第41話 俺は1人で帰る

 気づけばあっという間にゴールデンウィークが明け、月曜日。

 放課後、久々の学校にわずかながら疲労を感じつつ、帰りの準備をしていると、


隼太はやた君」


 愛美あいみが俺の席の前まで来る。


「帰るか」


 もはや2人で下校することが当然のように、俺がそう言うと、


「ごめん! 今日は一緒に帰れないんだよね……」

「ああ、そうなのか」


 愛美にそう言われて初めて、俺は愛美と帰ることが当たり前になっていたことに気づいた。

 ちょっと前までは、1人で帰るのが当たり前だったのに。


「ごめんね~、影谷君! 今日は愛美借りてくね~」


 愛美の友達であるあおが手のひらを合わせながらそう謝罪する。


「いや、全然いいよ」

「実は今日、うちら5人でカラオケ行くんだけど、影谷君も来る?」


 碧が俺のことをカラオケに誘ってくる。

 どうやら愛美は、いつもつるんでいる5人でカラオケに行くらしい。


「いや、俺はいいよ。いても邪魔なだけだろうし」

「そんなことないよ~? うちらのことなんか気にせず、カラオケでイチャイチャしてくれてもいいんだよ?」

「もう……! ちょっと碧!」

「愛美も本当は、影谷君とイチャイチャしたいんでしょ~?」


 碧が意地の悪い笑みを浮かべて、愛美をからかう。

 碧は俺と愛美が本当は付き合っていないことを知っている。その上でこんなふうにからかってくるんだから、やっかいな相手だ。


「い、イチャイチャはしたいけど……。で、でも、碧たちとのカラオケも楽しみだしっ!」

「だから~。うちらと影谷君の6人でカラオケ行けば、どっちの願いも叶って一石二鳥じゃん?」

「もう! からかわないでよっ! 今日は5人で行くって決めたんだから! 早く行こっ! じゃあね、隼太君! また明日!」

「おう、楽しんでこいよ」


 その言葉を最後に、俺は愛美たちと別れた。

 愛美の人間関係に関しては、もう心配することはなさそうだ。

 碧たち4人は愛美にとって、とても良い友達であるに違いない。

 俺は帰り支度を済ませると、昇降口へと向かった。

 久しぶりに、1人で帰宅する。

 1人で帰るのって、こんなにも寂しかったっけ?

 俺が学校の外に出ると、やたらと目立つ金髪の少女が1人で歩いていた。

 クラスメートの姫川ひめかわ真莉愛さんだ。

 姫川さんは俺のことに気づくと、俺の方へ歩いてくる。


「影谷さん、今日はおひとりですか?」

「ああ。愛美が友達とカラオケに行くらしくてな」

黒崎くろさきさんとはご一緒に帰らないのですか?」

「んー。そもそも俺、あいつと帰る方向が一緒なのか知らんし」

いてみれば良いではありませんか」

「まあ、そうなんだけど。なんつーか、聞いたところで、俺は多分愛美と一緒に帰ることになるから、黒崎とは一緒に帰れないと思うんだよな」


 ただ、男友達と学校帰りに寄り道をするという行為には、少し憧れがあった。

 もしも黒崎とそういうことができたなら楽しそうだなと思う。


「そうですか。私としては、影谷さんは愛美さんよりも、黒崎さんと仲良くして頂いたほうがありがたいのですが……」

「……それはどういう意味だ?」


 俺はジト目で姫川さんを見る。


「いえ、私的には、そちらの方が目の保養になるというだけの話です」

「もしかしなくても姫川さんって、腐女子だよな?」

「ホモが嫌いな女子なんていません」

「……よくリアルの人間でそういうの想像できるよな」

「ホモに3次元も2次元も関係ないと思っております」

「さいですか……。姫川さんも1人? ってか、いつも1人なの?」

「……その聞き方は失礼ではありませんか?」


 姫川さんはむすっとした顔でこちらを睨む。確かに、少し失礼な聞き方だったかもしれない。


「まあ、確かに私は登下校はいつも1人です」

「……そうなんだ。友達とカラオケとかには行かないの?」


 姫川さんは最近愛美とも仲良くなったが、普段は大人しめのオタクグループに所属している。

 オタク仲間と遊びに行ったりはしないのだろうか?


「私の友人は、あまりカラオケとかには興味がないようでして……」

「そうなんだ……。姫川さんも興味ないの?」

「なんでそんなに私に質問ばかりするのですか? 口説いているのですか? 残念ですが、私は影谷さんのような人には興味ありません。ごめんなさい」

「なんで告ってもないのに振られたみたいになってるんだ……。そもそも俺彼女いるし」


 ニセだけど。姫川さんにはそのことはバレていないので、隠し通さなければならない。


「黒崎さんに浮気しといてよくそんなことが言えますね」

「浮気じゃねぇ! 黒崎とはただの友達だ! 俺にそっちのはねぇ! 何度言わせるんだよ!」

「素直になればいいのに……」

「素直もくそもないから。俺は女しか好きにならん!」

「では、私は一応影谷さんの恋愛対象になりうるということですね。先に謝っておきますが、影谷さんには興味ありません。ごめんなさい」


 姫川さんは俺に深々とお辞儀をしてくる。


「なんで俺、1日に2回も同じ人に振られてるんだろう……」


 俺がそう嘆いていると、姫川さんはくるりと踵を返し、


「それでは私、そろそろテニス部の見学に行きますので……」

「そういや姫川さん、前もテニス部の見学してたよな? そんなにテニス部に興味あるなら、入部すればいいじゃん」


 俺がそう言うと、姫川さんはわずかに表情を曇らせた。

 あれ、俺なんかまずいこと言ったかな?


「……影谷さんのような幸せ者には、私の気持ちなんか理解できないでしょうね」


 最後にそう言い残して、姫川さんはテニスコートの方へ歩いて行ってしまった。

 もしかして、過去にテニスで何かあったのだろうか?

 例えば、怪我が原因でテニスをやめてしまった……とか。

 そんなこと、俺が考えてもわかるはずがなかった。

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