第50話 俺は彼女を捜し出す

「それじゃあね! また明日、隼太はやた君!」

「……おう」


 俺は愛美あいみに軽く手を振って、家の中に入って行く彼女を見送った。

 ゴールデンウィークが明けてからは、下校時は俺が愛美のことをわざわざ家まで見送っている。

 どうしてかはわからないけど、愛美がそうして欲しいと頼んできたのだ。

 彼女曰く、「ラブラブ感をより周りに強調するため」らしい。

 いや、いくらなんでもそこまでする必要あります?と俺は疑問を抱かざるを得ない。

 しかし、俺のそんな疑問はスルーされ、最近は毎日愛美を家まで見送っている。

 俺たちが本当のカップルだとしたら、俺って相当良い彼氏じゃない?

 毎日彼女を家まで見送る彼氏とか、俺が女だったら確実に惚れるね。

 ……と、そんなことを考えてる場合じゃなかった。

 俺は踵を返し、今来た道を引き返す。

 俺が今から向かうのは、学校のテニスコートだ。

 どうして、そんなところに向かうのか。

 それには、ちょっとした理由がある。


 俺は、妙な胸騒ぎを感じていた。


 何か嫌なことが起こりそうな、そんな予感がしていた。

 きっかけは、先ほどの出来事。

 ベンチで1人、テニス部の練習を眺めていた姫川ひめかわさん。

 俺は、あの時の彼女の表情を忘れられなかった。

 言葉では表現し難いあの表情が、俺の脳裏に焼き付いて離れない。

 君はどうして、あんなにも辛そうにしていたんだ?

 俺が今からやろうとしていることが、ただのお節介だなんてことはわかってる。

 ……でもさ。お節介だっていいじゃないか。

 だって俺は、ラノベ主人公なんだろ?

 主人公なら、お節介にもヒロインを助けたっていいじゃないか。

 主人公補正があったっていいじゃないか。


 数分後、俺は学校のテニスコートまで戻ってきた。

 しかし、姫川さんが座っていたベンチには、誰もいなかった。


「あれ? 影谷かげたに、なんか忘れ物か?」


 俺のことを見つけた月宮つきみやが、俺に話しかけてくる。


「なあ、姫川さんはどこへ行ったんだ?」


 俺は月宮に問いかける。


「……姫川? もう帰ったけど」

「……そうか」


 少し遅かったか……。

 まあ、でも、帰ったということは、俺の不安はただの思い過ごしだったのかもしれない。

 それなら、それが1番良い。

 そう思った矢先。


「しかし、やっぱり俺ってわかりやすいのかもしれねーな」


 月宮は何を思ったのか、唐突に、自分を責めるようにそう切り出した。


「……わかりやすいって、何が?」


 月宮が何を言いたいのかよくわからないまま、俺は彼に先を促す。


「ほら、こう見えても俺、親しいやつ以外には、愛美あいみが好きってことは隠してるんだよ」

「……まあ、そうだろうな」


 親しくもないやつに自分の好きな人を打ち明ける人なんていないだろう。噂で広まる可能性はあるけどな。


「……でも、お前にはバレた」


 俺の顔を見ながら、月宮は言う。

 俺の場合、ぼっちの頃は人間観察くらいしかやることなかったからなぁ……。人間観察していると、なんとなくそういうのはわかっちゃうんだよなぁ……。


「お前にバレちまったのはこの際仕方ねぇ。だけど驚くべきことに、姫川にもそれがバレていたらしい」

「……えっ!?」


 俺は思わず驚きの声を上げる。

 姫川さんは、月宮の好きな人を愛美だと知っていた?

 おいおい、それってちょっとまずくないか?


