太陽たいようさんだけじゃなく、姫川さんとまで仲良くなってるし。充分ラノベ主人公の素質はあるだろ。君はこの調子で、1人ずつ女の子を攻略していくわけだ」

「お前のその歪んだ解釈なんなの?」

「こちとらぼっち歴10年以上だぞ。そら歪むだろ」

「……確かに。俺はお前ほどぼっち歴長くないけど、それでも結構歪んだからな」

「……だろ?」


 黒崎は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 いや、威張れることではないからな?


「まあ、女子と仲良くしなくてもいいけど、愛美と姫川さんもいるってことは頭に入れといてくれ」

「はあ……。わかったよ。テニス部の応援中、影谷が僕を置いて女の子とイチャイチャするってことは頭に入れとく」

「そんなこと一言も言ってねぇ!」

「でもそういうことだろうが!」

「別にお前のこと放っておくつもりはないから!」

「……あっそ」


 黒崎も大概、面倒臭いやつだな。

 まあ、黒崎の場合、面倒臭くならざるを得ない環境に今までいたんだろうけど。

 家でも学校でも、ほとんど誰とも喋らない数十年間って、一体どういう感じなのだろうか。

 俺には想像もつかない。

 俺は、ぼっちでいる間も、家に帰れば家族がいた。

 でも黒崎は多分、そうじゃないのだ。

 家に帰っても黒崎には家族がおらず、いるのは自分を引き取ってくれた老夫婦。

 血も繋がっていない、赤の他人。

 彼はずっと、孤独に生きてきたのだろう。

 心を開ける相手すら、いなかったのだろう。

 ……だからこそ。

 これから黒崎に、心を開ける親しい友人がもっとできて欲しいと思う。

 そして、その最初の1人に、俺がなれたらいいなと思う。

 そんなことを考えながら、俺は昼休みを過ごした。

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