「姫川さんにもバレたって……。姫川さんに直接かれたってことか?」

「そう。姫川に、『月宮さんは愛美さんのことが好きなんですか?』って訊かれたんだよ。俺、姫川とはそんなに仲が良いわけでもないのに、それでもバレるってことは……。やっぱ俺がわかりやすいってことだよな?」

「……それで、姫川さんにそう訊かれて、月宮はどうしたんだ?」


 俺は深刻な声音で、月宮にそう尋ねた。


「バレちまったもんは仕方ねぇからな。認めたよ。俺が愛美を好きなことは」

「……そうか。ちなみに、姫川さんはどっち方面に帰った?」

「ん? お前らとは逆方向に帰ったけど」

わりぃ。ちょっと俺急用ができた。練習頑張れよ! じゃあな!」


 俺は月宮にそう言って、自分の帰り道とは逆方向へ駆け出した。

 姫川さんは知ってたんだ。月宮が愛美を好きだって。

 だから、あんな顔をしていたんだ。

 そりゃそうだよな。

 どうして愛美なんだろうって、思うよな。

 どうして自分じゃないんだろうって、思うよな。


『ごめんね、隼太君』


 俺だってあの時、そう思ったんだ。

 どうして美優みゆは、俺じゃなくて優希ゆうきを選んだんだろうって、思ったんだ。

 だから、姫川さんの気持ちはわかる。

 だからこそ、彼女を捜さなくてはならないと、そう思う。

 俺は手当り次第で姫川さんを捜して行く。

 そして、しばらく走ったところにある小さな神社に、彼女はいた。

 俺は鳥居をくぐり抜け、彼女に近づいて行く。

 神社とは言っても、かなり小規模な神社だ。

 姫川さん以外に人はいなかった。

 彼女は自身の手で顔を覆って、ベンチに座っていた。

 彼女は俺に気づいていないようだ。

 俺は無言で姫川さんの前に立ち、そのまま姫川さんの隣に座った。

 俺が座った気配に気づいたのか、彼女は俺の方を見る。


「……影谷さん」


 彼女の顔をよく見ると、少し目が腫れていた。


「どうして……こんなところに」

「さあ……どうしてなんだろうな?」


 どうして俺は、姫川さんの元へ来たのか。


「……姫川さんと、話がしたかったから……かな?」


 俺が曖昧な笑みを浮かべて彼女に言うと、


「うわぁ……。気持ち悪いです」

「なんでだよ」


 何故か罵倒を浴びせられた。


「だって、気持ち悪くないですか? 私とは逆方向に帰って行ったはずの人が、何故か場所も教えていないのに私の元へ来て、君と話したかったなんてかしやがるんですよ? 完全にストーカーじゃないですかキモイ!」

「ぐっ……。確かにそうとも捉えられるが……」

「っていうか、愛美さんはどうしたんですか? 一緒に帰りましたよね? まさか置いてきたんですか?」

「いや、愛美はもう家に送ったよ」

「それで、愛美さんを送った後、私を口説きに来たわけですか? うわっ! 最低です! キモイ変態女の敵どっか行けっ! 近寄らないでください!」

「勝手な憶測で俺を変態扱いするな! お前を口説きに来たわけじゃねぇ!」

「じゃあ、口説きに来た以外でどういう意図があるんですか? 私には、泣いて弱っている女の子をここぞとばかりに落としに来た浮気男にしか思えません!」


 その時、姫川さんからぽつりと本音が漏れた。


「……やっぱお前、泣いてたんだな」

「……えぇ、泣いてましたよ? これから影谷さんのようなケダモノに何をされるんだろうと考えただけで、私の涙は止まりません」

「なんもしねぇよ! ってか、それ絶対嘘だろ!」

「そうでした。ごめんなさい嘘です。既に事後でした」

「いやいやいや! 俺なんもしてないから! 誰かに聞かれたら誤解されそうな言い方するのやめて!?」

「……責任、とってくださいね?」

「アウトぉおおおおおおおおおおお! それ、誰かに聞かれたら完全にアウトぉおおおおおおおおおお!!」


 俺はぜえぜえと息を上げながらツッコむ。

 これくらいで息切れするとか、俺の体力どうなってんの?


「……冗談はいいからさ。どうして泣いてたのか、教えてくれないか?」


 俺は少し声のトーンを落とし、真剣さをアピールする。


「いや、なんで影谷さんに言わなきゃならないんですか? 意味わからないんですけど」


 拒否された。俺ってなんでこんなにもこの子に嫌われてんの?


「影谷さんのような幸せ者にはわからないんですよ……。今の私の辛さなんて……」

「……でも、悩みは吐き出したほうが楽になると思うぞ?」

「そんなこと、今の影谷さんが恵まれているから言えるんです! 影谷さんは、好きな人と結ばれて、失恋の経験なんてないから、そんなことが言えるんです!」

「……俺にだって、失恋の経験くらいあるぞ」

「……そうなんですか?」


 姫川さんが驚いたようにこちらを見る。

 例え、今がものすごく幸せそうに見える人でも、過去に辛い事の1つや2つ、当たり前のように経験してるはずだ。


「ああ。今は愛美みたいな彼女がいるけどな……。中学の頃、俺は失恋の経験をしてるよ」

「参考程度に、聞かせて頂けませんか?」

「……いや、なんの参考にするんだよ?」

「私、知りたいんです。今の影谷さんが、どういう経験を経て、今の影谷さんになったのかを……」


 そんなことを知ってどうするのだろうとは思うけど、彼女がそう言うのなら、俺も話さないわけにはいかない。


「中学の頃、俺には彼女がいた」

「えっ!? ぼっちで陰キャな影谷さんに、彼女がいたんですか!?」

「失礼だなおい! 言っとくけど、ぼっちで陰キャになったのは中学の途中からだからな!?」

「い、意外ですね……。昔からぼっちだと思ってました」

「違うから。……とにかく! 彼女がいたんだよ、俺には」

「それだけ聞くと、失恋はしてないように思えますが? むしろ恋が成就してるじゃないですか」

「その時は良かった。だけど、いつの間にか、俺の彼女は俺以外の人を好きになっていて、その人と付き合うことにしたから別れようってことになった。でも俺はまだ彼女のことが好きで、だけどどうしようもなくて……。そういう失恋をした」


 その出来事がきっかけで、俺は人を信じることをやめた。


『ごめんね、隼太君』


 今となっては、もう1度ちゃんと人を信じてみようと思えるようになったけど……。

 華咲はなさき美優みゆ……。それでも、やっぱり今でも俺は、君が嫌いだ。

 昔はあんなにも、好きだったのに……。


「……そう、ですか。影谷さんにも、そんな経験があったのですね……」

「……ああ。俺だけじゃない。きっと、愛美や月宮にだって、過去の辛い経験くらいある」

「皆さんは、それをどうやって乗り越えてきたのでしょうか……」

「失恋に関しては、時間が解決してくれるなんていうけどな……。そうもいかない人もいるだろうな。だから、まずは……。1人で抱え込まずに、俺に話してみて欲しいんだ。そうすれば、少しは楽になるかもしれない」


 例えば、あの時。

 俺が中学生だった頃。

 美優に振られた悲しさや、優希ゆうきに裏切られた辛さを誰かに吐き出すことができていたなら……。

 1人で抱え込まずに、家族にでも相談ができていたなら……。

 俺の未来は、変わっていたのかもしれない。

 だから姫川さんには、今ここで、俺に悩みを吐き出してほしい。


「どうして、あなたなんかに……」


 どうやら、まだ俺に話すのには抵抗があるらしい。


「俺じゃ不満か?」

「不満です! 不満……ですけど……。私、どうしても、辛くて。1人じゃ、耐えられそうもなくて……。だって、ずっと……好きだったから……」


 想い人が自分のことを好きでない辛さを、誰かと共有したいから。

 それを共有するために姫川さんは、俺に悩みを打ち明けるのだろう。

 月宮つきみやように対する想いと共に。

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